「三分間の整理整頓」【KAC20241:書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』】

冬野ゆな

第1話

「あなたには三分以内にやらなければならないことがあった」

 俺に向かって、彼はそう言った。


 そうだ。

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 まずはこの部屋をすっかり見栄えのするように整えることだ。散らばった白い粉や鞄から飛び出した紙束、そして転がった大きな荷物。これを三分以内にどうにかする。時間との戦いはいつもやっていることで、俺にとっちゃなんということもない。それにこの部屋の構造は熟知している。俺の庭のようなものだ。

 あたりについているであろう指紋を拭き取り、見栄えを良くする。荷物をど真ん中に置いて、少しだけ傾いたテーブルに添えておく。もちろんテーブルに赤色を追加しておくことも忘れない。白い粉をテーブルの酒瓶とグラスをいい感じに並べ替え、壁にかけてあった服をそれなりに見えるように配置し直す。これでいい。三分ジャスト。

 すぐさま部屋から出ようとして、ふと鞄の中から飛び出している紙束が目に入った。ごくりと喉が鳴った。不意に何かがこみ上げてきた。何束か拾い上げておくと、手の中から何束か滑り落ちた。ダメだ。いましがた触ったものをすべて拾い上げると、慌てたせいかまた落ちた。こんな時に。さっと腕時計を見る。拾ったものを一度鞄から引き剥がして、あたりを見回す。あれだ。浴室の扉を開けると、白いタオルが目に入った。思わず触ってみると、少ししっとりしているが許容範囲だった。いずれにせよ触ってしまったからには持っていかないといけない。タオルで紙束を包み、急いで部屋を出た。

 四分五十……いや六分。少しオーバーしているが、多分大丈夫だ。言い訳は考えておけばいい。俺は部屋から出て服を整えると、持ってきていたカートの奥にタオルの包みを入れ込んだ。俺は何事も無かったようにエレベーターにカートを押し込んで、この階にさよならした。

 あとはちょうどいい証言をするだけだ。

 それだけだった。


「ええ、あなたはこのホテルの清掃作業員ですからね。わけもなかったことでしょう」

 彼は俺の目の前でそう言った。

「だから麻薬の取引も怪しまれずに行えた。だけど相手を殺してしまった以上、なんとか三分以内にこの部屋を整えないといけなかった。それ以上時間が掛かっては怪しまれますからね。だけど欲に目がくらみましたね。そのせいで時間をオーバーしたんじゃないですか」

「なんのことですか」

「浴室の扉だけからあなたの指紋が出てきて、廊下の監視カメラにはあなたがタオルだけを持ってきて、替えの新品のタオルを入れない様子が映っていました。それほど焦ったんですか。金はまだあなたのカートの中でしょうね。ホテルからはだれも出ていないから」

 彼の――刑事の言葉に、やはり三分以内に事を終わらせるべきだったと俺は思った。

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