推理小説未満・番外編ノ弐【南ノsaṃkusumitarāja】

橘 永佳

少女は夜【どこに?】居た(前編)

 神坂信一郎は三分以内にやらなければならないことがあった。


「覚えはありませんか?」


 四角四面を体現した面立ちのまま、桜塚一弥青年が三度繰り返す。さらに、これを精悍を体現した彼がするのだから、何気に――いや、率直に言って結構な威圧感がある。


 相対する信一郎こちらは弱点属性で強襲されるようなもので、はなはだ居心地が悪い、を余裕で通り越して挙動不審になっていた。


 イタリア出身の祖父から受け継いだ深く艶のある茶髪も、若干たれ目がちな翠眼も、信一郎が無意識下でこよなく愛する無精にその美点良さ殲滅フルボッコにされているため、客観的に見てただただ『胡散臭い人物』でしかなく、不審者感にガッツリ底上げバフがかかっている。


 しかし、だからと言って白旗を挙げるわけにはいかないのだ。

 予定の時間まではまだ十分10分あるが、この玄関から出てから通路を抜けて表通りに出るまで、つまり帰ってくる翠蘭スイランようにするためには七分は余裕を見なければなるまい。


 翠欄メイドが連れてくるはずの木ノ下香織彼の主の少女と鉢合わせてしまったら


「だーかーらー、無いってば。そもそも、香織ちゃん昨夜は温室にいたんでしょ?」


「そのように言われました」


「月下美人が開花したから行ったって。温室の庭師さんも証言してるし、証拠の記念写真もあるんでしょ?」


「はい。こちらですね」


 流れるように提示される桜塚青年のスマホ。そこには庭師からもらったであろう、香織と花が写った画像が表示されていた。


 有名な、特徴的な白い花が小ぶりながらいくつか満開になっている。そこに、小学生ほどの、幼さが残る小柄な少女が寄り添うように収まっていた。


「お嬢様が好まれる香りなので、中でも芳香の強い品種を選んでいるそうです」


庭師曰く、という意味だろう。

盲目故に香りを愛でる少女のために。


「ほら、だったら間違いないでしょ。月下美人は夜明けには枯れるんだから、これ撮ったのは夜中で間違いない。だったら、昨日の夜、香織ちゃんは温室に居たんだよ。でしょ?」


 残り二分三十秒。

 もうとっとと帰ってくれないかな?謹んでお引き取りをお願い申し上げたい。


 態度の上では本音と建て前は入れ替わり済みで、口調にも露骨に出始めている。

 しかし、信一郎固有の不審感のせいで、かえって桜塚青年相手からの疑惑を深めてしまうと言う悪循環に陥っていた。


「……覚えは、ありませんか?」


 桜塚青年の目が細くなる。

 さらに増した桜塚青年年下の威圧に、信一郎年上の目がシンクロナイズドスイミングばりに泳ぎまくる。


「だーかーらー、無いったら無いってば。君が夜更けに見た人影ってのは勘違いだよ」


「深夜2時手前に、子供を抱きかかえて屋敷への人影です」


 再三の繰り返しに頭を抱える、といった体でリアルに頭を抱える信一郎。

 その内心は、直球で図星を指されて途方に暮れていた。


 大手製薬企業社長令嬢の住む警備システム付きの屋敷に、子供を抱えて侵入できるメイドなんか、この界隈ではそりゃあ確かに翠蘭スイランしかいないよなぁ。


 翠蘭スイランが素人に目撃を許す、それ自体は彼女がお天道様の下に元の世界から馴染んで抜けてきた証拠だと思えば感慨深いものがあるのだが、こと今回に限っては単なる凡ミスに他ならない。


 残り時間二分を切った。

 もう、とにかく押し切るしかない。


「ああもうっ、昨日の夜翠蘭スイランはうちに居たし、香織ちゃんは温室で月下美人を愛でてたし、庭師さんも証言してるし証拠写真もあるし、どこにもおかしいとこ無いでしょ!? 君の勘違いだってば! 僕も森口組の龍田くんと約束があるんだよ、もういいかなあっ!?」


 約束は真っ赤なウソだが、その真偽は関係なく名前だけで十分な牽制効果がある。ヤクザの若頭との約束と言われれば、まあ一般人ならば怯むものだ。

 さしもの桜塚青年も押し黙る。


 残り時間、一分。


「……分かりました。お邪魔しました」


 今一つ納得しかねる、という顔をしつつも軽く一礼して踵を返す桜塚青年。

 自身が目にした光景を錯覚だとは思えないが、証言及び証拠がそろっているのも間違いはない、と判断したようだ。


 彼の姿が扉の向こうへと消えるのを見届け、信一郎は即座にスマホを取り出して翠蘭スイランへメッセージを送信。これまた即座に既読がつく。


 これで間違いなく鉢合わせは回避できる。

 そして、残り時間ゼロ。

 大きく息を吐く信一郎。


 ギリギリ、突発イベントクリアだ。

 では改めて、進行中のミッションを詰めることとしよう。



(続く)

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