☆KAC20241☆ 紅茶の入れ方

彩霞

素早く、おいしい紅茶をあなたに。

 ユリアには三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは「ボスであるジェンヌのために紅茶を入れる」こと。

 十五時の休憩きゅうけい時間に、毎日必ず用意しているのだが、今日はユリアの仕事が忙しくて、準備をし始めるのが三分前になってしまったのである。


 もちろん、遅くなった理由をジェンヌに話せばちゃんとわかってくれるが、ユリアは時間に忠実にきっちりと働く性格なので、間に合わないと自分をめてしまう。

 それなら、誰かが手伝えばいいと思うが、彼女の場合そうもいかない。人が手を出せば、今度は「迷惑をかけてしまった」ことがストレスになってしまうのだ。


 ゆえに、彼女は人と働くのが難しい。

 何度も転職をしてきて、ジェンヌのところへ来てようやく落ち着いた。これまで半年以上続けられたことがなかったという彼女が、もう五年もここににいるのだから、仕事の内容もそうだが、何よりジェンヌとの相性がいいのだろう。


 ユリアにとってジェンヌは、年の離れたお姉さんのような存在。だからこそ、十五時のからの十分休憩に、ユリアが毎日紅茶を入れるのは、ジェンヌに一息ついてもらいたいという意味も込めて、大切な仕事の一つなのである。


 そして同僚の私は、父親のような立場でユリアのことを見ており、今日に限っては給湯室の傍でそっと様子を見守った。「十五時までに準備せねば」とバタバタしてはいるものの、ユリアが自分自身に「落ち着け、落ち着け、いつも通り」と言い聞かせているところを見ると、気持ちを上手くコントロールできているのだろう。

 

 彼女が入社した当初は、行動が心配になることもしばしばだったが、最近はそれほど心配する必要もなくなった。

 そのため、こんな風にユリアの様子を見るのは久しぶりである。


 ユリアの紅茶は、ほとんど時間がかからないのにとてもおいしい。そこには、ちょっとした工夫があるのだ。


 まずはティーカップに湯をそそぎ、さっとカップを温める。

 温まったら湯を捨て、改めて沸騰ふっとうしたお湯をそそぐと、ティーバッグをカップにそっと入れる。このとき、カップのふちから入れるようにするのがコツだ。


 それからソーサーを用いて、カップにふたをする。こうすることで、香りをカップの中にとどめておくことができるのだ。


 この後、一分ほどらすため、ユリアはいつも使っている一分用の砂時計をひっくり返す。その間に、今日のおやつであるプレーンスコーンを皿にせて準備した。


 一分ったら、カップに載せていたソーサーをはずし、ティーバッグを数回そっとらす。こうすることで、上部の薄い部分と下部の濃い部分が混ざり合い、丁度良い加減となるのだ。


 ユリアは三人分の紅茶と、皿に載せたスコーン、そしてジャムやクロテッドクリームの入ったびんをトレイに載せると、休憩室へ持って行く。

 時間はちょうど十五時。どうやら無事に間に合ったようだ。一安心である。


「紅茶を三分で入れる」というのは、現代人にとっては当たり前のことかもしれない。沸騰したお湯は電気ポットで用意でき、それにティーバッグさえあればあっという間においしい紅茶を入れられるのは、多くの人が知っていることだ。


 中には「ティーバッグじゃダメなんだ」という人もいるだろうが、早さを求めたら右に出るものはない。


 その「ティーバッグ」だが、登場したのは二十世紀初頭のこと。


 ニューヨークの茶の卸商おろししょうだったトーマス・サリバンが、茶葉の見本を絹の袋に入れて出していたのだが、もらった客がそのまま湯にひたすのだと勘違いしたらしい。そこから、湯を沸かしたティーポットに入れるやり方が広がったという。


 のちに、袋の素材は絹から綿に変わり、現在は紙や生物分解できる素材を用いているところもある。


 そして今では多くの人がティーバッグに入った紅茶を買い、スピーディながらも紅茶の優雅なひとときを、我がボスをはじめ楽しんでいる。


 ただこの話には諸説あって、1901年にロバート・ローソンとメアリー・マクラーレンが、綿めんの袋に入れて茶を出す方法を編み出し、特許を取得しているという話もある。ただ、ロバート・ローソンらのほうは、そういうものを作ってもすぐには広まらなかったとも聞く。とはいえ、どちらが正しいのか、はっきりとしたことは分かっていない。


「リドリーさん、どこにいるのですか?」


 私を呼ぶユリアの声が聞こえてきたので、返事をした。


「ここです」

「一緒に飲みましょう。おやつはプレーンスコーンです」


 今度はジェンヌがそう言ったので、私は頬をゆるませながら応える。


「それは楽しみですね」


 二人に呼ばれたので、この辺で。

 皆さんも、忙しいときこそティーバッグで手軽に紅茶を入れて、一息入れてみてはどうだろうか。


(完)

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