電車に乗っていただけなのにデスゲームに巻き込まれました

無雲律人

電車に乗っていただけなのにデスゲームに巻き込まれました

 榊秀明には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは、複雑怪奇なトラップと爆弾が仕掛けられた部屋から出る事だった。


 何故彼はこんな所にいるのだろうか。


 榊はその日の朝、普段通り八時に家を出て職場へと向かっていた。電車に乗っていると、目出し帽をした黒づくめの集団が途中駅から乗り込んできた。そして、その車両に乗っていた五十名がこの場所に連れてこられたのだ。


 榊以外の四十九名は、トラップに引っ掛かって死んでいった。榊は彼らが失敗する様を眺めていたのだが、その間にも爆弾のタイマーは着実に時を縮めて行って、残り時間は三分となっていた。


 まず彼が抜けなければならないのは、レーザーが複雑に絡み合う空間からの脱出だった。長さは二メートルもないくらいだが、よほど気を付けないとすぐにレーザーに引っ掛かってしまう。レーザーに引っ掛かると床が抜けて、底が見えない穴に落ちる仕組みだった。榊以外の四十九名の内、五名はこのトラップを通過していた。残り四十四名は、穴の中に落ちて行ってどこにいるのか生きているのかすら分からなかった。


 榊は恐る恐るレーザーが張り巡らされた空間に歩を進める。


 まず床から一メートルほどの所に横に張ってあるレーザーをくぐる。しかし、その先六十センチ先には×印のようなレーザーがすぐに見えているので、端っこの方から入りレーザーをくぐった。


 残りは二分四十秒だ。


 ×印のようなレーザーは、端っこの辺りに大きな空間が出来ている。失敗した大多数はこの×印レーザーに引っ掛かって命を落とした。


 ×印の先には、床から三十センチの所と一メートル二十センチの辺りにレーザーが張ってあった。先ほどの×印との間隔は五十センチと言った所だ。


 榊はお尻でレーザーに触れないように身をよじってレーザーをかわしていた。


 彼は幸いにも身体が柔らかかった。学生時代に体操競技に精を出していた賜物だろう。大学を卒業して十年経った今でも、日々のストレッチは忘れない。その事が功を奏した。


 最後の二重レーザーに触れないように、レーザーとレーザーの間をくぐっていく。頭が付いては大変だ。まず頭を外側に出して、恐る恐る足を出した。


 榊はレーザーゾーンを脱出した。残りは一分三十秒だ。


 二つ目であり最後のトラップは、幅二メートル五十センチくらいであろう空間の幅跳びだった。下には無数の槍が仕掛けられた穴が開けられていて、落ちれば槍に突き刺さって死ぬことになる。


 榊より先にレーザー空間を脱出した五名も槍に刺さって死んでいた。この状態から察するに、レーザー空間の底が見えない穴に落とされた四十四名も生存しているとは考えにくかった。


 榊は、体育学部にいた時のデータを思い出していた。立ち幅跳びの全年齢平均データだ。


 自分の年代でも、記録のピークの年代でも、平均は二メートル五十センチには満たない。


 しかし、榊は体育学部で体操競技をみっちりとやっていた人間だ。


「俺なら出来る。きっと出来る!」


 榊は深呼吸をして、全ての意識を足と全身にみなぎらせて跳んだ。


 対岸の端っこに足が着いた。が、一瞬バランスを崩しそうになる。


「うわぁっ!! ああっ!!」


 とっさに体重を前に掛けて、何とか対岸に跳び乗る事が出来た。


 残りは三十秒だ。


 目の前にある扉を勢いよく開ける。


「よし! これで生き残ったぞ!」


 扉を出ると、すぐに海が見えた。そして、自分が立っているのは黒い倉庫の様な建物かたわらの幅五メートルほどの崖だった。


「まずい! 爆弾が爆発する!」


 榊は扉を勢いよく閉めて耳を塞いだ。


──ドコォォォン!!


 建物の中で大きな爆発音がする。すると、屋根の辺りから煙と炎が見えた。


「助かったんだ……俺……」


 榊は一瞬安堵した。そう、一瞬である。


「こんな崖っぷちに放り出されて、俺はどうすればいいんだ?」


 目の前は高さ二十メートルほどの崖だ。下は海だ。数キロ先に対岸のような土地が見えている。


「ここから飛び降りて……海を泳いで渡れって言うのか……?」


 榊は途方に暮れた。


「それにしても、何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ?」


 榊も他の人間たちも、朝の通勤電車に乗っていただけだった。そもそもあの目出し帽の黒づくめ集団は何だったのか。そして何故自分たちはこんな目に遭わされているのか。


 榊には涙を流す気力も無くなっていた。ただ、ここからどうすれば自分は生きて帰れるのかという事だけを考えていた──。



────了

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