戦闘記録10

 上下が分からなくなるどの超高高度な異次元領域で、果ての見えない壁にしかわからないほど巨大な人工物の外壁に立つ一人の鉱人族の女がいた。


「この施設、果てがあるの?」


 好奇心がてらに上り始めた巨大な塔「天崩の塔」だったが、その高さは無限に等しかったようで、途中で多次元や他世界などを突き抜けた超施設だったのだ。


「これを見る限り、まだ作り続けてるね。これだから上位施設は」


 この施設は、推定一級最上位以上の施設だ。これ一つで、ほぼすべての世界を制圧、蹂躙できいるほどの戦力が込められた上位施設。一級下位である彼女では測るのが少々無理がある程の格上である。



「面白いわ!」


 その場から飛び退き、突如現れた異次元の歪みから離れていた。


「この区画の警備兵ね。高品質な量産品。バラいて研究者連中に売り飛ばせばそれなりの額にはなりそう」


 歪みの広がる場所から現れたのは、光沢のある次元の色彩に染まった巨大で細い蜘蛛か海蜘蛛のような生物兵器。これは施設に取り込まれた超越生物「星巡る災王」と呼ばれていた、世界を襲って食い尽くす災害級の超強化個体だ。



「私と同格、壁蝕者ウォールクリンガーね!」



 20メートルは軽く超える巨体が、見えない速度で鋭い前足を突き出す。


「巨体のくせに速いじゃない!それに硬いし!」


 その声がしたのは、凹みひびが入った後ろ足を修復させるウォールクリンガーの後方からであり、二刀流の欠けた結晶剣が振られた後であった。


「異次元乱流。それにこの空間、いや世界!?」


 施設を守るように展開された世界に眉を顰め、振り向いたウォールクリンガーと目が合った次の瞬間、視線の先にいる女の座標に特異次元が発生する。


「すごい力」


 恐らく一撃でも当たれば致命傷は確実だろう攻撃を乱射するウォールクリンガーは、距離を保ったまま世界の構築に力を注ぐ。


「させるとでも?」


 成人した美少女な容姿と、ヒラヒラとした服装と踊るように回避し続ける女は、まさに美しい踊り子に見える。だがその実やっている事は凶悪であり、さり気なく次元と流れを斬り刻み、距離を詰めていた。


 そして両者の手が届く間合いで、斬撃と刺突が衝突し


「下位とは言え一級、私と同格っ。強い!」


 衝撃で世界を覆い尽くしていた異次元が消し飛ぶ。



「足元は無理だったわね!」


 足元以外の異次元は消し飛んだものの、塔の壁は不気味に光り、どこか現実離れした透明な質感の底なし沼は残ったままだ。重力も時空も次元もすべてが歪んでいるが、それに足を取られるほど女もやわではない。


「これでどう!」


 沈まない、次元の底に。それどころか、刹那にも満たない隙に怪物の張っていた次元断層が半壊する。


「ちっ、行けなかった!」


 悔しがる女に対し、ウォールクリンガーは地を固め、確実に、堅実に前足を振り突き出し、女を迎え撃つ。



「楽しいね!」


 だが女はしなやかに受け流し、弾いては距離を詰めようと体をぶらす。次々に振られる結晶剣は、ウォールクリンガーの攻撃と拮抗し、消え切れぬ余波が音すら鳴らさず世界を揺らす。


 そして――


「じゃあこれは!?」


 片方の淡いピンク色の結晶剣から、キラキラと炎が上がる。それに魅せられたウォールクリンガーの反応の遅れは、


「流石!」


 盤石な基盤と中足の一本と言う代償を支払わされる。そこで大きく距離を取ったウォールクリンガーは、次元光を集めて光線として乱射した。



「どうよ!」


 剣を振り、巨大な炎の渦がウォールクリンガーを襲う。それに対抗するように特異次元を発生させて炎を次元の極点へと葬る。


「甘い!」


 数振りされただけで、視界を埋め尽くす大火災の本流が顕現する。それも無駄に存在感のある炎で、意識が散った瞬間に、炎の先から的確に光線が放たれていた。



「そうこなきゃ!」


 どうやら回復も終わり慣れ始めたようで、素早く次元の歪みで光線を裂け目に吸い込む。だが光線を完全に飛ばしきれずに、無数の破片となって四方八方に飛び散る。


 女はその一瞬の隙を見逃さず、鋭い目でウォールクリンガー含めすべての動きを読み取り


「あはっ!」


 ばら撒かれる爆炎に混ざっての一閃。もう片方の黄色い結晶剣が光を放ち、次元の裂け目を突き抜けてウォールクリンガーに迫る。しかし黙ってやられるわけもなく、次元の歪みを利用して回避と共に反撃を繰り出す。


「こんなものなの!?」


 泥が消し飛んだ足元から結晶を生やして衝撃を受けきり、砕けた結晶ごと斬り裂く斬撃を飛ばした。しかしこれも泥の壁に止められ、瞬間移動で目の前に来たウォールクリンガーの攻撃を受け剣が砕け散る。


「まだまだ!」


 結晶が糸のように束なり、金属交じりの結晶槍のを投げつけた。


「チッ!」


 向きを歪められ、ウォールクリンガーの寸前を通り過ぎる槍。その隙にあらゆるものを穿つ足が迫る。


「負ける訳!」


 当たったと錯覚させる程の完璧な回避の後に、手の先まで紫色に結晶化した腕で足をぶん殴る。


「やっぱ毒は効かないね!」


 衝撃と共に猛毒を流し込んだが通じない。ならと手を添え、流れるようにウォールクリンガーを傾け、片方の水色の結晶になった腕で強く踏み込み胴体部へアッパーをかます。


「ちょっと防がれた」


 足元からくみ上げた力を、風と空間の二重技で殴り飛ばす。だが防がれたようで、ウォールクリンガーが着地し、女が剣を持ち直して急接近した頃には元通りだ。



「くっ、やるわね!」


 両者は激しく動き回り、攻防を繰り返しながら、刺突、斬撃、打撃、衝撃、光線、質量攻撃が戦場を駆け巡った。


「やっぱいいわね!」


 何千、何万回目になる回避、受け流しを繰り返し、攻防の末に確実な一手がウォールクリンガーを掠める。


「だから!」


 それに対しウォールクリンガーは、次元潜水で施設の壁の中に消える。


「逃げないでよ!」


 壁から生えた神速の鋭い突きを、回転しながら受け流し、増した速度で剣を振るう。それにより次元が斬り裂かれ、広がっていた泥沼が施設ごと深く広く斬り裂かれた。



「今度はこっちの番!」


 着地と同時に壁から様々な結晶が生え広がる。それに抵抗するように泥が波のように広がるが、壁の内部まで侵食した結晶はその下から剣山のように突き出した。


「出てこい!」


 泥と結晶が混じる中、地面が怪しく蠢きウォールクリンガーは引きずり出される。そこへ巨大な光の斬撃が飛ばされ、数百メートル先の怪物に直撃。


「受けきった?流石!」


 ウォールクリンガーが次元の歪みを操り、女は壁から生えた結晶をけしかけながら目が輝きを増す。



「見え見えよ!」


 女は一気に加速し、次元の歪みを巧みに避けながら、結晶を足場に縦横無尽に駆け抜ける。即死級の攻防を繰り返し、少しずつ怪物に近づく。


「ここだ!」


 女はウォールクリンガーの動きを読み切り、一瞬の隙を突いて突進する。それはまさに紙一重の神業であり、攻撃は顔側面を素通りし、女の剣はより強度を増しウォールクリンガーの中心を貫く。



「逃がすか!」


 ウォールクリンガーは痛烈な叫びを上げ、その巨体が一瞬揺らぐ。しかし、それだけでは終わらない。怪物の体内から異次元のエネルギーが噴出し、辺り一帯を巻き込む爆風が起こった。


「心が躍る! これだから、戦いはやめられない!」


 爆風の衝撃波を受けながらも、その流れすらも利用し、黄色の結晶剣で吸収、多少の負傷など気にしないと追い打ちをかける。


「っと!?」


 大立ち回りで側面を取って結晶剣を振り切る。すると刃は一瞬にして煌めきを放ち、巨大な爆炎となり世界を飲み込む。


「まだまだ!」


 追加の光の柱がウォールクリンガーを飲み込み、次元の壁を貫く。怪物は声にもならぬ断末魔の叫びを上げながら、その巨体が崩れ落ち



「でも、これで終わりじゃないわよね」


 女に異粒子が襲い掛かり、その隙にウォールクリンガーは、脅威の排除のために最適化された形で再顕現を果たす。そんあの状況なのに、彼女の体は傷を気にせず、瞳には狂気的な輝きが宿っていた。


「学習したわね」


 彼女は疲れなどないように笑みを浮かべ、生み出し纏った結晶の粒たちで異粒子を排除し、傷を治しながら更なる力を得たウォールクリンガーに向かって再び歩き始める。


「さあ、次はどんな戦い方をするのかしら?増殖?分裂?学習?それとも急激な成長か進化かしら?」


 楽しそうに微笑みを浮かべながら、キラキラと輝く小結晶たちはオーラのように線へと変わり、臨戦態勢のまま小さく異形の人型に近づいたウォールクリンガーと向かい合う。


「楽しみだわっ!!」


 そして壁が盛り上がり、泥の津波と結晶の大地が激突し、両者の姿が消え、その場には攻撃の余波だけが生まれ消えていくのだった。


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