お布団から出たくないけど予約は守らないといけないので助けてリニアモーターカー

ゴオルド

あきらめない心が奇跡を起こす

 ゴオルドには三分以内にやらなければならないことがあった。


 今、自宅のお布団の中から窓の外を見上げている。おしっこに行きたい気もするが、なんかもう漏らしてもいいかななんて夢うつつに思ったりしている。


 時刻は午前9時45分。かなりのお寝坊さんであるが、まだ寝たいのである。寝たいのであるが、本来であればあと三分以内に駅に到着し、JRの列車に乗らなければいけないのである。


 どうだろうか。

 ゴオルドは考える。

 もう間に合うわけがないのだが、ここはどうだろうか。どうにかならないだろうか。


 そもそもなぜ三分以内にJRの列車に乗らないといけないのかというと、三分後の列車に乗って、隣町の美容室に行かなければならないからである。

 その美容室は完全予約制で、ゴオルドは腕の良い美容師に予約を入れているのである。ほかの客を断って、時間を空けてくださっているのである。


 このままドタキャンなど、人の心が許さぬ。


 しかし、布団の中にいるのである。

 どうにかならないものだろうか。

 あえて布団の中でお漏らしをすることによって、布団を台無しにするという罰を自分に与え、それをもって美容師さんへの謝罪とするのはいかがだろうか。


 どうやって謝るかという方向に思考が傾いている自分に気づき、ゴオルドは「いけない!」とおのれを叱咤した。

 まだ間に合うかもしれないのである。頑張ればどうにかなるっちゃない? そんな気がしないでもないのである。



 重要なのはJRではない。美容室の予約時間に間に合えばいいのである。

 ゴオルドは掛け布団から腕だけ出して、スマホを操作した。「最速 乗り物」で検索。

 上海トランスラピッドと出た。これはリニアモーターカーのことである。最速の乗り物、リニアモーターカーなら、きっと美容室に間に合うはずだ。

 にやり、ゴオルドは笑う。

 ゴオルドはリニアモーターカー召喚の術が使えた。

 世間ではあまり知られていないが、リニアモーターカーは人に懐く。ゴオルドはリニアを手懐けるのがうまかった。

 そのかわり、ゴオルドはリヤカーとはえっらい相性が悪い。毎日顔をあわせる相棒であるのに、リヤカーはゴオルドの言うことを聞かない。

 ゴオルドは毎晩ビスケットといちじくジャムを路上販売している。手づくりのそれらをリヤカーに乗せて街まで売りにいくのだ。冷える夜などにはホットコーヒーや甘酒を1杯200円で売ったりもする。そんなゴオルドをリヤカーは完全に見下していた。だってビスケットはなんだか生焼けっぽいし、珈琲も甘酒も生乾きの洗濯物みたいな臭いがするのだ。いちじくジャムだけはまともだが、さほど売れもしない。そんなしょうもないものを自分に乗せてほしくなかった。誇らしいものを背中にたくさん乗せる仕事がしたかった。リヤカーのうちに秘めた軽蔑は言葉にせずともゴオルドには伝わっており、なんかこいつ感じ悪いなという印象を与えているのであった。

 リヤカーとは毎日陰湿な嫌味を言い合うなどしているゴオルドだったが、その一方でリニアモーターカーとは滅多に会わなかった。たまにLINEで話すが、直接会うのは年に一度あるかないかというところだ。それが良い付き合いができる距離ってやつなのかもしれなかった。


 ゴオルドは布団の上に立ち上がり、リニアモーターカーを召喚した。カモンカモン、リニアと叫びながら踊った。

 室内にネギがにゅくにゅくと生えてきて、室内にはあっという間にネギ坊主が咲き乱れた。

 ふわさ、と、ネギ坊主を優しくかき分けて、リニアモーターカーがあらわれた。

「何か用事?」

「うん、今朝は美容室を予約しているのだけれど、JRじゃ時間に間に合わないんだ。送ってほしい」

「そういうことなら、さあ、お乗り」

 リニアモーターカーが背を向けて、おんぶ待ちの姿勢になった。けっ、と部屋の隅にうずくまっていたリヤカーが痰を吐いた。

「何がリニアだよ、気取っちゃってさ」

 中腰のままリニアモーターカーが眉をひそめた。

「わあ、何あれ、育ちが悪いリヤカーだ。お里が知れるね」

「我が家生まれの、我が家育ちなんだ、あのリヤカー」

「あ……、なんか……ごめん」

「いいよいいよ、本当のことだもん。きっと私の教育が悪かったんだ。だから部屋で痰を吐くような子になっちゃった」

 ゴオルドはネギをちぎっている。美容師へのお土産にする気なのだ。リヤカー周辺のネギは痰がかかっているかもしれないので避けた。リヤカーはそれも気にくわない。

「ネギなんか、ああもうネギなんかさあ。本当、美容室に持っていくようなもんじゃない。手土産ってのは、もっと気の利いたものにすべきなのにさあ」

 ゴオルドは聞こえないふりでネギを花束のようにひとまとめにすると、リニアモーターカーに乗り込んだ。

「それじゃ、美容室までお願いするよ」

「まかせて。さあ出発だ!」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのようにリニアモーターカーは発進した。自宅の壁を破り、信号機をなぎ倒し、建物を瓦礫に変え、おじいちゃんと散歩中の犬はうまいこと避けて、鼓膜が痺れるほどの轟音をとどろかせて美容室まで一直線に進んだ。


 美容室に到着すると、美容師たちが店から出てきた。店から真っすぐ伸びる、何もない帯状の荒野に呆然としている。あたりにはこまかな塵が舞い、ほこりっぽい匂いが充満した。

 リニアモーターカーから降りたゴオルドは、美容師の一人にネギの花束を手渡した。美容師は香りを嗅いでアメージングと呟いた。

「10時半に予約していたゴオルドです」

「あっ、はい、お待ちしておりました。シャンプー台のほうへどうぞ」


 間に合った。頑張ってみるものである。


<おしまーい>

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お布団から出たくないけど予約は守らないといけないので助けてリニアモーターカー ゴオルド @hasupalen

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