私の家

甘味不足の唐辛子

第1夜 洋室

私の部屋は洋室だ。


築35年。平屋で木造。畳ばかりの家だが私の部屋だけは洋室だ。真っ赤なカーペットに所々剥がれた壁紙、花柄のカーテン。仏間の隣の、西側に窓があるせいで夕日が強い。そんな部屋。


***


小学生の頃は上の妹との"子ども部屋"だった。

6畳のその部屋には2人分の勉強机と箪笥、2段ベッド、本棚、そしてビデオデッキが内臓されているブラウン管テレビがあった。2人の荷物と好きなアニメや某電子の歌姫のグッズ等もあり部屋は常に散らり放題。

部屋の壁紙は黄ばんで所々剥がれ、古くなった真っ赤なカーペットは何となくペタペタする気がする。いくら掃除機をかけてもすぐに埃がつくし埃はなかなか取れない。そして黒い焦げが点々とあった。この子ども部屋だが、私が生まれるまでは父の部屋だったようで、父はこの部屋で煙草を吸っていたらしい。そう、このカーペットの焦げは父が煙草の灰を落として焦がしたものだ。壁紙の黄ばみは経年劣化だけではなく煙草の影響もあったのだろう。


そんな部屋で6年間上の妹と過ごしていたのだが、下の妹が自分の部屋を欲しがるようになり中学生になった私も1人部屋が欲しくなった。そこで私は亡くなった曾祖母の部屋に移動し、代わりに下の妹がこの部屋に入った。この子ども部屋は2人の妹の部屋になった。曾祖母の部屋についてはまた後日話そうと思う。


***


大学を卒業し家に戻ると、子ども部屋は物置になり、数年前まで私の部屋だった場所は下の妹の部屋になっていた。私は大学進学で家を出る際に荷物を全部持って進学先に行ったため部屋はしばらく物置になっていたのだが、そこに妹が入ったのだ。


ひとりで洋室に居たくなくて亡くなったばっちゃの部屋を使っている。


妹はそんな感じの事を言っていた。


私の部屋…もとい亡くなった曾祖母の部屋は北側にある4畳半の小さい部屋だ。吊り押入れと動かせない桐箪笥があるため、空いているスペースにベッドを置くとそれ以上何も置けない。日当たりも悪く一日中暗い。それに対して洋室は6畳。西日は強いが日当たり良好だし1人で使うにしても洋室の方が広い。なのに何故妹は曾祖母の部屋を選んだのか。


空いている部屋が洋室しかないため元子ども部屋が私の部屋になった。小さい頃に壁に描いて叱られた時の絵や剥がれた壁紙、カーテンレールにカーテン、2段ベッド。小学生の頃から変わらない。机は1人分なくなったし映らなくなったブラウン管テレビも処分した。さらに廊下に箪笥を出したおかげで小学生の頃よりもスペースがある。それでも狭く感じるのは私が大きくなったからだろう。私は懐かしさを感じながら数日かけて部屋を整えていった。


***


部屋を作り終えて数日後。

その日私は日付けが変わっても寝ずにベッドの上で携帯をいじっていた。ネットが普及しているこの時代、どこにいても平等に情報を得る事ができる。とても便利な時代だ。YouTubeで好きなアーティストの新曲を聴いていたその時、



コン コン



頭の上から壁をノックするような音がした。

急な異音に心臓が飛び跳ねた。一度音楽を止め音を確認するも同じ音は聞こえて来ない。ドクンドクンと自分の心臓の音がうるさい。木が軋む音か何かだろうと自分に言い聞かせながら布団に包まりその日は眠りについた。


次の日の夜。

昨日の事はすっかり忘れていた私はまた夜更かしをしていた。日付けが変わってもSNSを見たりYouTubeを見たりしていた。学生時代、居酒屋でバイトしていた私は日付が変わった後の終電で帰るのが普通で、実家に帰ってからもその時の体内時計のまま。なかなかすぐには変えられずにいた。次々更新される情報に夢中になっているとあの音が鳴った。


コン コン


ハッとし手に持っていたスマホで時間を確認する。0:47。耳元に心臓があるのではないかと思う程心臓がドクドク鳴る。昨日と同じ音だ。壁をノックするような音。


冷や汗と震えが止まらない。


だって、こっちは、


こっち側は、、。



私は恐怖に震えながらその日も布団をかぶって寝た。



その音は毎日決まって頭の上から0:47に聞こえる。


毎日 絶対 同じ 時間 。


頭の上から、毎日。


頭の上。


頭がある方角。




そのノック音は





仏間から聞こえてきているのだ。





この恐怖を抱えていられなくなり母と下の妹にこの事を話した。すると妹が部屋を変えた理由はこの音だった事が分かった。


下の妹も随分前からこの音に気が付いていたらしい。

夜中に仏間からノック音が聞こえてきた妹は"姉が自分を驚かすためにいたずらしてきた"と思ってコン コンとノックを返したらしい。すると


コココココココココココ


と連打するようなノック音が返ってきた。その時は「なんだよもう」と少し怒って寝たらしいが、翌日この事を話すと上の妹はおろか誰も仏間には行っておらずイタズラもしていないとの事。


またある日の夜中、どこからか楽しそうに話し声が聞こえた。はじめは誰かがテレビを見ているのだろうと思って気にしていなかったようだが、廊下に出ても誰かがテレビを見ているような雰囲気はない。耳を澄ませるとその談笑する声は仏間から聞こえてきた。

こんな時間になんで仏間にいるんだ。

そう思った妹は仏間に行った。しかし誰もいない。


じゃあ 今聞こえてきた話声はなんだったんだ。


そして怖くなった下の妹は曾祖母の部屋に移動した。

これが妹が部屋を変えた理由らしい。



そう言えば高校生の時に妹が「夜中に仏間から音がする」なんて話していたのを思い出した。あの時はナンカイッテンナーと流していたがこれの事だったのか。私が曾祖母の部屋を使っている時からそんな事があったのか。

私が洋室を使っている時は気付かなかった。いや、日付けが変わるまで夜更かしをするなんて事がなかったから気付かなかっただけかもしれないが…。

あの時しっかり妹の話を聞いてあげればよかったと反省している。


それからは夜遅くまで起きている時は''その時間"だけ居間に避難するようになった。音を聞かなければ怖さは減るから単純に逃げたのだ。

部屋に戻る時「今日はいつもと違うタイミングだとどうしよう」と考えたりもするが幸いにも別の時間に鳴った事はない。



この家での恐怖体験は今にはじまった事ではない。慣れるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の家 甘味不足の唐辛子 @miya_hk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ