第一話 A美 (3)
あたしにしては珍しく自然と目が覚めた。
今の時間がアラームが鳴るより前って感覚でわかる。
閉められたカーテンが登りかけの朝日によって淡く光ってる。それがなんだか心地良い。こういう日のあたしは気分がいいの。だって、いつもうるさく起こしてくるアラームと眩しい太陽より早く起きてやったぜってなるから。
いつもよりふかふかのベットの中、いつもよりフカフカの布団に潜りながら、天井を無為に眺める。徐々に鮮明になっていく頭で、ここが自室でないことをぼんやり理解し始めた。
「…あたし……ここは?……あ!そうだ……あたし死んで…」
優しい木のぬくもりを感じられる壁と床、丁寧に洗濯し干されていただろうベットにホコリ一つないクローゼット。あたしが住んでた場所とだいぶ違う。ここは多分、昨日連れてこられたバーの二階にある部屋の一つだと思う。
そう昨夜のことを思い出した瞬間、ドアが勢いよく開いた。壮大なクラッシク音楽をラジカセから垂れ流しながら、ズカズカと部屋に入ってきた男がカーテンを思いっきり開く。
「う……」
あたしは二重の意味を込めてうめいた。
相変わらず眩しいぐらい整ったイケメン顔をひけらかす、そいつの行動をあたしは迷惑そうな顔で見た。
やつはそんなあたしの表情を見て満足そうに笑っている。
「お?起きてるね!どうだい?目覚ましとして君ピッタリのクラシック音楽を携え起こしに来たよ!それにしても見た目に反してお利口さんだー。俺はてっきり寝坊するもんだと思ってたよ」
「…その意味のない減らず口、うるさい行動、余計な装飾がついた言動の数々…。残念だわ。あれは夢じゃなかったのね」
「残念だったな!あれは夢じゃないんだぜ!」
勝ち誇った顔でこっちを見てくるウソツキにあたしはうんざりした顔を見せた。それを見て更に深くなる笑顔は不気味そのもの。
「………う」
無言で数分ウソツキの顔を見て吐き気がしてきたあたしは、そのまま布団をかぶって二度寝しようと画策した。
バサッと舞い上がる布団、おやすみと一応はき潰して目を閉じた。すると、ゴミはあたしから布団を剥いで更に勝ち誇った顔をしてくる。ニヤニヤ顔でねっちゃり口を開いた。
「寝かせないよ~ん新人ちゃーん!残念だったねーー!」
「あ゛ーーーーーー」
こいつと一緒だとイライラが止まらない。どれだけあたしの神経を削れば気が済むんだろ。嫌気が差す。だから、ムカついたから睨んでやった。
そしたら、ウソツキが急に神妙な顔つきになった。真剣な顔でホッとため息を吐いてる。次は何を企んでるかわからないから、警戒しとく。用心に越したことはないから。
ウソツキがゆっくり話し始めた。
「本当に良かった……これでも先輩だからさー新人ちゃんのこと心配してんだ~。平凡な日常から異常な体験をして塞ぎ込んでないかなってねー」
「え………」
優しい人が見せる柔和な笑顔であたしを見てくる。別人になったのかな?。急に態度が一変したウソツキを注意深く見ていたら、やつが続けた。
「でも大丈夫そうだ!。こんだけ元気ならやっていけると思うぜ!」
そう言って腰に手を当て明後日の方向を見るウソツキ。耳が真っ赤だし、その仕草は照れ隠しにしか見えない。
なんだ、なんだかんだ優しいところもアンじゃん。ちょっとあたしも照れちゃったんだけど。
よく考えてみれば、これから一緒に仕事をする人と仲が悪いなんて最悪よね。不器用だけど心配してくれていたのだと知ると何だか警戒してるのが馬鹿らしく感じてきた。
人に感謝するのは初めてだし、こいつにあたしの初めてを取られるのは癪だけど、それも良いかもしれない。
そう感じたあたしが感謝を伝えようと口を開いた瞬間。
「嘘でしたー!」
「は?!」
あたしはびっくりして目を丸くした。全部ウソだったらしい。
やつが振り返ってみせた顔がニヤニヤ顔に戻っていた。まだそれだけだったら我慢できる。でも、そこから更に変な踊りがプラスでついてきてる。最悪だ。あたしの人生始めての感謝の気持ちを返してほしい。
どうしても怒りが収まらなかったあたしは反射的に威嚇していた。
「…あ゛?」
「あれれ?どうしたのそんな怖い顔してー。忘れちゃったのかな?俺のな・ま・えー?ウソツキだにょーん!」
段々と踊りが激しくなるクソを涼しげに見つめて、あたしはベットの上で立ち上がった。そして、密かに構えてた拳から湯気が揺らめくほどの闘気を溜め込んでいく。
「あ…れれ?ちょっと待って!ちょっとまってくれ!ソレなんだよ!」
「あ゛?…何?」
バカが構えられた拳を指さして言った。
「さっきから殺気がダダ漏れのソレだ!やめてくれ!暴力はイケないぜ!暴力に頼れば罪が深くなる!つまり駄目ってことだ!生き様がくさるぜそりゃ」
「長々と喋って時間稼ぎのつもり?洒落も言えてずいぶん余裕があるのね…時間が経てば怒りが収まるとでも思ってんの?バカが!」
もう限界!。こいつと話してると頭の血管がいくつあっても足りないわ。
我慢の限界に達したあたしは、長く鋭く息を吐いて集中する。
狙いは一点。やつのドタマ。狙いは完璧。だから、拳を一気に油断してるやつのドタマに向けて放った。
「くたばれ」
「ぐフォべーーー!」
サビに入ったクラシック音楽の重厚な音色に合わせて、バカが回転しながら吹っ飛び壁にめり込んだ。衝撃でラジカセが停止し、気を失ったバカがガクッと肩を落としたタイミングで設定してないはずのアラームが鳴り始めた。
「…ふ…はー最悪」
アラームを止めて、ベットの上で胡座をかきながらため息を吐いた。
肺に入ってくる澄んだ冷たい空気と太陽の光は変わらずあたしを包みこんでいる。今はその事でさえ鬱陶しく思えて仕方なかった。
ほんと、人生で一番最悪な朝ね。でも、一つだけこのバカに感謝してることが有るの。気絶してるバカには聞こえないだろうけど言ってやった。
「人生で一番スッキリした朝だったわ……あんがと」
静寂に包まれた部屋の外から足音が慌ただしくなり始めた。
━━━━
「なんじゃこりゃー!」
あたしが着替えていると、割烹着を着た子供が騒音を聞きつけて部屋までやってきた。
開け放たれた扉から部屋の惨状を見て、真顔だった表情が一変して怒りに染まった。
「お前さん達何してくれとんじゃー!爺様から受け継いだ旅館に風穴開けるんじゃないよバカタレ!」
一喝されたあたし達は一度部屋から追い出されて、それからずっと説教を受けてる。
プリプリ怒っている女の子に対して、ウソツキは心底申し訳無さそうに誤っていた。
「小豆さんすいません!この新人ちゃんがやんちゃでー俺からもガツンと言っとくんで許してください!」
聞き捨てならないウソツキの虚言にあたしはびっくりした。こいつの名前に恥じないクズっぷりに関心さえ覚える。
このままあたしが悪いみたいになるのは嫌なので抵抗した。
「はー?100%あんたの起こし方が最悪だったからでしょ!あたしのせいにしないでよ」
「はー?1000%君が悪いだろ!俺は親切心で起こしに来ただけだ」
「はー?10000%あんたが悪いでしょ!」
「はー?100000%君だ!」
「うるさいうるさいガタガタ喚くんじゃなーい。ウソツキ!お前さんが1000000%悪いじゃろが!初めての後輩で興奮してはしゃぎまわる姿が目に浮かぶわ!反省するんじゃ!」
「1000000%て……痛い!」
飛び上がった女の子が振りかぶったハリセンがウソツキの脳天めがけて振り下ろされた。
スパーンと小気味よい音が響いた。その中心で罰をくだされ痛みにうずくまるバカ。
そんな、涙目でうずくまって痛みに耐えてるバカをほっといて、あたしはハリセンを持つ小豆さんと呼ばれた女の子をこっそり観察した。
その背丈はあたしのおヘソの場所に頭が有るぐらい小さくて、白いセミロングの髪を姫カットにしてる。クリクリとした大きな目にピコピコ動く三角形のフサフサの耳が頭頂部に付いてて可愛い。たぶん小豆さんを見た人は今にも抱きしめたい衝動に駆られると思う。可愛すぎてもはや恐ろしい。
どう見ても小学生よくて中学生にしか見えないぐらい若々しい肌で、背格好含めて子供にしか見えない。けど、雰囲気が子供じゃないと感じた。まるで、長い年月を生きて経験を積んだ歴戦のおばあちゃんみたい。すごい落ち着いてるし、何より威厳があった。
ハリセンを持ってる当の本人は、ウソツキを見てため息を吐きながら立っている。
あの妖精もそうだけど、小動物みたいな可愛い見た目とのギャップがすごい。いったいどんな人なんだろ?。昨日のバーの中に居なかったし初対面だと思う。
そう疑問に思ったあたしは、隣で同じく頭を抑えてる馬鹿を小突いて小声で聞いてみた。
「ちょっと、あの人誰なの?昨日居なかったよね?」
あたしの質問を聞いたバカはすごい驚いた表情をしてる。何?あたし何か変なことでも言った?。そんなに偉い人なら、やばい態度取っちゃったかも。少し不安になった。
バカは少し考える素振りを見せて真剣な表情を作り、口をあたしの耳元まで近づけてくる。小声で喋ればいいのにわざわざ近づいてくるの最悪なんだけど。そう思ったけど、目を瞑って我慢してバカの回答を待った。
すると、バカが口を開いた。
「はー新人ちゃんさーぁ。昨日寝てる時に説明したでしょーよ。この部屋は会社のものじゃなくて、ボスの知り合いである小豆さんが経営してる旅館の一室だって。あのバーもそう。旅館のバーだ。お金の無い俺達の部署は旅館の従業員として働く代わりに拠点を提供してもらってるって!。あんなに懇切丁寧に俺が説明してたのに新人ちゃんはさー!グースカグースカ、ピーヒャラピーヒャラ気持ちよさそうに寝てて嫌になっちゃうよ!まったく…誤って?」
「は?ちょっとまって。今情報を整理してるから……。うん。説明ありがとう。言いたいことはいくつか有るわ。女の部屋に勝手に入るなとか、そんな説明は聞いてないとか。ええそうねお前にも事情が色々と有るものね。でも、とりあえず殴るわ!」
「はー?ちょっとまって!待っって!なんでそうなるの?確かに少しだけ悪気はあったけどさー殴ること無いだろ!ほら、俺達の仲じゃん!同じ釜の飯を食う前の仲じゃん」
「つまり、まだ仲間じゃないってことね」
「確かに…その通りだな~気が付かなかった!」
両腕を前に突き出して止めようとしてくるおちゃらけたバカ。
バカの静止を無視したあたしは、また拳に闘気をため始める。さっき手加減したから、こいつを生かしたからこうなったんだ。そう思うと涙が出てくる。女将さんの言う通り反省って大事ね。今度こそ仕留める。
「はー!」
「待ちなさい」
決意を固め拳を解き放とうとした瞬間、女将さんにそっと止められた。女神様みたいに慈悲ある笑顔でこっちを見つめてくる。そして、あたしに近づくと小さな手を拳に添えてきた。
「こんな形での自己紹介は嫌じゃったが仕方なし。色々と準備をしてて遅れたワシも悪いのじゃ」
女将さんはボソボソなにか小声で喋った後、上目遣いで話し始めた。
「そこのバカが言った通り、ワシはここの女将じゃ。皆から小豆さんと呼ばれておる。お前さんが来たと聞いて歓迎会の準備にかまけてバカの制御を忘れていたのじゃ。謝罪をしたい。申し訳なかった」
「へ………」
ちょっと待って、深呼吸タイムを申請します。ふ~。90度に曲げてお辞儀してる女将さんめっちゃかわ何ですけどー!。やばいなんて言葉じゃ表せないぐらい可愛い可愛い可愛い、もはや可愛いを通り越して好き好き大好き。今推しになりました。今まで生きてきて推しって何?みたいな人生だったけどやっとわかったわ。
おっと、落ち着いてあたし。こんな小さな可愛い体で一所懸命、謝罪をしてくださったのよ。絶対、暴走したバカが悪いのに責任感を感じて謝罪をしてくださったのに返事しないは死罪だわ。
「へう……」
言えなかった!全然言えなかった!はいって返事したかったのに上目遣いが可愛すぎて脳が白くなっちゃった。漂白剤で洗ったみたいに一瞬で真っ白になっちゃった。
「そうか。謝罪を受け入れてくれるなんて心が広いのじゃ。優しい子じゃ。名前を聞いて良いかの?」
推しからの供給が多すぎます。多すぎます。話してる間もずっと手をニギニギされてます。暖かくて柔らかいです。なんですかあたしの名前ですか。ふー一度冷静になってあたし今度こそちゃんと答えるの。
「あみでしゅ……」
言えた。
言えました。
推しがあたしの名前を聞いて何か考えていらっしゃいます。ドキドキが止まりましぇん!。
「あみ…いい名前じゃ。その…よかったら名前で読んでも良いかの?変な初対面じゃったが今後とも仲良くしたいのじゃ」
「ヒュ……ど、どうぞ」
声が震えます。人生で一番震えてます。
最初、会った時は観察できるぐらい余裕があったのに、今じゃ興奮が覚めなさすぎてやばい。推しってこんな早く出来るものなの?あたしがやばいだけ?。
あたしが心のなかで悶えている間、推しはもじもじしていた。何だろ?そんな姿もいじらしいけど、少し気になった。
「……あみちゃんってのはどうじゃ?色々考えたがあみちゃんが一番親しそうなのじゃ!あみって呼び捨てにするのもあれじゃし、あみさんはよそよそしいのじゃ。どう?」
「あヒュ………」
あみちゃん?あみちゃん!名前で呼ばれた!。しかもちゃん付けで。しかも一生懸命考えてくれたー。めっちゃ嬉しんだけど。やばい忠誠を誓いそう。我が忠義を推しに捧げる状態に入っちゃった。
でも、待ってあたし。落ち着いて現実も見て。推しがあたしの返事がなかなか来なくて不安そうにしているわ。きっと、あたし以上にドキドキしているに違いないのに、このまま時間が経っちゃうと取り返しのつかないところまで行っちゃう。一生名前で呼ばれないかもしれない。それは絶対嫌でしょ?。
現実を見たあたしは勇気を出した。人生で一番の勇気だった。
「はい…良いと思います」
「良かったー…あ、のじゃ!」
「あふ……」
言い慣れてなさそうなご高齢者特有ののじゃ語尾に、はにかんだ笑顔。2つの凶器にさらされたあたしは、その攻撃力に圧倒され後ろに吹っ飛んだ。
ドスっと鈍い音が後頭部から聞こえ意識が遠のき始める。
あたしの意識が完全に消える間際、霞む視界で見えたのは、状況についていけず途中から蚊帳の外だったバカの腑抜けた顔と慌ててあたしを助けようと近づいてくる推しだった。
魔法少女は死んでいる❣ 鳥ノスダチ @hitujinosige
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