バレンタイン奇譚
おじさんさん
⛄️
聖バレンタインデー。
愛の誓いをする日。決してお菓子メーカーの戦略ではないと思いたい。
そんなバレンタインデーにまつわる不思議なお話。
北の大地、札幌雪まつり。
世界中から観光客が集まる冬季最大のイベント。
それも昨日で終わり、観光客を楽しませていた雪像は雪まつりの終焉と同時に安全対策の為、取り壊し作業が始まっていて会場であった大通り公園がいつもの風景に戻りつつあった。
雪像がひとつ、昨晩から降ってきた雪の中に立っていた。
しばらくすると雪像が動き出し中から人が現れた。
「ぷわ〜凍えて死んでしまうわ!」
座間九遠(ざまくおん)が雪を振り払いながら出てきた。いつからそこに立っていたのか。
「今日も雪か、ずっと降っていたンだな」
誰かと待ち合わせでもしていたのか、くおんは昨日の夜からそこにいた様だった。
隣にある雪像に気づく。
「あれ?この雪像、昨日はあったかな?」
雪像が動き出し中から高校生ぐらいか?少女が現れた。
「うーん」
背伸びをしながらくおんと目があう。
「おはよー」
「おはようございます」
くおんは奇妙な感覚を覚えながらも少女に挨拶をかえした。自分と同じようにこの少女も一晩中そこに立っていたのだろうか?
「ねえ、あなた名前は?」
「座間九遠」
「くおんっていうのね」
唐突に名前を聞かれて反射的に答える。くおん。
「ねえ、くおん、私に思い出でを作らせてくれない」
「はい?」
「思い出よ!お・も・い・で!」
くおんは雪の中から現れた少女の言葉を理解しかねていた。
「うーん、思い出というと」
「男と女の一夜の思い出よ!」
ますますわからない。
「一回落ち着こうか」
「落ち着いていられないの!私には時間がないの!」
「時間?」
「そう時間!」
そう言うと少女はくおんの腕を引っ張ってその場を離れた。
くおんの腕を引っ張って歩いていた少女の腕がくおんのヒジに絡みついていた。
「あたたかい」
女の子と腕を組んで歩いたことなどしばらくなかったくおんは戸惑い、少女の言葉には気がつかなかった。
「ところで君の名前は?どうしてあそこにいたンだい?」
今度はくおんが質問する番になった。
「私はあづさ、今年の春に高校生になります!」
自分より年下なんだとくおんは思った。
「で、あづささんはどうしてあそこにいたンだい」
「バレンタインのチョコを渡すつもりでも歩いていたの」
そうあづさが答えた。それならなぜ相手に渡さずにここに朝までいたのだろう?肝心のチョコは見当たらない。
「?」
「くおんが初めてよ、私に気づいてくれたのは」
「君に付き合うほど暇じゃないンだけどね」
「何を言っているのよ、昨日からずっと来ない人を待っているんじゃないの、充分にひまだわ」
痛いところをついてくる。確かに昨日のバレンタインデーで人生初のデートになるはずだったのに、見事に約束を反故にされたのだった。
「まず、ごはんでも食べに行かないかい」
少しでもこの状況を理解する為にくおんはあづさをほっとく訳にもいかないので、ごはんでも食べながら落ち着いて考えようとした。
「ごはんはいらないわ」
くおんの考えを見透かしたかのようにあづさは答えた。
「ごはんはいらないけど、あれが食べたい」
あづさが指を差した先には。
「石焼き〜いも〜おいも!」
大通り公園のベンチに座って焼き芋を食べている。くおんとあづさ。
「おいしい〜」
しばらく食事をしていなかったかの様に笑顔で食べている。あづさ。
「おいしいのはいいンだけど、焼きイモでよかったのかい」
「いいよ」
あづさはそう言うとくおんに寄りかかる。
「あたたかい」
その言葉が2回目という事をくおんは気がつかなかった。
あづさが寄りかかっていたくおんから飛び跳ねる。
「さあ、行くわよ」
「どこに?」
「決まっているじゃない、思い出を作りによ!」
ホテルの前に立っている。あづさとくおん。
「さあ〜いざ行かん」
くおんを引っ張るあづさ。
「ちょっと待った!」
「なによ、ここまで来て女の子に恥をかかせるつもり」
「いや、どこからか怖いお兄さん方が出てくると思って.....」
くおんが警戒するのも無理はない。いきなり目の前に女の子が現れてホテルに誘うのだから、美人局か、新たな宗教団体の勧誘かと考えてもおかしくはなかった。
「そんな人たちなんていないわよ」
尻込みをするくおんを強引に連れ込むあづさ。
シャワーの音が聞こえている。ホテルの一室。
「なんでこんな事に」
くおんはベットに腰掛けながら高校生くらいの男女が昼日中からホテルに入るのを不審に思われて断られてもしかしたら補導されるのではと考えていたのに意外とすんなり入れた事を不思議に思っていた。
そんな事よりデートの約束を反故にされて今頃はとぼとぼと帰っているはずの自分がホテルにいる現実に戸惑っていた。
「ふわー生き返るわ〜」
シャワー室からバスタオルを巻いたあづさがくおんの横にちょこんと座る。
「あたたかい」
ときおり見せるあづさの仕草にはどんな意味があるのだろうか?
「ねえ、人が死ぬってどういう時だかわかる」
唐突にあづさから【死】と言う言葉を聞いて真意をわからないでいるくおん。
「えっ、お葬式が終わった時とか?」
「生きようとしているのに、まわりがあきらめて記憶まで忘れようとした時よ」
くおんの顔を見ながら今までにない表情のあづさ。
「私はみんなに忘れられたから、死んだ人なの!」
布団に潜り込むあづさ。
シャワー室から戻ってくるくおん。ベットで寝ているあづさ。その愛らしい寝顔を見ている。
一夜の思い出とあづさは言っていたけど、あまりにも少女は幼すぎた。
「据え膳食わぬは男の恥、と言うけどくおんの恥じゃなければいいか」
軽くあづさの頭を撫でるくおん。
あれから何時間たったのだろうか。目覚めたらあづさの姿がなかった。
「あれ?トイレかな」
結局あづさの姿はどこにもいなかった。
「帰ったのか...」
ベットにはいつの間にかチョコレートが置いてあった。
帰り道、あづさと出会った大通り公園を通りかかった時、雪に覆われている看板を見つけるくおん。
またあづさがいると思い雪を払うとそこには...
【目撃者を探しています。昨年、2月14日夕方ひき逃げ事故がありました】
「あづさ」
写真はあづさだった。
(あたたかい)
その時くおんはなぜあづさが他人がいるところに行きたくなかったのか理解した。最初から自分一人だけだったのだ。
「あづさ、オレは忘れないよ」
涙が流れる。
あづさの愛らしい笑顔と声がくおんの心を満たす。
「くおん!」
不意に声をかけられ振り向く、くおん。
! ! !
あづさが立っている。
「あづさ?幽霊?」
くおんが驚いている最中あづさが冷静に説明を始める。
「おばけじゃないわよ。言ったでしょ、忘れられたら死んでしまうって、くおんが忘れないって言ってくれたから...わたし....」
事故にあったあづさは意識が戻らないまま病院に入院していたのだろう。
「病室で生き返りました!」
信じがたい事だが現実にあづさはそこにいる。
あづさを抱きしめくおん。
(あたたかい)
2人の肩にあたたかい雪が降り積もる。
〜 お わ り 〜
バレンタイン奇譚 おじさんさん @femc56
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます