レッド・オア・ブルー【KAC20241】
銀鏡 怜尚
レッド・オア・ブルー
会長と言えば聞こえは良いが、要はヤクザの組長だ。名は体を表すように、その昔は一夜で天を茜色に染め上げるくらい、ヤクザ抗争で大暴れしたものだ。
今や、そんなかつての威光も鳴りを潜め、零細団体に成り下がってしまっているが、組織は継続している。だがしかし、まさにこの瞬間、茜天会は
『天満茜次郎の居室に
手紙を読んで茜次郎は、ふざけやがって、
昨日は、とある記念日を祝して、久しぶりに一人酒をしたのだ。それが深酒だったのか、はたまた睡眠薬が混入されていたのか、寝落ちした間に何者か茜天会に恨みを持つ者にやられたようだ。そして、目が覚めたのが午前11時50分。手紙を見つけたのときが52分、状況を理解し打開策を見出したときには57分になっていた。つまり、解体に費やすことのできる時間は僅か三分。自分で解体するしかない。
「
茜次郎の側近にして右腕の
茜次郎はこの状況に臆しなかった。何と、
そして、早く
実は、茜次郎には裏の顔があった。ゴリゴリの恋愛モノを専門とするWEB作家、ペンネーム『
特に女子高生の感情の機微を繊細な筆致で表現したラブ・ストーリーを得意とする。WEB小説投稿サイト『カケヤヨメヤ』界では、絶大な人気を誇っていた。評価を表す★の数は、どの作品も1,000をゆうに超える。
もちろん、裏の顔は極秘だ。側近の政ですら知らない。ヤクザの寄り合いで、茜次郎はパソコンをいじっているが、もちろんメモを取っているわけではなく、恋愛小説を
昨夜は、カケヤヨメヤ8周年のアニバーサリーだったのだ。だから、一人で祝杯をあげながらKACの1回目お題『3分間の純愛』で執筆し、投稿する準備をしていた。しかし、ヒロインの髪の色を情熱のレッドにするか、青天のようなブルーにするかで悩んでいる間に寝落ちし、投稿ボタンを押していない。しかも、〆切は何と今日の正午! 何たる不覚!
だから、別の意味で焦っていた。
『まず、緑のコードです。そして、黄色のコード、次が黒……』
順調にコードを切っていくが、そうしている間にタイムリミットは迫っていく。
「早くしろ!」
『まぁ、焦らないでください。起爆までまだ1分45秒もあるじゃないですか?』
しかし、コードはまだたくさんあり、解体に時間がかかりそうだ。
それに、KAC投稿の〆切が……。
『次が白……、その次は水色、そして紫……』
ここまで切って、残りのコードは2本。赤と青だ。どちらかが正解で、どちらかが不正解だ。
「どうした? 早く指示を出さんか!?」
『あとは、会長次第ですよ』
「何!? ここまで来て無責任だろう?」
『決めきれないんでしょ? レッドかブルーか?』
「どういうことだ!?」
『私はすべてお見通しです。最後は、会長自身のご判断で!』
政はそう言うとプツッと切れてしまった。
「おい! 待て! 待て!」
無情にもツー、ツーという音が流れる。
目の前には、赤と青のコードだけ残された爆弾と、投稿ボタンが押される直前のパソコン。
ちなみに残り時間は20秒。電話をかける暇は残されていない。
確率2分の1……!
そのとき、こんな窮地にも関わらず天啓が降りてきた。ヒロインの髪色はレッドしかない。一見強そうに見えるけど、所詮は強がりなだけ。ブルーな髪色は、クールで抜け目がないような印象を与えかねない。燃え上がるような感情の起伏を具現するために、ここはレッドだ。
パソコンで空欄のままにしていた髪色を『レッド』にし、KAC第1弾の新作短編『インスタント・ラブ・ストーリー』が完成した。投稿ボタンを押下したとき時限爆弾は残り3秒。そしてその1秒後、インスピレーションどおり青のコードを切り、赤を残した。
瞬間、時限爆弾は起爆しない代わりに残り時刻を表示していたディスプレイに文字が示された。
『会長! 爆弾はフェイクです! こっそり執筆中の『インスタント・ラブ・ストーリー』を読んで、髪色は絶対レッドだろ、と思いました。この文字が表示されているということは、私の期待どおり赤を残してくれたのですね。ありがとうございます! そして、今まで黙っていたこと、そして騙していたことをお詫びします。これからの創作活動も期待しています。 政@天空アカネの大ファン より』
レッド・オア・ブルー【KAC20241】 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet
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