トロッコと処刑人

あげあげぱん

第1話

 処刑人には三分以内にやらなければならないことがあった。


 今、円形闘技場の中では国の王様が考えた新しいショーが開催されている。円形闘技場の中でトロッコを走らせ、三分以内に処刑人が右か左にレバーを引く。そうすることで右の線路と左の線路で、す巻きにされた二人の囚人のうち、どちらか一人を挽肉に変えるのだ。


 二人の囚人のどちらを殺すか。その決定権は処刑人にある。王様や観客は、囚人が悩んだ末に二人の囚人のどちらを殺すかを賭けて楽しむ。生き残ったほうの囚人には御社が与えられ、自由の身だ。


 す巻きにされた囚人のうち、一人は若い男で、一人は年老いた男だ。若い男の方は年老いた女を殺し、年老いた男の方は若い女を殺した。


 囚人たちは処刑人に向かって叫ぶ。


 若い男が言うには。


「俺を殺してくれ! 俺は極貧と年老いた母を介護することに疲れ果て、殺してしまったんだ! 俺がこれ以上生きていても辛いだけだ!」


 年老いた男が言うには。


「わしを殺してくれ! わしは事故を負った孫が絶望し死を待つまで苦しみ続けるのを見ていられず、殺してしまった! わしのような老い先短い男より、若い彼を生かしてやってくれ!」


 もし、囚人のどちらかが凶悪なだけの人間であったなら、もし、囚人が二人とも凶悪なだけの人間であったなら、ここまで悩む必要はない。より凶悪であるか、もしくは気に入らないほうの囚人を殺せば良い。だが、今処刑されようとしている囚人たちはどちらも悪い人間ではない。人を殺したかもしれないが、やむにやまれぬ理由があった人間たちだ。


 どちらも処刑されなければならないほどの悪人には思えない。しかし、どちらも罪を犯した。法にのっとるのなら、どちらか一人は処刑しなければならない。運命の時は迫っていた。


 時間いっぱいに考え、考え抜いて処刑人はレバーを引いた。


 そして――。


 若い男がトロッコに轢かれ、血と臓物が飛び散った。


 観客たちから喝采が上がり、王もまた拍手をした。生き残った老人は「どうして、どうして」と涙を流している。


 なぜ若い男を殺したのか。なぜ年老いた男を生かしたのか。理由は難しくない。処刑人である自分を恨み復習に来る可能性が高いほうの囚人を殺した。長くは生きていられないほうの、後で勝手に死んでくれるほうの囚人を殺した。


 怖かったのだ。


 殺してくれという人間を生かして、生かしたことによって恨まれるのが。


 処刑人は考える。


 やむをえず殺人を犯した二人の男より、保身のために人を殺した自分のほうが、よほど悪い人間だろうと。

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トロッコと処刑人 あげあげぱん @ageage2023

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