透明な花と終わりに      KAC20241

福山典雅

透明な花と終わりに

 


 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは友人代表のスピーチだ。


 新郎新婦がお色直しをして戻って来た直後、司会の女性から小声で「もうすぐですよ」と言われた。僕は少し緊張している。


「では、新郎様のご友人であります観月健太様に、ご友人代表のご挨拶を賜りたいと思います」


 司会の女性から紹介され、大きな拍手の中を進みマイクの前に立った。僕は深呼吸を一度だけしてから、挨拶を始めた。


「祐樹さん、佳奈さん、ご結婚おめでとうございます。えーと、かしこまると僕はうまく話せなくなってしまいそうなので、いつものように、祐樹、佳奈と呼ばせて下さい。


 僕は新郎の祐樹とは高校時代からの親友で、新婦の佳奈とは幼馴染でもあります。祐樹はサッカーで冬の国立に出場したスポーツマンでもあり、誰からも好かれる人気者です。佳奈は見ての通りすごく可愛くて性格も良く、おまけに頭も良くて世話好きで、やはり誰からも好かれる人気者でした。


 そんな二人が僕という共通の友人を挟んで、運命的な出会いを果たしました。ぼくらはずっと仲良くしていて、三人で同じ大学にも進み、そして2年の冬から二人は付き合い始め現在で5年目、遂に結婚へと至りました。


 僕はどちらかと言うと目立たないし、むしろ冴えない男子です。そんな僕に対し、二人はいつも感謝してくれています。随分勿体ない話です。だから、僕は親友として祐樹をとても大切に思っているし、幼馴染の佳奈にも絶対に幸福になって貰いたいと願っています。


 でも……」


 僕は次の言葉を言おうとして少しだけ手と足が震えた。


「でも、…………祐樹、そしてご来賓の皆さん、少しだけ、ほんの少しの間だけでいいので、耳を塞いでいてくれませんか?」


 僕が唐突にそう言うと、会場はにわかにざわつき、祐樹と佳奈は驚いた表情を浮かべた。


 だけど、僕と視線を合わせた祐樹は、ぐっと何かを飲み込む様な顔をして、黙って耳を塞ぎ顔を伏せた。司会の女性は困って焦っていたけど、僕は構わずに続けた。


「ごめん、本当はこんな事はいけないとわかっているんだ」


 静まりかえる会場の中で、僕は不安そうな表情を向ける佳奈へ、穏やかに語りかけた。


「今日を過ぎたら、僕は違う人生を探そうと思っている。披露宴の余興とは違うし、とても難しい事かもしれないけど、どうか気楽に聞いていて欲しいんだ」


 僕は出来るだけ大袈裟にならない様に、静かな声で彼女に伝えた。


「今日、君のウェディングドレス姿を見た瞬間、僕はとても綺麗だと思うと同時に、すごく耐え難い後悔に襲われた。


 みんなから、優しいとか、お人好しだとか言われている僕にだって、誰にも言えない大切な願いのひとつくらいはあるんだ。


 だから、本心を言わせて欲しい。すごく独りよがりで迷惑だってわかっている。だけど少しだけ、このわがままな時間を許して欲しい。



 僕は君が好きだ。



 もう手遅れで、今更で、最悪のタイミングだけど、


 ずっと、僕は君が好きだった。


 何度、踏み出そうかと考えて、思い詰めた自分を必死に諫めたかわからない。


 何度、君達の幸せな笑顔を眺めて、どうしょうもなくこの胸を焦がしたかもわからない。


 僕は善人じゃないんだ、きっと悪人だ。


 大切な友人の結婚式でこんな酷い事をしている。


 叶うはずのない願いを君に伝えようとしている。


 ごめん、だけど止まらない。


 叶わぬ恋をする苦しみより、自分を偽り抑える事の方がずっと辛いんだ。


 こうして君の瞳を真っ直ぐに見つめているだけで、


 僕は自分の愚かさで死にたくなるよ。


 失くした時間を取り戻す事が出来ない事も知っている。


 言わなければいけない理由なんて、意味がない事も知っている。


 他の誰かを見ようとして、


 違う誰かに救いを求めようとして、


 君を傷つける行き場のない想いを、すっかりどこかに捨て去ろうとしたのに、


 気がつけば、僕は君を見つめているんだ。

 

 僕の未来と君の未来が一つにならない事を知っているのに……。

 

 


 それでも、今はこれだけは言わせて。


 君は最高に素敵な女の子で、


 僕の人生に色褪せない特別なものをくれたんだ。


 僕の感じた幸福は全部君との思い出。


 だから、僕の見つけたかけがえのない多くの想いが、まるで無駄だったなんて思いたくないんだ。


 それを君に伝える事が、僕のたったひとつの願い。


 


 僕はね、どうしょうもなく君に恋している。



  


 ……ごめん、この結婚を祝いたいけど、どうやら僕には無理みたいだ。


 ごめん、佳奈、……ごめん」


 最後は声が震えてしまったけど、僕はスピーチを終えた。


 困惑する彼女の瞳は潤んでいて、その奥にとても悲しい色が浮かんでいた。


 すごく綺麗な透明な花に寄り添うように、切なくて掴めない悲しい色が、静かにそっと浮かんでいた。


 


 








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