とある大地下帝国の建国史

牧瀬実那

新学童向け歴史教本 第一章

 女王には三分以内にやらなければならないことがあった。

「陛下、地面が揺れてるよ!」

「遠くからすごい音が聞こえる! こわい!」

 幼い子供たちが悲鳴を上げ、パニックになりそうなのを、夫と上のきょうだいたちが宥めている。

 大丈夫だよ、と言うきょうだいたちもまた、時折不安そうな目を女王に向けた。

 女王は地面に転がる死体たちに目を遣る。

 コウノトリ目コウノトリ科Leptoptilos属アフリカハゲコウ。

 屍肉を漁り、時に我が子を攫い、或いは人間の下で暮らすこともある彼らは、今や一様に傷だらけであり、群れの多くが地に落ちて死んだ。

 地に落ちた後もわずかに息があった数羽は、およそ吐息に等しい声で口々にこう遺した。

 曰く。

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが来る」

「人間の暮らす街は全て破壊された」

「カバでさえ歯が立たなかった」

「ゾウもダメだった」

「ライオンは逃げた」

 女王は恐怖に震えた。

 ライオンはともかく、あのとても大きくて硬く、時にライオンをも踏みつぶすこともある長鼻目ゾウ科Loxodonta属種アフリカゾウが勝てなかった。

 その巨体でありながら時速三十kmを走ることができ、巨大な口に生えた歯と強力な顎は岩をもかみ砕き年間三千もの人間を噛み殺すという鯨偶蹄目カバ科Hippopotamus属カバも勝てなかった、バッファロー……否、偶蹄目ウシ科ウシ亜科Syncerus Hodgson属アフリカスイギュウの群れ。

 そのような群れにぶち当たれば女王とその家族は骨も肉も残さずに死ぬだろう。

 実際ここまでなんとか難を逃れてやってきたコウノトリ目コウノトリ科Leptoptilos属アフリカハゲコウたちは、もはや鳥であると疑わしいほどに体中の羽根を失っていた。

 大地の揺れ、地を蹴る轟音から察するに、女王に残された時間は約三分。

 リスクを考える時間など取れるはずもなく。

 

 決断するしか、なかった。


「総員、巣に戻り地を全力で掘り進めよ! 上階は全て放棄する! 土を外に出すことは考えず、下に向かって掘れ!」

 一切の揺らぎが無い凛然とした一喝。

 その変わらぬ声に、動揺していた群れはピタリと震えるのを止め、即座に全員がひとつの穴を掘り進める。

「掘り進め!」

「女王陛下に従え!」

「我らは群れの為に!」

「群れは女王陛下の為に!」

 一糸乱れぬその動きは鍛え上げられた軍隊を遥かに上回る統率で、これまで見たことが無い速度で穴を掘った。

 偶蹄目ウシ科ウシ亜科Syncerus Hodgson属アフリカスイギュウたちが巣の上を走り、強震に巣が崩壊しようとも、群れのいくらかが生き埋めになろうとも、意に介さず、ただひたすらに、掘る。

 彼らは掘って掘って、掘り続け。


 三百年の時が流れた。

 地上から何十、何百kmと掘り進めた女王たちの子孫は、今や地下世界を支配する帝国とその民として隆盛を極めていた。

 地上の様子はとうにわからなくなっており、今の世代には太陽の光を見たことがあるものなどひとりとしていなかった。けれど、特に問題はなかった。

 彼らはミミズを飼いならし、モグラを攻め植物の種を奪い、地下世界で農作をした。

 当代の女王を崇拝し、従属し、生を謳歌した。

 また、更に下へと掘り進める公共事業は未だに継続している。

 三百年前にはじまりの女王が下した命は、彼女の命が尽きても子孫の命題として、帝国の永久なる目的として連綿と継がれ続けるだろう。


 彼ら……齧歯目デバネズミ科ハダカデバネズミ亜科Heterocephalus属ハダカデバネズミの地下帝国に栄光あれ。

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