【KAC20241】落ちぶれ男爵の手土産【KAC20241+】

ながる

メイド、遠出する

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。

 いや、過去形にするにはまだ早い。あと二分くらいはあるだろう。とはいえ状況は厳しい。

 なぜなら、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに行く手を阻まれているからだ。


 何を言っているのかわからない?

 私だってわからない。もう少し言えば、解りたくもない。

 留守番してると言ったのに、半ば脅されて嫌々ついてくる破目になって、挙句の果てにこれだ。疫病神にとり憑かれてるとしか思えないのだが?

 事の元凶、疫病神ことうちのの姿は見えない。バッファローに踏みつぶされていれば笑ってやるんだけど……まあ、たぶん無事なんだろう。この程度でどうにかなる人物なら、素性の怪しい私をメイドにしようだなんて思わないだろうし、私もさっさとおさらばしている。抜けてるのか、切れ者なのか、判らないとこが不気味なのよ!

 残念ながら乗ってきた馬車は破壊され、御者と馬は逃げた。

 三分で捕まえるはずだった鴨は、空の彼方。

 突進してきた一頭を苛立ち紛れに睨みつければ、やや目を泳がせて進路を変えた。

 成す術もなく過ぎていく時間に、空を仰いでため息を落とす。


 ようやく群れが行ってしまうと、土埃にまみれた男爵が座り込んでいるのが見えた。その横にバッファローも一頭倒れている。


「ピーアー」


 情けない呼び声に渋々と近寄れば、予想に反して彼はにかっと笑った。


「ああ、怪我もなさそうでなにより。僕はちょっと汚れちゃったけど、鴨よりいいお土産が手に入ったから良しとしよう」


 にこにこと笑いながらヘムリグヘート男爵は、横たわっているバッファローをポンポンと軽く叩いた。

 私は半眼で辺りを見渡してみる。


「どうやって運ぶつもりですか? 男爵様が担ぎます?」


 男爵はしばしフリーズして、それから私がしたように辺りを見回した。

 車輪が外れた馬車の荷台はすでに原型が無く、生えていた木や草は踏み荒らされ、なぎ倒され、酷い有様。村や町からは少し距離があるので、人的被害がほとんどなかったことだけが救いだ。が、それはつまり私たちが助けを求めようにも、すぐにとはいかないわけで。

 男爵はトレードマークとも言える古びたシンプルなモノクルを外してレンズを磨き始めた。


「うーん。そうか。うーん……ま、まぁ、じゃあ、とりあえず解体しておこう。そのうち誰か通りかかるかもしれないし」


 はい、とどこから出したのか大ぶりのナイフを渡される。普通のメイドはバッファローの解体などしないと思うが?

 「自分でやれ」と喉まで出かかったのを飲み込む。この貧乏男爵はそう言われれば渋々やるのだが、いかんせん不器用がすぎる。イライラするので、いつも最後には私が手を出してしまうのだ。

 馬車に乗った町まで戻って人を呼んでくるか迷い、結局ナイフを手に取った。こいつを置いていったら、ハイエナだのハゲタカだのが寄ってきて、余計な死体が増える気しかしない。


 別に、男爵の心配なぞしていない。このバッファローもそうだが、額に小さな穴がひとつ空いているだけ。

 しかして、その死体を片付けるのは私ということになる。

 男爵の異常な銃の腕前は、名手と言うには不気味すぎる。公には出さない方がいい能力。彼は何も訊かないが、どうもそれを察していて私を雇い入れた節がある。

 面倒臭いことも多いのに、この数年で一番身の安全が保証されているというのを体感してしまうと、文句を言いながらも離れるタイミングを見失っているのだ。


 ***


「いやぁ、助かりました!」


 解体作業が終わる頃、暴走バッファローに気付いた先の村の人が街道の様子を見に来て拾ってくれた。

 彼は血に染まったメイド服にドン引きしてたけど、私はどこに持っていたのか、男爵が差し出した人肌にぬくまった換えのメイド服にドン引きした。


「いえいえ、うち、貧乏でしてね。普段からちょいちょい自給自足的なアレで……ええ、なので子爵への手土産も悩んでたところで……」


 農家のおじさんがビックリしてるじゃない。

 ……とはいえ、ヘムリグヘート男爵の奇行は世に広く伝わっているらしい。幽霊屋敷に住んでいて、怪しい噂の絶えない男。確かに私もそう聞いていた。

 メイドがバッファローを解体するくらい人手が無く、落ちぶれている。

 それをなんの疑いもなく受け入れられるのだから、隠れ蓑としては成功しているのかも? と、思わなくもない。

 実際は隠しもせず、なんなら八割は事実だ。何を考えているのか、本当に考えていないのか、一緒にいてもサッパリ判らない。


 都会での子爵家のパーティーなど、そんな人が集まるところに連れ出す理由……パートナーがいないと出席できないと言うけれど、私は一応組織に追われる身なのだけど。

 それを利用して刺客をおびき寄せ、身ぐるみ剥いで旅費にしたのは男爵だ。

 「美味しいもの食べられるよ! 大丈夫だから!」って、絶対それだけじゃないし、何その自信!

 身バレしたら、刺し違えても息の根を止めてやる。


 私は荷台の藁に埋もれながら、半ば諦めの境地で目を瞑った。




*落ちぶれ男爵の手土産 おわり*

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