銀髪村娘と砲金のドナーブッセ 外伝 とある召喚術師

土田一八

第1話 変身は三分だけ

 ネズミに化けた召喚術師の銀髪ダークエルフ少女には三分以内にやらねばならないことがあった。


 それは魔杖を取り戻し、大金貨5000枚を頂戴して王城からずらかる事。


 が、魔杖なしで変装魔法から変身魔法への持続時間は三分しかなかった。


 幸い、魔杖の保管場所と、地下牢と金蔵は同じ地下にある事は把握済みである。魔法に時間制限がある召喚術師は、まず魔杖の奪取をする事にした。魔杖さえ回収できれば後はどうにかなる。

 ダッ!

 ネズミは牢屋の鉄格子をすり抜け、一目散に詰所目がけて牢獄の通路を猛ダッシュする。


 が、その時。詰所から魔杖を手にした衛兵がいそいそと出て来た。


「げっ⁉」


 最初から目論見が外れる。そもそも、収容されていた一番奥の牢屋と詰所の距離がネズミとしてはあり過ぎた。それでも諦める訳にはいかない。ネズミは衛兵の後を懸命に追いかける。


 実は、どうせ処刑されるのだから召喚術師の魔杖をはじめ持ち物を闇市場で売却しようと勝手に衛兵が持ち出したものだった。ネズミは急ぎ足の衛兵を追いかける。

 しかし、人間の方が足が速いのか。気が焦っているだけなのか。なかなか追いつけない。鍵を外してかけ直す衛兵のスピードに追い付けていない。ネズミはようやく仕切りの鉄格子をすり抜け、広い通路に出る。衛兵は金蔵や食糧庫の方に向かった。その先には鉄扉がある。衛兵は鍵を外し、重たい鉄扉を開けようとしていた。このままでは間に合わない。そう考えたネズミは変身を解き、背後から衛兵に体当たりをする事にした。鉄扉は向こう側に開いた。

「今だ‼」

 ネズミから元の姿に戻った召喚術師はそのまま全力疾走をする。


 ダダダダダ!


「おりゃあ‼」


 助走をたっぷり付けてジャンプして飛び蹴りをしようとした時、召喚術師は思わず時の声をあげてしまった。その方が力が出るからだ。


「ん?」

 声を耳にした衛兵は振り返り、全裸の少女を見た瞬間。

「おまっ…」

 召喚術師の飛び蹴りをまともに腹で受けて蹴り飛ばされてしまった。


 がんっ‼ごきっ‼グラグラ……どさどさどさっ‼


 蹴られた衛兵は大きなチェストに全身を叩きつけられ、崩れて来たチェストに潰されて死んだ。

「フン。くたばったか。しょうがない。コイツから服を頂戴しよう」

 変身を解いたネズミ…もとい召喚術師は、元の姿である金髪エルフの姿に全裸で戻っていた。この変身魔法の欠点は、魔杖が無い状態で変装魔法を解くと変身魔法の効力が続く時間が短いだけでなく本来の姿に全裸で戻ってしまう事だった。

「我が魔杖。戻って来い」

 召喚術師は急いで魔法で魔杖を回収し、崩れたチェストを並べ、持ち物を回収するが素材や有り金は殆ど無かった。

「シャイセ!コイツ、素材や金を盗りやがったな」

 召喚術師は衛兵から服を剥いで、その服を着る。少し大きいが何とかなるだろう。服に染み出た血は浄化魔法できれいさっぱりに消し去る。

「では、代金を回収しよう」

 召喚術師は大金貨5000枚を回収した。チェストには鍵がかかっていたが、魔杖を使って鍵を開けてしまう。

「これは、仕返しだ」

 王様に、勇者を召喚するとそそのかし、ハズレ勇者を召喚して詐欺を働いた罪により投獄された召喚術師は、冤罪で投獄したのと衛兵が持ち物や金を盗んだ腹いせに魔法でチェストの鍵を全部開けて中身の金を全て奪った。そして元通りに蓋を閉めて鍵をかけ元通りに収める。衛兵の死体も一緒にして、衛兵の血でイニングメッセージを魔法で壁に残す。もちろん内容は王や衛兵、投獄した魔導師団長を弾劾するものだった。

 鉄扉を魔法で閉めて召喚術師は、青い小鳥に変身し、明り窓からどこかへ飛び去って行った。



 ラーフランドが異変に気が付いたのはかなり後だった。


「おい、アイツはどこに行った?」


 サボり癖がある件の衛兵は普段から素行が悪く問題児だったので嫌われており、行方不明になってもいい気味だとして同僚や上官から無視され続けていた。ところが給料日になっても姿を現さない事に違和感を感じてはいたが、脱獄事件の余波でそのまま放置されていた。

 


 ある日、役人たちが金蔵を調べに来た。戦争準備の為である。

「何か匂うな」

 金蔵に入った役人は鼻をつまむ。

「何だこれは⁉」

 役人は壁に血で書かれたダイニングメッセージを目にした。

「大変だ」

 役人たちが調べるとチェストに入っていた筈の軍資金は全て無くなっていた。それだけでなく、腐乱死体が一体、チェストの中から発見された。それが行方不明の衛兵だと判明するのにさらに時間を要した。


「何だとぉ⁉」

 侍従長から報告を受けた王様は激怒した。

「犯人は、あの召喚術師でありましょう」

 侍従長がボソッと言った。

「アイツか!」


 銀髪ダークエルフの召喚術師である少女は脱獄して行方不明になっており、巨額の懸賞金がかけられていた。その為、見た目が同じというだけで無関係な銀髪ダークエルフが相次いで賞金稼ぎたちによって根こそぎ捕らえられるという大きな冤罪事件に発展していた。この事件は隣国ズーウェン王国やエルフの国であるスウィミ王国を大いに刺激していた。それだけでなく、召喚失敗と脱獄事件の責任問題を巡って王様の怒りを買った若き魔導師団長は捕らえられて私財没収、家名断絶の上で、貴族たちの反対を押し切って一族諸共処刑されてしまった。


 そして今度は軍資金盗難事件と壁書事件が明るみに出ると衛兵殺しを放置していたとして、騎士団長をはじめとする関係者が一斉に捕縛されて投獄、処刑されてしまった。


「どいつもこいつも無能ばかりだなっ‼」


 王様の怒りは頂点に達していたが、逆に臣下や貴族、国民から王様への忠誠心はどん底になっていた。

「そもそも、陛下が勇者召喚などと言わなければよかったのに…」

 ラーフランド国内には王様や何もしない王族に対する不満が満ち始めていた。


 そして、ズーウェン王国とスウィミ王国がラーフランドに侵攻すると地方領主などから内通者が続出するようになっていた。要するに、シラけてしまったのだ。



 夏になると周辺国の軍隊は王都に迫りつつあった。嵐の夜。侍従長と宰相は遂に決断する。

「なあ、俺は、もう潮時だと思う。敵にこの美しき王都を略奪させる訳にはいかない」

「ああ。そうだな」

「俺は、宰相として決断する」

「そうか」

「協力してくれるか?」

「ああ。…私に任せてくれるか。策がある」

「どんなだ?」

「私がハインツに魔法で変装する。その隙をついて実行する」

「お前、魔法なんか使えるのか?」

 子供の頃からの付き合いがある宰相は驚く。

「実を言うと、私はハインツの実兄だ。双子だった為に子供がいなかったモーリッツ家に養子にとして出されたんだ」

「そうだったのか?」

 侍従長には双子の兄がおり、彼が実家の家督を継いだ。そこまではよかったが、彼はズーウェン王国との戦争で若くして戦死してしまう。しかし、跡継ぎがいないからと言って養子に出され、実子となって跡を継いでいた侍従長を呼び戻す訳にもいかなかった。そこで既に妻と死別していた父親は若い女と再婚してハインツが生まれたのだ。

「だが、お前はモーリッツ家の実子となっているぞ?」

「同時期に妊娠していたからな。だが、その子は死産してしまったし、当時の奥方もその時の出産がもとで死んでしまった。双子は忌避され実家とモーリッツ家は遠縁で交流もある。家の利害が一致したんだ」

「そうだったのか…」

 言われてみれば、宰相には思い当たる節が子供の頃からあった。

「この魔法は、魔杖なしで発動すると三分しか効力がない。それから着替えを用意する必要もある」

「分かった」


 王様は嵐の夜にもかかわらず一人で城内を見回っていた。最近は側近すら挙動が怪しい者がいるからだった。風雨と共に雷鳴も轟いている。王様は窓から外の様子を見ていた。

「全く凄い嵐だな」

 その時、稲光がある人物を照らした。

「んっ⁉貴様はハインツ⁉」

 王様はハッとする。しかし、それは幻影だった。

「死ね!」

 王様は背後から何者かによって背中を押され、窓の外に落ちてしまった。嵐が収まった翌朝、衛兵によって王様の死体が発見された。


 その夏。ラーフランドはズーウェン王国と交渉し、併合などを条件に降伏して戦争は終わった。

 

 ズーウェン王国軍が王都スターデンに入城する。心配していた略奪行為などは発生しなかった。宰相の手腕によるものである。後始末が一段落し秋が来る前にズーウェン王国の王様が来訪した。そして石造りの大きな街を大いに気に入った。それから土地が狭くなって発展に支障が出ていた今の王都からこの地を新たな王都にすると宣言をした。


 その名はストッケンホルム。


 ラーフランドの王族や冤罪事件に関与した賞金稼ぎ共はスウィミ王国に奴隷として送られた。宰相は功績が認められてストッケンホルムの初代市長に抜擢された。侍従長一家はネオスランドに招かれて移住した。



 件の召喚術師は、故郷のアルスランドに帰国したが、すぐに禁忌術行使の事実が露見し逃亡の身になっていた。



                                 完

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