最後の切り札 ~ヒーローは遅れてやってくる?~

和辻義一

俺、参上!!

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。それは……残り三分以内に、サッカー日本代表のフォワードとして一点を取ること。


 サッカーワールドカップ、アジア最終予選。俺達のグループでは既に一位通過の国が決まってしまい、ワールドカップに出場するためには何としても二位通過の権利を勝ち取る必要があった――だが、よりにもよって同じグループで二位を争うことになったのは、いつも何かにつけて色々と張り合ってくる、隣の半島の赤いチーム。


 ぶっちゃけ、ここまでの試合内容は荒れに荒れた。お互いの意地とプライドがぶつかり合ったということもあるが、相変わらずあいつら、サッカーと格闘技をごっちゃにしていやがる。


 俺に言わせれば前半から明らかなファイルの連続だったが、何故か主審は笛を吹かないことが多かった。あの主審、いつぞやのワールドカップの時みたいに買収されているんじゃないのか?


 まあ、途中経過は色々とありすぎたので端折はしょるとして、今のところ得点は一対二で日本のビハインド。後半四十五分を過ぎて、アディショナルタイムは三分。


 この三分で一点をあげられれば、試合は延長戦へ突入。とりあえず首の皮一枚が繋がる。そして、もしもそれが出来なければ、その時点で日本のワールドカップ予選敗退が決まる。


 そんな超大事なシーン、今回の試合の最後の交代枠でピッチに出るのが俺っていうわけ。


 実のところ、俺よりもサッカーが上手いフォワードはチームにゴロゴロいた。だからここまでの予選で何度か招集を受けたことはあったが、試合に出るのは今回が初めて――なんだけれども、それがサッカー日本代表のワールドカップ出場権をかけた瀬戸際の場面ってのは、喜んでいいのかどうか。


 そして、自分で言うのも何なんだが、俺の「売り」はぶっちゃけゴール前への飛び出しのみ。他の奴らみたいに有名チームでプレーしているわけでもないし、華麗なドリブルテクニックだの鮮やかなシュート力だのといったものも持ち合わせちゃいない。監督、よくこの場面で俺を使う気になったよな。


 とりあえず、アップは準備万端。ハーフウェーラインの側に俺が立つと、ブルーの観客席からはそれまでの悲鳴のような応援歌チャントに代わって、軽いどよめきの声が上がる。おいおい、何だよその反応。


 そして、第四審が掲げた選手交代ボードの表示を見たサポーター達が、一瞬しんと静まりかえった――そりゃそうだ、今まで九十分フルタイムで走り回っていた「日本代表の顔」みたいなフォワードの選手を下げて、俺がピッチに入るっていうんだから。


 一方、赤一色の観客席からは、パラパラとまばらな拍手が湧き上がる。それが交代するフォワードの選手へのものなのか、それともこれからピッチに入る俺への嫌味なのかは分からないが。


「すまん、後を頼む」


 交代するフォワードの選手が荒い息を吐きながらそう言って、俺の肩を軽く叩く。


「おう、任せろ」


 とりあえずそう答えはしたものの、内心はドキドキハラハラ、緊張の度合いはクライマックスだった――だってよ、これでこの試合に負けたら俺、マスコミやファンからボロクソに叩かれるんだぜきっと。


 で、テンパった俺は自分でも何を思ったのか、交代してピッチに入る際に思わず右の握りこぶしを天高く掲げてしまった。


 当然のことながら、一瞬にしてしんと静まりかえる青と赤の観客席。審判達は何やら言いたげにこっちを睨んでいるし、監督は右手で顔を覆ってうつむいている――あ、やっべ、やっちまったわこれ。


 ところが――


「ワアアアアアアアアッ!!!」


 青い観客席から、まるで地鳴りのような大歓声が湧き上がった。一心不乱に振られる日本国旗や、応援用のタオル。ところどころで、俺の名前を叫んでいる奴もいる。どこでどう変なスイッチが入ったのかは知らないが、さっきの一瞬の沈黙は一体何だったんだよ。


 一方、赤い観客席からはブーイングの嵐。そりゃそうだ、こんな挑発的なポーズを相手に取られたら、俺だって怒るわ。


 それにしても「肌に突き刺さる音」ってホントにあんのな。歓声と罵声が入り交じってるけれども、これはマジきもちいー。


 こういうシチュエーション、選手としてテンションは嫌でも上がるわな――よっしゃ、いっちょやってやらあっ!!

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