推理小説未満・番外編ノ弐【南ノsaṃkusumitarāja】
橘 永佳
少女は夜【どこに?】居た(前編)
神坂信一郎は三分以内にやらなければならないことがあった。
「覚えはありませんか?」
四角四面を体現した面立ちのまま、桜塚一弥青年が三度繰り返す。さらに、これを精悍を体現した彼がするのだから、何気に――いや、率直に言って結構な威圧感がある。
相対する
イタリア出身の祖父から受け継いだ深く艶のある茶髪も、若干たれ目がちな翠眼も、信一郎が無意識下でこよなく愛する無精にその
しかし、だからと言って白旗を挙げるわけにはいかないのだ。
予定の時間まではまだ
「だーかーらー、無いってば。そもそも、香織ちゃん昨夜は温室にいたんでしょ?」
「そのように言われました」
「月下美人が開花したから行ったって。温室の庭師さんも証言してるし、証拠の記念写真もあるんでしょ?」
「はい。こちらですね」
流れるように提示される桜塚青年のスマホ。そこには庭師からもらったであろう、香織と花が写った画像が表示されていた。
有名な、特徴的な白い花が小ぶりながらいくつか満開になっている。そこに、小学生ほどの、幼さが残る小柄な少女が寄り添うように収まっていた。
「お嬢様が好まれる香りなので、中でも芳香の強い品種を選んでいるそうです」
庭師曰く、という意味だろう。
盲目故に香りを愛でる少女のために。
「ほら、だったら間違いないでしょ。月下美人は夜明けには枯れるんだから、これ撮ったのは夜中で間違いない。だったら、昨日の夜、香織ちゃんは温室に居たんだよ。でしょ?」
残り二分三十秒。
態度の上では本音と建て前は入れ替わり済みで、口調にも露骨に出始めている。
しかし、信一郎固有の不審感のせいで、かえって
「……覚えは、ありませんか?」
桜塚青年の目が細くなる。
さらに増した
「だーかーらー、無いったら無いってば。君が夜更けに見た人影ってのは勘違いだよ」
「深夜2時手前に、子供を抱きかかえて屋敷へ忍び帰る、メイド風の人影です」
再三の繰り返しに頭を抱える、といった体でリアルに頭を抱える信一郎。
その内心は、直球で図星を指されて途方に暮れていた。
大手製薬企業社長令嬢の住む警備システム付きの屋敷に、子供を抱えて侵入できるメイドなんか、この界隈ではそりゃあ確かに
あの
残り時間二分を切った。
もう、とにかく押し切るしかない。
「ああもうっ、昨日の夜
約束は真っ赤なウソだが、その真偽は関係なく名前だけで十分な牽制効果がある。ヤクザの若頭との約束と言われれば、まあ一般人ならば怯むものだ。
さしもの桜塚青年も押し黙る。
残り時間、一分。
「……分かりました。お邪魔しました」
今一つ納得しかねる、という顔をしつつも軽く一礼して踵を返す桜塚青年。
自身が目にした光景を錯覚だとは思えないが、証言及び証拠がそろっているのも間違いはない、と判断したようだ。
彼の姿が扉の向こうへと消えるのを見届け、信一郎は即座にスマホを取り出して
これで間違いなく鉢合わせは回避できる。
そして、残り時間ゼロ。
大きく息を吐く信一郎。
ギリギリ、突発イベントクリアだ。
では改めて、進行中のミッションを詰めることとしよう。
(続く)
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