媚薬☆タイムリミット

香久乃このみ

媚薬☆タイムリミット

 緑川ユウには三分以内にやらなければならないことがあった。

「ん! ん~んっ!」

 目の前には一人の少女が口に液体を含み、桜色の指先でツンツンと自分の唇をつついている。

(こいつの口から解毒剤を吸い出せと!?)

 ぱっつんと切りそろえた前髪の下で、たれ気味の大きな目が挑発的にユウを見上げている。艶々とした髪はツインテールにまとめられ、彼女を年齢より幼く見せていた。

(くそっ、振り切って逃げるべきだった……!)


 事の起こりは数分前。

 急ぎ足で帰宅しようと校門を通り抜けたユウの前に、一人の少女が現れた。

「あのぉ、緑川ユウくんですよね? 初めましてぇ。私ぃ、美羽みうって言います」

「はぁ」

 美羽の制服は、近所の女子高のものだ。

 一般的には美少女の部類に入るだろう。

「今日って何の日かわかりますぅ?」

「……バレンタイン」

 美羽は嬉しそうに笑うと、カバンからラッピングしたものを取り出した。

「受け取ってくださぁい。頑張って手作りしたんですぅ」

「……いらない」

「え?」

「普通に無理。初対面の人からの手作りとか」

「声をかけたのは初めてですけどぉ、ずっと電車で見てましたよぉ?」

(キモ)

 美羽がいかにもな地雷メイクをしているのも、ユウに警戒心を抱かせた。

 立ち去ろうとしたユウの制服を、美羽はすかさず掴む。

「離して」

 美羽は目を潤ませ、口をへの字にしてユウを見つめる。

 一つため息をついたユウは、何気なく美羽の手元に目をやりぎょっとなった。

(手首に傷痕!? 勘弁してくれ!)


 美羽はユウが何を見て顔をこわばらせたのか気付き、ニタリと笑う。

「……受け取ってくれますよね?」

 言ったかと思うと、美羽は自らラッピングを開き、中のチョコを摘まみ取る。

 そしてユウの口元へと押し付けて来た。

(く……)

 薄気味悪いと思いつつも、美羽の手首の傷が気になって強く出られない。仕方なくユウは美羽の差し出すチョコレートを口へ招き入れた。

「あはぁ、食べたぁ! 惚れ薬入りチョコ」

「!?」


 ユウは慌ててチョコを吐き出す。

 すぐに出したつもりだったが、口の中や喉がピリピリとしていた。

「なんっ……」

 咳き込みながら睨むユウに、美羽は小首をかしげて見せる。

「もう手遅れだよぉ。美羽ねぇ、どうしてもユウくんの彼女になりたかったんだぁ」

「ふざけんな。こんなことする相手、好きになれるか!」

「でもぉ、そのお薬は本物なんだってぇ。男の子の体に作用して、目の前の子を好きになっちゃうんだってぇ」

 続けて美羽は小さな小瓶を出した。

「なんだよ、今度は」

「解毒剤」

「!?」

「これ、飲んだら惚れ薬の効果消えるよ? ただし、惚れ薬飲んでから3分以内にね」

「!」

 ユウの伸ばした手を、美羽はひらりと避ける。

 そして小瓶の中身を口の中へと流し込んだ。

「おいっ!」

「ん! ん~ん!」

 解毒剤を含んだ口を、美羽は指し示す。

(こいつの口から解毒剤を吸い出せと!?)

 3分以内にやらなければ、本当に惚れ薬は効いてしまうのだろうか。

 だが、こんな気味の悪い真似をする人間と、唇を合わせるのは御免だ。

 口内にあるものを飲ませようとする神経も、どうかしている。

(くそっ、振り切って逃げるべきだった……! ん? 待てよ?)

 先程、美羽の口にした言葉を思い出す。

 そして、ユウは美羽を置き去りにして走り出した。


「あっ? ズズッ」

 思わず口を開けてしまい、液体がこぼれてしまったのか、慌ててすする音がする。

 しかしユウは構わず走り続けた。

(あいつは、『男の子の体に作用して』と言っていた)

 ユウは走る自分の足元に目を落とし、チェック柄のスラックスを見て笑う。

(あたしは、女だっつーの!)

 うがい用の水を得るため、ユウはコンビニまで走り続けた。


 ――了――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

媚薬☆タイムリミット 香久乃このみ @kakunoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ