【KAC20241】魔羊ネエネエの日々

豆ははこ

魔羊ネエネエと丸いものたち

 魔羊ネエネエには三分以内にやらなければならないことがあった。


 目の前には、貴重な薬草を干してネエネエが作った特製の薬草茶。

 蒸らし時間はきっかり三分。


 お茶をお出しする方は、ネエネエがお仕えする偉大なお方。

 魔獣の脅威から王国を守る、森の魔女様だ。


 高名な魔女であられる魔女様。

 現在、魔女様がされているのは、魔法陣を特殊な魔草紙に書き記すという特殊な作業。


「この魔法陣は、とても大切なことに使う予定なのだよ」

 そう仰っていた。


 大海で暴れる巨大な烏賊いかの討伐に向かわれるためのものか。

 それとも、代々の魔女様へと王国から贈られた宝物のいずれかの魔法鑑定をなさるおつもりなのか。


 とにかく、魔女様が作業を終えられたら、すぐにお茶をお出ししたい。

『魔女様がお仕事を終えられましたら、おいしい薬草茶を飲んで頂きたいですねえ』


 できる従魔羊ネエネエは、魔女様の魔力の気配から魔法陣の完成時間を予測していた。


 ネエネエは後ろ足で直立し、前足を人の手のように用いる。

 人型に変化もできるが、魔羊の羊蹄ようていを器用に使えるので魔女様のご用事のときは大体魔羊の姿のままで行う。


 ちなみに、走るときは四つ足だ。


 若かりし頃はやんちゃな魔牛に走り勝負を挑まれたこともあった。

 勝敗に文句を言われたときは相手を羊蹄で弾き飛ばして押さえつけ、丸く収めたことも数知れず。


 強いぞ、魔羊ネエネエ。


 ……それなのに。


『がーん、ですねえ。この薬草茶に合いますお茶菓子を切らしていましたですねえ。このネエネエ、不覚でございますねえ』


 実は、茶菓子の在庫は潤沢。

 たとえば、胡桃を刻んだ焼き菓子などは、ごく稀にみえる客からは、王都で評判の店のものと遜色ないと驚かれるほど。


 あくまでも、準備中の薬草茶に合うお茶菓子を切らしていたことが問題なのである。

 この薬草茶は苦みが旨みのお茶。

 甘味もそうだが、魔女様の疲労を癒やす茶菓子がいい。


 幸い、三分を測る魔法の砂時計はまだ半分以上残っている。

 この砂時計はとても優秀。魔力を通せば三分に数秒残した時点で、魔力の持ち主のところにやってくるのだ。


『ネエネエに三分を教えて下さいねえ』

 砂時計の上部は安定のため、平たくなっている。形状は、丸。


 その丸を、じっと見ていたら。


『……ひらめきましたねえ。丸。あそこなら、丸くておいしいものがなってますねえ。魔女様の疲れも癒やしますですねえ』


 したーん、と、ネエネエは跳んだ。


 近距離の空間転移魔法。


 丸くておいしいもの。


 目的地は、魔女の森から少し離れた地に立つ、なかなかに巨大な木。


 ネエネエの視界には、丸くておいしいものも映っている。

 ただし、害魔獣の縄張りでもあるが。

 そんなことにネエネエはひるまない。


『丸くておいしいものを頂くですねえ』

 強き害魔獣たちを魔力を溜めた羊蹄でしぱぱぱぱ、となぎ倒す。

 そして、弱き魔獣や獣たちのために低いところに実るものは残して、最も高いところから、丸くておいしいものを狩る。


『入手いたしましたですねえ。でも、そのままお出ししては、魔羊ネエネエの名がすたりますねえ』


 目当てのものを両蹄に捉えて、空間転移魔法で戻る。

 それと同時に、自分自身と目当てのものに清浄魔法も。


『丸くておいしいもの、いくですねえ』


 目当てのものをすぱーん、と、羊蹄で切断。丸くておいしいものが、きれいに丸型になっていく。

 それらを更に自慢の羊蹄で真ん中をすべてくりぬく。 


 次は、片手鍋に牛酪ぎゅうらくを敷き、ふわりと溶けだしたら丸型の両面を焼く。

 少しだけ焦げ目をつけて、甘い香りがたったら皿に盛り、仕上げに魔蜜蜂の蜂蜜をかけて、出来上がり。

 この魔蜜蜂の蜂蜜も、ネエネエが養蜂で採取したのだ。


 砂時計に砂は……残っている。

 時間厳守のため、洗い物はあとで。


『薬草茶をいれますですねえ』

 砂時計が、待ってました、とばかりにネエネエのそばに跳んできた。

 砂が落ちきるのを確認したネエネエが、丁寧に薬草茶をカップに注ぐ。


 すると、魔女様が自室から出ていらした。


「さすがだな、ネエネエ。お茶をありがとう。おや、か、いいね」

『おつかれさまでございますですねえ』


 そう、焼きりんご。

 特別な場所から採った新鮮なりんご。

 魔女様にふさわしい、素敵な丸くておいしいもの。みずみずしいので、きっとお疲れのお体にも優しいはず。


「とても甘露だね。ありがとう。疲れもとけていくよ」

 ぺこりとするネエネエ。すると。


「さあ、受け取ってくれ。ネエネエのための魔法陣だ。ますますネエネエの黒い魔羊毛がふかふかになるよ。薬草茶もよい香りだね。ネエネエのお茶は最高だ」

 黒い豊かな髪と目の美しいお方は、魔草紙をつい、とネエネエの近くに寄せて、また再び優雅な仕草でお茶菓子と薬草茶を召し上がっている。


 ネエネエは、困惑していた。

『お褒め頂きましてありがとう存じますですねえ。ですが、なぜですねえ』

 従魔獣としては主に伺いをたてるのはいかがなものか。


 しかしながら、これは。


「だから、説明したろう。とても大切なことに使う魔法陣だよ。大切なネエネエに使ってもらうのだからね」

 魔女様は、そう言われた。


 上質な魔草紙に記された丸い魔法陣の中には、黒い魔羊。ネエネエの似顔絵。

 それを囲む精密な魔法陣は、確かに魔女様が書かれたものだ。


「ネエネエのフワフワを守るのは、主として当然のことだろう? これからも頼りになる素敵なモフモフでいておくれ」

 当たり前ではないか、という表情で魔女様は言われた。


『ありがとうございますですねえ』

 ネエネエは、自慢の黒い魔羊毛を震わせながら感謝を申し上げた。


 そして、決意した。


 この魔法陣を使わせて頂いたら、もう一度、丸いおいしいものを採りに行こう、と。


 今度は、丸いおいしいもののケーキを焼くのだ。


 形はもちろん、丸。


 そして、魔女様に召し上がって頂いている間に、ネエネエはおひさまの光をたっぷり浴びて、更にフワフワでフカフカなモフモフになっておこう。


 魔法陣とおひさまの光でフワフワのフカフカ。

 丸々、モフモフとした魔羊毛布団のネエネエとなり、お腹を満たされた魔女様の午睡をお手伝いさせて頂こう、と。


 丸い魔法陣の中のネエネエは、『よい考えですねえ』と言いたげに、笑顔で微笑んでいる。


 もちろん、魔法陣を持つネエネエも。


「おいしいよ、ネエネエ。お代わりをもらえるかな」

『はい、ただ今ですねえ』

 魔女様の笑顔に、喜び勇んで準備中だ。

 

 皆、笑顔。

 

 ……そう、これぞ、団円。



 ※牛酪……バターのこと。



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