少女は夜【どこに?】居た(後編)

 それからたったの二時間ほどで、全てのミッションは完遂された。

 いや、信一郎と翠蘭スイランが請けたのはなので、本番はこれからである。


「「「Happy Birthdayお誕生日おめでとう!!!」」」


 入ってきた自身を迎えるクラッカーと歓声に、桜塚青年が珍しく目を丸くした。


 実のところ、誕生日ということで半ば無理やり有休を取らされていたのだが、特段することも思いつかなかった彼は、信一郎に追い返された後はとりあえずトレーニングをして過ごしていた。


 そこを香織に呼び出され、指定されたのは信一郎宅。首を傾げつつ舞い戻ってドアを開けたらこの有様だった。


 広さも内装も屋敷職場の広間には遠く及ばないものの、まあホームパーティー程度なら何とかなる信一郎宅の奥の間に、屋敷のメイド等々の見知った顔が並んでいる。

 その中心に、香織がいた。


「桜塚さん、お誕生日おめでとうございます」


「お嬢様、これは……?」


「感謝の気持ちを伝えたくて。皆様にお力添えをいただきました」


「いや、ホント難易度の高い依頼だったよ。君相手のサプライズパーティー企画がここまで手こずる話になるとは思わなかった」


 香織の横から、信一郎が苦笑しながら口を挟んだ。

 さらにその横に並ぶ翠蘭スイランが、艶のある黒髪を揺らして何度もうなずく。


「全くです。警備会社と契約している屋敷の周辺を、夜中の二時まで見回ってるなどと思ってもいませんでした」


 まだ十代とは思えない程の立ち居振る舞いを見せつつ、凛々しい翠蘭メイドは「ストーカーですか貴方は」と毒もしれっと吐いて見せた。


 その毒には意にも介さず、別の意味で得心したように桜塚青年がうなずく。


「やはり翠蘭さん貴女でしたか」


 それから、改めて首を傾げた。


「では、あの写真は?」


「ああ、あれは合成とかじゃないよ」


 桜塚青年の疑問に、信一郎が答える。


「しかし、自分は詳しくはないですが、月下美人とは夜間にしか咲かない品種なのでは?」


「そうだね。明け方にはキッチリ枯れてしまう癖の強い花。だけど、確かに写真の花アレは月下美人だけどんだよ」


「違う?」


「うん。アレは月下美人と言ってね、亜種なんだ。園芸に詳しくないと知らないだろう? 見わけもつかないだろうけど、実は月下美人よりも小ぶりで、特徴は、たくさん花をつけることと、本家よりも芳香がかなり強いこと。何より、んだよ」


「昼まで?」


「そ。んだよね。元々は、庭師さんが香織ちゃんのために香り高い品種をって栽培していたんで、今回のアリバイトリックのために用意したんじゃないんだけど、まあ都合が良かったからさ」


 桜塚青年の口が極薄く開いたままになっている。

 珍しく驚いている様子に、信一郎は笑いをかみ殺した。


「前日の夜から昼まで咲いていた姫月下美人で、その昼に写真を撮っておく。昼を過ぎれば姫月下美人とはいえ枯れる。そうすれば、もし準備が遅れたりして夜に屋敷を抜け出すことになってもその日はアリバイを主張できる――って、そこまで念入りにする必要なんかないと思ってたのに、まさか使うことになるなんてねぇ。メイドの皆さんも庭師さんも『念のために』って協力的だったのは、君の徹底ぶりをよくよく承知していたからだったのか」


 ややからかい気味になってきた信一郎の声音に、桜塚青年の口元がかすかに歪む。


 あ。何か楽しいぞコレ。


 普段は見たこともない表情の変化で、信一郎がこらえ切れずにくくくっと笑いをこぼした。

 それから、共犯者一同へと振り返る。


「はい、皆さん大成功ぉー!!」


 おおーと盛り上がり所々ではハイタッチまで飛び出る様子に、桜塚青年が明確に苦笑、もとい照れ笑いする。


 その勢いのままで場が砕けていく中、信一郎が桜塚青年の肩をたたいた。


「君もから気苦労も絶えないだろうけれど、もう少し肩の力を抜いても大丈夫だと思うよ?」


 桜塚青年が、無言で目だけ向けてくる。


 幼少期に天涯孤独の憂き目にあい、手を差し伸べてくれた木ノ下夫妻恩人が不審な死を遂げ、少なからず穿った見方をすることが身についてしまった青年。


「……そう、でしょうか……?」


 つぶやく彼に、信一郎は目の前の光景を指し示す。


「きっと、大丈夫だよ」


 和やかな人々に囲まれる、香織の笑顔。


「……そう、ですね」


 そこには、信一郎が初めて見る、彼の笑顔があった。

 うっすらと、しかし、確かに。



(終わり)

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推理小説未満・番外編ノ弐【南ノsaṃkusumitarāja】 橘 永佳 @yohjp88

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