第4話

私たち、4年連続同じクラスなんだよ——

青木が告げた、その事実は、素晴にとって、ひとつも、目新しさのない、いまさら、聞く価値のない、もので、だからこそ、こう、返さねば、ならなかった。


「へぇ、気にしたことなかった」


福原素晴、16歳。渾身のすまし顔である。


よっ、さすが俺!やればできる子!

動揺なんてしてない!クール!圧倒的クール!

崖っぷちまで追い詰められていた素晴の中の何かが態勢を持ち直す。


ダイジョウブ、オチテナイ——


そう自分に言い聞かせて会話を続ける。


「他誰が同じクラスだった?」


「えー福原くんクラス表見てないの?えっとね、まず玲ちゃんと美沙ちゃんでしょ?音楽部で同じクラスになったことなかったの2人だけだったから今年一緒になれて嬉しいんだ。これでコンプリート!それに学年トップの今井さんとか、あと戸川さんたちのグループ!」


「戸川……あーあの派手な集団が一緒なのか」

ひと学年200人もいれば、その中には良くも悪くも目立つグループがあるもので、教師陣から比較的大人しいと評される素晴たちの代において、戸川たちは最もにぎやかな一団として認知されている。


(絶対苦手なタイプだよなぁ。あんま関わんないようにしよ)

おだやかな高校生活を送るために、素晴は実に後ろ向きな決意する。

相性が悪いことが想定される人物に対し無駄にリソースを割きたくない。

無理に関係を構築しようとしてこちらが疲弊するなど愚の骨頂なのだ。


素晴はそっと心の戸締りをして


「それで男子は?」

と青木に続きを促した。


「え、男子は知らないよ?あんまりちゃんと見てないもん」


戸締りした心が乱暴に叩かれる。

危なかった。

戸川注意報がなければ隣の女子が巻き起こす大嵐によってどこかに吹き飛ばされていただろう。

ありがとう戸川。君のおかげで命拾いしたよ。


熱い掌返しでひとり戸川への好感度を上方修正したところで、目的地に到着した。




1年3組



入口上部に掲げられた表札は春休み期間にしっかりと掃除の手が入ったようで、新たな生徒を迎えるに相応しい輝きをしていた。


まぁ、表札をちゃんと見るのはたぶん今日だけなんだけど。

高校生活初の教室進入だが、特に感慨なども湧いてこないのでいつも通りに扉を開ける。

教室に足を踏み入れて、後ろに続く青木のために扉を抑えようと振り返って気づく。

青木がいない。


おらんのかーい。


意味深な発言で人の心もてあそんでおらんのかーい。


てかやっぱり俺と一緒にいるとこ見られたくなかったんじゃーん。


思いのほかダメージが大きく、その場に立ちつくしてしまう。

教室に誰がいるかとか、自分の席がどこかとか、ましてや下田はいるかとか、諸々気にすべき事項があるはずなのだが、その余裕もない。


「ねぇ、そんなとこ立たれると通れないんだけど」


「あっごめん」

背後からの声に素晴は反射的に脇へ飛びのいた。端から見れば出入口を封鎖するように居座っているのだから苦言を呈されてしまったのも仕方ない。


声をかけてきた人物の顔を見ることもなく、素晴は逃げるように教室内に入った。




(つかれた)

まだ入学式すら始まっていないというのに1日分の気力を使い果たした気分の素晴は、自席に着くと荷物の整理もほどほどに机に突っ伏すことにした。

とりあえずHRが始まるまではリカバリーに専念する腹づもりである。


……のだが、


「朝からどしたの?」


素晴の完璧な仮眠作戦はその真価を発揮することなく闖入者によって中断を余儀なくさた。


「よぉ上川、久しぶりに一緒のクラスだな」


「おーっす福原。中2ぶりだな」

聞きなれた声だったため無視して寝続けてもよかったのだが、親しき仲にも礼儀は必要かと、何とも締まらないあいさつを交わす。

顔を上げると腕を組んだ友人がこちらを見下ろしていた。


「相変わらずでけえな」

もとより椅子に座った状態で目の前に立つ相手を見上げる構図では、相手が大きく見えてしまうものだが、それが190cm近い身長を誇るこの友人ともなると、気分はゾウを前にしたウサギである。


いや自分がウサギとかキャラじゃないけど。

一方、唐突に随分な物言いをされた上川だが、特に気にする様子もなく質問を重ねてくる。


「んで、疲れた顔してるけどなんかあったの?」


「いやちょっと朝から面倒に巻き込まれたというか絶賛巻き込まれ中というか、そんな感じ」


「なるほどそしたら首突っ込むのはやめとこ」


「おい手を差し伸べる素振りくらいしろ」


「気が向いたらね。まあ今年もよろしく!それじゃ」


「くそ逃げたなアイツ」

身長いじりの意趣返しを食らった素晴は、そそくさと自席に戻っていく上川の背中を恨みがましくにらみつけるが、軽口を言い合ったことで気がまぎれた自分が単純で少し悔しい。

もはや寝る気もしなくなったので、漠然と辺りを眺めてみる。


(なんか中学の時より教室狭くね?あ、机が一回り大きいのか)


(そういや数年前に高校の校舎だけ改修したって聞いたけど、確かに黒板とかきれいな気がすんな)


(あーこっちの校舎からだと窓から海見えんのか)


それは大した意味などない、ごくごく些細な事象かもしれないが、それでもやはり中学と高校とでは異なるのだということに気づかされる。

あとなんだかみんなキラキラしてる気がする!特に女子!


なに?これがうわさに聞く高校デビューというやつなのでしょうか。

わからないので該当者は『高校デビューしました』ってプレートを首からさげていただきたい!


ふと思う。


“自分も高校デビューしたいのだろうか”


正直興味はある、と思う。

いきなり金髪にしてみる、とかではない。というか校則違反を犯すつもりはないのでそもそも髪は染めない。

だけど内面的にも外見的にも変えられる余地は大きいと自覚している。



まずは性格。

もう少し社交的になってみてもいいのではなくて?

と、もう一人の自分ver.マダムが問いかけてくる。

顔を合わせたらあいさつを交わす程度の軽い付き合いであれば広く浅く、割とどんな相手ともできる素晴であったが、そこから友達と言えるまで関係を深めるのが苦手で、気づいたら上川をはじめとする少数の決まった相手とばかり接してしまい、結果彼らがいないときはだいたい自席で一人読書に逃げてしまう。


もっと自分から話しかけたりメッセージを送ったりすれば変わるのだろうが、『急に話しかけていいのだろうか』やら『つまらないって思われないだろうか』やら、なにかとネガティブ思考に陥って、結局こちらからアプローチをかけられずじまいになってしまう。

つまるところ自信がない。



そして自信のなさは外見の影響もある。

175cmと高校生男子としては平均的な身長なのだが、やせ型を通り越してひょろひょろとしているため我ながら実に頼りない。


しかも髪はたとえ坊主頭にしても毛先だけはくるくると巻いてしまう強烈な癖毛のため、一部からは『大仏』などとあだ名される始末である。


許すまじ遺伝因子。許すまじ優性遺伝。


当然生まれてこの方異性にモテた経験などあろうはずもなく、かろうじて異性の友人と呼べるのがただ1人青木のみという惨状だった。

変わりたいという願望はあるものの、一方で中学時代の3年間はある程度楽しく過ごすことができたのも事実であり、今から無理して自分を変える必要性はないのではとも思う。



(いや、めんどくさい。やはり現状維持がいちばん)


高校生活における素晴の基本方針はたった今、“なにもしない”に落ち着いた。

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福原君はゆれまくる -swing like a pendulum- @Otsuu12

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