夜の学校
夜の学校は怖いとは聞いていたが、まさかここまでとは思わない。
静まり返った廊下。真っ暗でスマホのライトを頼りに進むしかない。こんな状況でいきなり教室の扉が開いたりしたら死ぬかもしれない。
そういえば学校に来いとは言われたがどこに来いとかは言われてないな。取敢えずで私たちの教室に向かってはいるが。
......何やら物音がする。この音の正体が彼であることを願う。
恐る恐る階段を一段ずつ昇る。ついに教室の前まで来た。勢いよく扉を開く。
「うわぁ! おどかさないでよ!」
よかった、音の正体が幽霊じゃなくて。
「......あぁ、待ちくたびれた。ここからはリアルの名前で呼ぶね、めぐみさん、僕の事は夕って呼んでいいよ。」
彼はそう言いながら椅子に腰かけた。彼は私にさん付けするのに私が呼び捨てするのは少し気が引けるのだが。
「じゃあまずはここは本の世界で合ってるよね。ストーリー上こんな場面はないんだけど。」
夕はびっくりしたかのような表情をした。
「そうだよ。え、ほんとに内容覚えてんの? もしかして図書室の本全部?」
「一応。これは最近読んだから大体の台詞は覚えてる。」
「化け物じゃん。」
いや、そんなことより今の状況の方がびっくりするよ。
「今ここに居ても大丈夫っていうか、物語はどんなことがあろうと物語通りに進むよ。何回か変えてみようとしたけど無理だったから。」
「何回かってことは前にもこういうことあったんだ。」
「まぁ僕が自ら望んで此処に居るからね。」
「自ら望んで? どういうこと?」
「原理は知らない。ただ本を読んでる時にもし本の世界があったらどういう世界なんだろう』と思いながら寝落ちしたら本の世界に行けただけ。これが夢なのか現実なのかもわからない。でも僕はこの現状が楽しいけどね。」
原理を知らないというもの程怖いものはない。だから私は飛行機には乗らないことにしているのだ。
「それならなんで私は此処に居るの。」
「なんでと聞かれたら困るけど、本好きじゃなかったの? そういう風に見えたから。」
確かに本は好きだ。
……確かに? よく考えたら別に良い気がしてきた。どうせ戻れるんだ。ストーリーも滞りなく終わるみたいだし。彼が楽観的に居る以上危険はないということではないか。
でも疑問はたくさんある。これをぶつけようにも一つ一つ纏まらない。
「なんか納得行かなそうな顔してるね。わかった。この世界について僕の知る範囲のことを教えるよ。」
そう言って夕は教卓の前に立った。
「先ず僕たちが物語上存在しないのに此処に居れる理由から説明するね。この世界っていうのは物語に書かれていることのみ起こる。物語に存在しないことは起こらない。ただここで一つ考慮しないといけないのは、物語の空いた時間。つまり寝ている時だとかのストーリーとストーリーの合間はなんだってできるということ。だからこうやって話すこともできる。物語において可能性があるものはなんだってできるんだ。物語が終わってその後のことを予想して続きの物語を書いたりすることあるでしょ?」
夕は黒板に変梃な数直線のような図を書きながら説明する。それは私の理解しようという試みを邪魔するが、なんとか何となくというところまでの理解はできた。
「なんとなくわかった。ただこれって現実への影響はあるの?」
「いい質問だ。……この台詞言ってみたかったんだよね。だってかっこいいじゃん、何か全部を知ってそうな雰囲気漂わせてて。」
私の質問に対してどうでもいい事を口から羅列させる彼を見て心底苛立ちを覚えた。
「……そんなに怒らないでよ。でも本当に重要だ。よく覚えていてね。」
彼は戯けた態度から一転して冷静な態度、シリアス展開を匂わせるような佇まいで話し出した。
「影響は多分無い、と思う。というか無いはず。確証がないのは許して欲しい。物語で起きたことがリアルで起こるわけじゃない。これだけは約束できるんだけど、物語の中で僕らは登場人物なんだ。だから感情だって動くから怒りだったり、悲しみだったりを感じる。そして一番気になってるのは痛みだよね。」
「うん。そうだよ。そこが一番気になる。」
「やっぱり。実のところ、この世界ではでは怪我をしたら痛みを感じるんだ。ただ現実に戻っても怪我は残らない。痛みは覚えてるけどね。だから安心していいよ。でも痛むのは痛むから避けれるなら避けた方がいい。特にこういう物語で書かれないところで怪我したら嫌でしょ。」
「まぁ、確かに。」
「うん、ほかにわからないことあれば物語が終結した後リアルでいってよ。答えられる範囲で答えるからさ。僕はもう戻らないと寝不足になっちゃう。」
夕は黒板を消しながらそう言った。
教室から出るときに、「楽しんでね、本の世界。」と言って出て行った。
なーにが「楽しんで」だ。ストーリー上怪我をする場面があればどうしても避けられないということだ。こんなに憂鬱な事が有るか。確かこの作品中ではそんな表現はなかったが、一歩間違えたら痛みを避けられないような状況になるところだった。
こういう状況は死ぬ日時を知らさせるのと同じ感覚の恐怖を覚える。
......よく考えると自分が死ぬ日時を知るということは一種の未来改変に準ずる行為なのか。
自分が死ぬ日を知った後にそれを回避するかは人によるが、何か行動する理由としては十分だから、それによって未来が変わるのならば。いや、何か行動したとしても自分の命日が変わってしまったらそれはパラドックスに陥ってしまうのだから、命日が変わることはあり得ないのか。
私はこういう哲学染みたことを考えるのが好きなのである。それは自分の信念にも影響してくるものでもある。例えば人間の死についてだったりだ。
ーーそういえばこの世界で死んでしまったらどうなるのだろう。怪我の痛みはあるが、残らないのだとしても、死んだときの苦しみを覚えていた時、私たちは現実でそれに耐えられるのだろうか。
......あぁ、ダメだ。これ以上疑問を増やしてしまうと収拾がつかない。ただでさえよくわからない状況であるのにこれ以上よくわからなくなってどうするというのだ。
これが考えるということの欠点だ。考えて考えて考え続けても結局それを覚えていられないのだからどうしようもなくなって収拾がつかなくなってしまうのだ。......終わったら疑問をノートにでも纏めておこうか。
「......さて、私も帰ろうか。」
月光に照らされた教室を後にして学校を出る。黒板も消されていたし、私たちが学校にいたという事実はだれにもバレないだろう。
家にたどり着いてさぁ今日はもう寝ようと気づいた時には二十三時を過ぎていた。
......現実では二十二時には寝ていたのにな。
BookWorms 暁明夕 @akatsuki_minseki2585
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