第1話 A美 (2)

 スッと微睡まどろみから覚めた。

 長い夢を見てた気がする。やっぱりあれは夢の出来事なんだ…。

 死ぬなんて現実的じゃないし少し不安定になっていただけ……。よく考えれば、しゃべる猫なんて現実で見たこと無いし。

 あたしは突拍子もない夢を見たもんだと少しだけ安心してた。

 視界が鮮明になって、ぼやけていた世界が輪郭を帯びていく。知らない天井がうっすらと顔を出した。

 ハッキリした視界の中分かったのは、あたしの顔を知らない男が覗き込んでたことだ。え⁉

「ヒャッ!」

 ゴン!

 驚きからくる反射で互いの頭がぶつかってしまった。あたしの頭を鈍い痛みが襲う……あれ?痛くない。額を触ってみたけど痣すらできてなかった。

「うおおおおおお!いってーー!」

 逆に、顔を覗き込んでた男は額を抑えながら地面にうずくまってる。その滑稽な姿を見てあたしは少しだけ冷静になった。

 冷静になれば自身の状況を正確に把握できる。あたしがこのくそったれた世界で編み出した、長生きするための方法だ。

 周囲を観察してみる。

 あたしが寝ていたソファーからほど近い場所にカウンターがあった。そこには丸椅子が九つ置かれてて、カウンターの向こうには高そうな布でコップを拭いてるバーテンダーが居る。部屋の奥に置かれたジュークボックス、その横で座っている黄金のドレスを着た太っている女性。部屋の真ん中では、あたしが周囲を観察してる間に痛みが引いた様子の男が身なりを整えていた。

「……ここは…どこ?」

 観察しても状況がうまく呑み込めなかった。何この空間……珍獣しかいないじゃん。

 周りをキョロキョロと観察してたあたしを部屋に居る三人は興味深そうに見ていた。

 バーテンダーは仏頂面だし、太った女性は微笑みをうかべてる。あたしの顔を覗き込んでた男は爽やかな笑顔をうかべてる。すごい不気味な光景に鳥肌が止まらない、あたし今からどうなるんだろ?。

 のぞき男の容姿は初対面での醜態が嘘のように完ぺきなイケメンだった。黄金に煌めく髪に、性別が判別できない中性的で人形のような顔立ち、声も低めだけど女の人でもいると思う。皆が羨む容姿だと思う……でも、一番綺麗で可愛いくてカッコいいのはあたしだけどねー!。

 イケメン男はまるで、貴族みたいに優雅な歩行であたしに近づいてくる。その爽やかな笑顔は、近づくにつれてどこか冷たさを感じるものだった。これがたまに本で出てくるニヒルな笑みなのかな?。仮面みたいに顔に張り付いてる。

 イケメン男の顔が息がかかるほど近くになった。後ずさろうにも、あたしの後ろに壁があるからこれ以上遠ざかることができない。あたしの頬を冷や汗がたらーと通過した。

 イケメン男は犬みたいにあたしの匂いをスンスン嗅ぐと笑みを深くした。

「最高にいい頭してるねー。最っ高だったぜ!新人なのにやるな──」

 え……こいつ大丈夫かな?

 どうやら、頭を打ったことでご機嫌になったようだ。春風のような笑顔で手を差しだしてきた。あんな強烈な頭突きをされたのに笑顔なのは変態なのか、それとも…。

 あたしは差し出された手を取ってソファーから立ち上がった。どこに居るのか、この人たちは誰なのか何も分からないこの状況で反抗するなんて馬鹿げたことはしない。ある程度受け入れる器が無いと幸せに生きられないから…。

 イケメンは手を強く握ると、そのままカウンターまであたしを誘導して丸椅子に座らせた。

 恐る恐る席に座ってみる。

 すると、あたしに向かってバーテンダーが無言で飲み物を用意してくれた。ちょうど喉が渇いていたので、差し出されたコップを少し飲んでみる。

「…あたたかい」

 人の優しさに触れたのはいつぶりだろう……。

 変な物が入っているかもと警戒してたけど、中身はホットミルクだった。

 あたしの様子をバーテンダーはフンっと鼻を鳴らして見てる。ひげが整えられた優男みたいな顔面なのに眼光が鋭すぎて警戒してたけど、もしかしたら外見とは違っていい人なのかもしれない……。

 警戒を少しだけ解いてミルクをチョビチョビ飲んでると、あたしが落ち着くのを待っていたイケメンが話しだした。

「新人ちゃんはどこまで覚えてる?」

「…何のことですか?」

 その言葉にあたしの頭が疑問符で埋め尽くされた。勝手に新人て呼んでくるし、変な質問をしてくるので警戒心を二段階ほど上げておこ。不審者かそうじゃないかを瞬時に把握しておくのも生活の技だよ。

 遠くを見ながらイケメンが少し思案してる。あたしの返答が予想外だったのか?。だけど少し経ったら、こっちに向き直って笑顔を向けてきた。

「新人ちゃんは何も覚えていないようだね!そうなんだね?ねぇそうでしょ!あー仕方ないな~どうやら説明係を請け負わないといけないらしぃー。そんなに頼まれちゃあ。いいよ、俺に任せてよ!完ぺきで究極の説明をして進ぜよう!」

 意気揚々とイケメンは席を立って皆に見えるように丸椅子の上に土足で立った。それを見ていたバーテンダーの表情が殺気立ってる。この目は人を何人も殺してる目だ。部屋の温度が氷点下を下回ったように感じた。

 そんな状況はお構いなし、イケメンは得意げに丸椅子の上を器用に片足立ちでクルクルと回ってる。それは、いつの日かショーケースの先で見たオルゴールの人形のようだった。

 体勢を変えながら回っていたイケメンが背中をそらした姿勢でピタリと止まった。ちょうどあたしと逆さまに顔を見合わせる形だ。

「新人ちゃんは…魔法少女に選ばれました!以上!」

 ……へ?。

 この人、頭がだいぶ逝っちゃってるみたいだ。どうしよう…あたし人一人を馬鹿にしちゃったんだ。

 あまりにも突拍子もない説明に笑わずにはいられなかった。だってあたしが魔法少女?こんな面白い冗談がある?。

「あれ?魔法少女知らないの?」

 丸椅子の上で逆立ちになったイケメンが不思議そうにあたしの顔を覗き込んできた。魔法少女を知らないかって?……。

「知ってるに決まってるでしょ…あたしだって小さい頃は憧れたし…でも今は、なりたくない…」

「へー何で?」

「なんでも…てか、あんたら何なの?急にこんな所に連れてきて魔法少女になれって…そんなんで納得して、はい!なりますなんて言うわけないでしょ!…ふざけてんの?」

「いやいや、ふざけてないよ。新人ちゃんに魔法少女の才能が見つかったんだよ!じゃなきゃ君みたいな捻くれて汚れた奴を助けたりしないよ」

「あ゛?」

「何を怒ってるのさ?顔だけは綺麗なのに、しわが出来ちゃうよ?」

「お前も整った顔立ちが中身のせいで台無しだな!糞でも詰まってんじゃねえの?」

 部屋に一触即発の空気が流れる中、蚊帳の外のバーテンダーと太った女性がくすくすと笑っていた。二人とも言い合いを止める様子はない……まぁ止められても止まらないけど。

 座ったまま足に力を入れる。狙いは丸椅子の上で曲芸を披露してるイケメンの顔面だ。その綺麗な顔に躊躇なく蹴りを入れた。喧嘩なんて先に攻撃した方が勝つんだよ!。

 ふにょん…。

 ふにょん?

 今までぬいぐるみでしか感じたことのない感触があたしの脳を混乱させた。イケメンはこんなに柔らかいのか…。

 不思議に思い足を見ると一匹の猫があたしの足を止めて、イケメンを庇うようにあたしを睨みつけてた。この猫、さっき会った奴だ。

『初対面から失礼な奴だとは思っていたけど…まさかここまでとはね。君はおとなしくすることができないのかい?』

 猫は呆れたようにもう片方の手を振った。あたしの周りがぼんやり青色に光り出した。そして、体が勝手に動いてキッチリ椅子に座った状態で固定された。

 何が起こったのか分からない。自分の意志で体を動かそうとしても全く動くことはなかった。

 あたしの体を固定した猫は、やれやれと言いたげな表情で丸椅子の上からカウンターまで移動した。それから、トコトコとその短い脚を動かしてあたしの前まで来た。あ゛なんだこの可愛い生物は!態度はあれだけどきゃわいすぎる!。

 軍服に着いた埃を払うしぐさをして、身なりを整えた猫は小さい口を開いた。

『まだ自分の状況を理解できてないなんて…外れだったかな?それともウソツキの説明が悪いのかな?(*´Д`)仕方ないね。部下を教育するのは上司の務めだ』

「あたしがあんたの部下?そんなものになった覚えはないけど…」

『記憶力もないのか!契約しただろ。あの河川敷で、死んだ君を助けたのは、僕だよ。ほら契約書にもちゃんと君の名前が書いてあるだろ?』

 猫が両手を叩いた。すると、空中からリボンで結ばれた紙が出てきた。上質な質感のそれをネゴは両腕で抱えてカウンターに広げる。いちいちしぐさが可愛いの反則だと思う。

 広げられたそれをまじまじと見てみたけど、ちゃんとあたしの名前が書かれてた。あたし名前を書いた覚えがないんだけど…不正?。

 そこを指摘すると猫は鼻を鳴らして笑った。どうやら契約をした時点で名前が自動で書かれるらしい。そんなの聞いてないし反則過ぎでしょ!。

 あたしが抗議しようと口を開こうとしたら、猫の手で口をふさがれた。ポップコーンのような香ばしい匂いがあたしの脳に直撃した。スンスン…いい匂いだ。

『喋らないで。契約書に書いてある通り、君は魔法少女になったんだ。もう人間じゃないよ──』

 え…なに?魔法少女になった?そんなことどうでもいいよ。そんなことより、この匂いだけでご飯がお代わりできる─。


 ──(。´・ω・)ん?魔法少女になった?……。


 魔法少女になった……。


 魔法少女になるじゃなくて、なった……。


 人間じゃない…あたしはもう人間じゃなくて魔法少女⁈。


 はあ゛──────────────────────!。


 あたしは驚いた表情で顔が固まった。猫はそんな情報当たり前だろみたいに、さらっと流して続きを話してるけど流せるほど簡単なもんじゃない!。

 いつの間にか、魔法少女になってた。その衝撃は案外凄まじい重さでのしかかってくるものだった。

 あたしの顔を見て察したのか、猫があたしの膝の上に乗ってきた。そしてバックを漁って中から鏡を取り出して見せてくる。

「…え」

 鏡に映る自分は偽物のようだった。

 顔は一緒だけど、肌の色が白粉を塗ったみたいに真っ白だ。白いファンデーションを付けてもこんなに白くならないと思う。髪も青色に染めてたのに白色に変わっていた。光の角度で若干青色が映るぐらいに変色しているのを見て、あたしはひどくショックを受けた。

『鏡を見て分かっただろ。いい加減現実を受け止めてくれないと先に進めないじゃないか』

「…何で見た目が違うの?」

『君は魔法少女だ。変身が十八番みたいな存在なんだから、いちいち気にしないでいいよ』

「ふーん………改めて見ると、あたし可愛いな…」

「見た目だけは一級品だね。見た目だけは」

『ややこしくなるから、ウソツキは黙ってていいよ』

 確かに前のあたしとは違うかもしれない。でも、このあたしにもちゃんと良さがある…あたしはそう思うことにした。

『納得できたかい?それでは説明を再開しよう。魔法少女になった君は、同時に株式会社フェアリーエンジェルの社員になったんだ。喜べ、妖精の国で最大手だぞ。社員は仕事をしないといけない…例えば───』

 猫はまた両手を叩いた。それに反応したバーテンダーがいそいそとカウンター裏からホワイトボードを取り出した。いや…魔法じゃないんかい!。

 猫がホワイトボードに書いた説明は簡単なものだった。


1・魔法少女は基本、株式会社フェアリーエンジェルの社員である。

2・魔法少女には2種類いる。怪物退治専門の表の魔法少女、掃除専門の裏の魔法少女。

3・表の魔法少女は容姿、性格、素質を厳しく見て決められる。裏の魔法少女に必要なのは、強い心と貪欲である点だけだ。

5・表の魔法少女は名声と富が約束されている。裏の魔法少女は契約時に交わされた目標を達成した瞬間に契約が満了し報酬が支払われる。

6・報酬は魔法少女ごとに違う。その魔法少女が最後に願ったものが報酬に反映される。

7・表の魔法少女には専属の妖精がサポートしているが、裏の魔法少女は配属された部署を運営している妖精長がサポートする。

8・魔法少女になった際、固有魔法を獲得する。もちろんそれぞれ違う性能である。

9・君の場合、固有魔法【不老不死】が付与されている。

10・仕事は妖精長が割り振った物を行う。それ以外の行動は制限される。


4・豁サ莠。縺励◆蝣エ蜷域ュサ莠。謇句ス薙※縺檎匱蜍輔@蟄伜惠縺御ク也阜縺九i謚ケ豸医&繧後k


 猫が口頭で説明した内容をバーテンダーが達筆で書いている。それは最初から知ってたでしょ!と言いたくなるぐらい早いものだった。

 ひとしきり言い終わった猫は自身の手で顔を仰ぎ、わざとらしく疲れたアピールをしていた。その顔には汗一つなく疲労感も感じられない。

『フ~疲れた疲れた……学があまりない君でも分かりやすいように、細かく書いてやったことを感謝してくれよ』

「質問があるんだけど…」

『なに?』

「4番の…最後の項目が文字化けしてるんだけど…何で?」

『この世界には、ある一定の知能でしか見えないものがあるんだよ。君はどうやら僕たちより知能が低いようだね』

「ぐっ……」

『まぁ、この仕事に知能は求められてないから安心していいよ。知らなくても良いことだってあるしね』

 なに?この猫、糞むかつくんだけど!可愛い顔してほんと嫌な奴!。

 身振り手振りで理解したかを尋ねてくる猫に、あたしは湧き上がる怒りを抑えながら頭を縦に振った。

 それを見た猫は、あたしの膝の上からバーテンダー目掛けてジャンプした。そんな猫をバーテンダーが両手で優しくキャッチして立たせてから、大きな羽箒みたいなもので猫の軍服を綺麗に整えている。

 身なりが整いピカピカになった猫はバーテンダーの両手の上でふんぞり返りながらあたしを見下ろしていた。

『説明が済んだことだし早速仕事してもらおうか。僕が担当してるのは日本だからね。激務だと思うけど頑張ってくれ。マリン!新人にあれを渡してやってくれ』

 猫の言葉にジュークボックスの横で座っていた太った女性が反応した。

 マリンと呼ばれたその女性は、自身が持っているバックから小さい物を取り出してあたしに向けて投げてきた。

「え?わわわ!」

 飛んできた物を慌ててキャッチすると、それは腕時計のような小型の機械だった。

 あたしはそれをまじまじと観察した。

 この機械、腕時計の時計部分が四角い金属の板になってて、触ってみると板が光った。すると、急に蛇のように動き出して腕に巻き付いて取れなくなってしまった。

「な…なにこれ⁈」

 どれだけ力を込めて引っ張っても取れないし、何ならどんどん締め付けてくる。このままでは腕が作りたてのソーセージみたいになっちゃう!。

 そんな苦戦しているあたしを見かねたのか、猫が両手を叩くと機械の締め付けが緩まってあたしの腕がソーセージになる心配がなくなった。

 あたしは安堵した。

 だけど、それと同時にどんなに締め付けられても痛みが無いこの体が、既に死体である事実を示しているように感じて少し残念に思った。もう元に戻ることも、ここから逃げ出すことも叶わないのだろう。自分の運命の悪さに辟易する。

『僕が説明する前に弄繰り回すから、そんな目に合うんだ………はぁ、それは魔法少女達に支給される変身端末で、表の魔法少女はそれを使って魔法少女に変身できるんだ。でも、君の場合は変身する必要が無いから、その他の収納機能だったり通信機能だったり自動日記機能が強化されている───』

「チュートリアルみたいな説明だ!初めて見た…」

『君は、事細かに説明しないと実践で暴走しそうだからね。分かりやすいだろう?ボンレスハムになる前に僕に助けてもらえてよかったね?』

「……はい…ありがとうございます」

『感謝なんて要らないよ~君は僕の大切な部下だからね』

 そのセリフを真顔で言ったらダメだと思う。内に秘めた思いがありありと分かっちゃうから。

 猫の言葉の端々で散りばめられてトゲトゲしい言動に嫌気がさしながらも、あたしは猫の説明通り端末を動かしてみた。

 ふんふん…確かによく見て見たら異次元バックとか自動日記とかテレパシー機能が備わっていることが分かった。

『基本的に依頼を行う際は支給品があるから、その異次元バックに収納していくといい。そこに入れた物は出し入れも一瞬だからね。便利なものだよ……』

「…分かった」

『チュートリアルはこれで終わりだ。一応マニュアル通り僕直々に教えてあげたけど、これからは先輩の魔法少女たちに聞いてくれ。君をからかってたウソツキも君の先輩だから仲良くするように』

 猫から名前を呼ばれたクソウソツキは、やっぱり爽やかな笑顔であたしに握手を求めてきた。しぶしぶその手を取り握手しあう。

「よろしく新人ちゃん!紹介された通り俺の名前はウソツキだよ!よろしく…仲良くなろうねー!」

「…あたしの名前はエミ、よろしく」

「へー可愛い名前だね。分からないことがあれば快く教えるよ!」

「あなた、ウソツキって名前だから、それも噓でしょ?」

「馬鹿じゃないみたいだね!そうさ俺の言葉は全部嘘だ。良いセンスしてるよ」

「…どうも。とりあえず初対面の時から思ってた。あんたの性格がクソなことが証明されてスッキリだね」

「おー!よく分かったねー!僕も君の性格が外見と釣り合ってないことに気づけて安心したよ!」

「あ゛?」「お゛?」

 あたし達は互いに顔を突き出して睨みあった。

 そんな、挨拶をしあっているあたし達を見て猫はあくび一つした後、軍帽を深くかぶり綺麗な姿勢で直立した。

『どうやら、いつの間にか仲良くなっていたようだね。安心したよ…それじゃあ君に初仕事をしてもらおう!』

「…今から?」

『やけに驚かないことが引っかかるけど、安心してほしい。初仕事は明日だ。明日の早朝4時にここに集合してくれ。仕事の内容は一緒に同行させるウソツキから聞いてくれ』

「ちょっとまってください!なぜ俺がこいつの仕事に同行しないといけないんですか!こいつの性格は俺と会いません!まるで目くそ鼻くその相性ですよ!絶対失敗します!」

『相変わらず、ビックリマークが多すぎて読みずらい話し方だね。君が僕の決定に対して異を唱える権利があるのか?僕がやれと言ったらやる。その体に嫌というほど刻み込んできただろ?まさか忘れたのかい?』

「いえ!やらせていただきます!ありがとうございます」

 猫にすごまれたクソウソツキが土下座をしてまで怯えている光景にあたしは身震いをした。あんなに誰に対しても飄々とした態度を崩さなかったのに、この猫にだけ従順な態度をとることに違和感を覚えた。

 どれだけ恐ろしい力を隠しているのだろうか…少し探ってみようと猫を観察していたら睨まれてしまった。その瞬間、およそ猫が発していいわけがないほど濃密な殺気があたしを襲ってきた。あたしの頬を冷たい汗が伝うのを感じる。もう死んでるはずなのに殺されると思ってしまった。

『威勢がいいのも結構だが…その元気は明日の仕事で使ってほしいな。今日は2階の客室を使って英気を養うといい。ウソツキ!エミを客室まで案内してくれ』

「了解す!誠心誠意やらせていただきます!ほら行くよ」

 あたしはウソツキに手を取られて無理やり部屋の奥にある扉まで連れてかれた。今日起こった出来事があまりにも突拍子もない事の連続だったので、抵抗するための気力さえあたしには残っていなかった。


『おっと、最後に僕の名前を教えておこう。僕の名前は………ディーナだ』


 名前を聞いた瞬間あたしは震えた。

 その名前が世界を救った魔法少女を導いた妖精の名前とそっくりだったから。

 衝撃覚めぬまま階段を上るその足取りは徐々に重くなっていく。

 あたしは心の中で密かに願った。どうか死にませんように……。


 


 

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