第1話 A美 (1)
世界って歪んでるよね。
あぁ…歪んでんのはあたしの視界だわ…。
顔ボコボコだし体ぼろぼろだし、何もかもで汚れてる汚い体だし、最悪。
知り合いに見つかった。
血走った眼をしてたから嫌な予感がしてたけど案の定だった。
河川敷の橋の下にある掘っ立て小屋に連れ込まれて。角材で頭を殴られて倒れたところをマウントでぼっこぼこ。ひどいと思わない?。
『同感だね、ひどすぎる』
お前のせいだ!とかなんとか言ってるけど、最初に台無しにしたのはあんただよ。自分が悪い癖にあたしのせいにしないでほしいわ。
くそ…せっかく、なけなしのお金で髪だけは綺麗にしてたのに、こいつのせいでぐっちゃぐちゃだ。髪が切れてるし抜けてるし、これ十円禿とかできてないかな?本当に最悪。
『かわいそうに』
あたし以外にもう一人、縄で縛られた子が居る。
たぶん誘拐されたんだと思う。こいつが殴りながら、お金が必要なんだ!とか叫んでるから身代金目当てでしょうね。
名門女子高の制服を着てるから、たぶん良い所のお嬢様。怯えた顔でこっちを見てる。
あんたは大丈夫だよ。おとなしくしてれば、あたしみたいに殴られないから安心しな。
「…だ……じょ………」
駄目だ喉が潰れて声を出そうとすると凄く痛い。この子に「大丈夫おとなしくしてたら良いよ」て伝えたいのに…助けれないごめんね。
『大丈夫だよ』
さっきから幻聴が聞こえる。あたしそろそろヤバいかも。
とうとう、体を動かす力もなくなっちゃったし。体に満ちていた血が体外に溶けて消えていくのを感じる。暖かかった服が重しのようにあたしの体をつぶした。アーさむ。
むしろ、この状態で死んでないのを褒めてほしいぐらいだわ。
どこで間違えたんだろ?。
裏バイトに手を出した時かな?。
仕方ないでしょ、生きるためにお金が必要だったの。
高校に進学しなかった時かな?。
仕方ないでしょ、施設からさっさと抜け出したかったから…。
中学で非行に走った時かな?
仕方ないでしょ、まともに勉強できる環境だったらあたしは今頃優等生だよ。
小学からいじめられた時かな?
仕方ないでしょ、親が失踪したことを弄られたら改善なんてできない。あいつらは直せない部分をネチネチと……嫌になる。
保育園は楽しかったな…。
仲が良かった友達と人形で遊んだり、キラキラシールを見せ合ったりした。
あ、なーんだ今気づいた。あたし最初から間違えてたんだ。
生まれなきゃよかったんだ。
助けなきゃよかったんだ。
我慢すればよかったんだ。
我が儘になればよかったんだ。
もっと自分のことを大切にして、世間の人と一緒で見て見ぬふりをすればよかった。
そしたらこんな目にも合ってないし、もっとマシな生き方ができた。
簡単なことだった…。
さっきからやたら鮮明に昔のことを思い出す。これが走馬灯てやつ?。
あたし…死ぬんだ。
死を実感した瞬間、あたしの頭を満たしたのは後悔じゃなかった。激しい怒りだった。
「ふっざけんなーー‼」
あたしは湧き上がる力を使ってマウントとってるこいつに頭突きをかましてやった。痛覚がマヒしてんのかな今は喉の痛みを感じない。
縄に縛られてる女の子の所まで這って移動する。あたしの体に刺さってた小型ナイフを抜いて縄を切ってやった。
「早く…逃げな!」
「ひ……はっはい!」
奴は頭突きの痛みで無様に悶絶してる。今が逃げるチャンスなんだ。
女の子は驚いた表情をしてたけど、理解したんだね。震える足で立ち上がって走り去っていった。
やっっっったね!一泡吹かせてやったよ。自然と笑みがこぼれた。
「ふっ……バーーカ❣……」
奴は瞳孔開きっぱなしの顔でこっちを見てる。
そんな怖い顔しないでほしい。死ぬ間際でもやっぱり人助けしちまうか…。どうやらあたしの性格は油汚れみたいになかなかしぶといらしい。
まぁでもいいじゃないか。最後に勝ったんだから。
「お前!…お前お前おまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえーーー‼」
怒りに任せて奴はあたしの首を絞め始めた。
「かわいくないかわいくない可愛くない!せっかく可愛がってやったのに!愛してやったのに!おまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえ!」
あんたの可愛いほど反吐が出るものは無い。
ああ、苦しいな痛いな悲しいな…。でもこれももう終わる。
意識が朦朧としてきた。霞んでいく視界に舌打ち一つ。
じゃあね!このくそったれた世界……。
『…助けてあげる』
…は?最高に格好つけたのに台無しなんですけど?。
誰だよ、あたしにさっきからずっと甘い言葉を投げかけてくる奴は!。
大丈夫?助けてあげる?じゃあ助けて見ろや!
『願いを受理した。今から救出を開始する。代価は……時間だ』
…は?
あたしが疑問を持つ前に奴の頭が割れだした。頭頂部から徐々に縦に裂けていく。ドロドロの血液があたしが流した血液と混ざり合ったのを見て、心底キモチ悪いと思った。うぇー最悪…。
完全に左右に分断された奴の死体の背後に灰色の猫が立っていた。白い軍服?みたいなキッチリした服装に目元が隠れるほどでかい帽子をかぶってる。
なにこれ、幻覚かな?。死ぬ間際っていろんなことが起きるのね。
『失礼だな幻覚じゃないよ』
この子、鳴き声じゃなくて日本語喋ってる。猫なのに喋れるんだ。
『猫じゃないし…君は本当に失礼だな。せっかく助けてあげたのに…』
猫はあたしの体の上に乗り、胸辺りまで登ってきた。そして、その柔らかい手であたしの額を撫で始めた。
そしたら、体の痛みが消えた。
手足が動かせるぐらい体力が回復してる。どういうこと?。
「…なに?」
『今、君の時間を貰ったよ。死んでから時間が経ってなかったのが幸いしたね』
「あんた何言ってんの?死神かなんかなの?」
『君の質問は受け付けてないよ。ただ同意してほしい、僕と契約するんだ』
「は?ハハ契約?あいにく契約には嫌な思いでしかないの。ごめんなさい」
『不良娘にしてはやけに丁寧な口調だね?自分を偽っても良いこと無いよ』
こいつ失礼な奴。猫なのに嫌味たらしい顔で死体の上でふんぞり返ってる。やばい、猫が嫌いになりそう。
『契約しないと君、このまま土になるけどいいの?君をこんなゴミみたいにした奴らに復讐したくないの?』
柔らかそうな手であたしの膝を触ると、徐々に体から力が抜けていった。あたしがまるで死体のように力なく横たわるのを見て猫は勝ち誇った顔をしてる。
なんか悔しい…負けたとかではないけど、悔しい。
このままでいいの?あたしはこのままでいいの?負けたまま死んでいいの?ここで進まなきゃ後で絶対後悔する。
だんだん頭の中で復讐の二文字が増えていった。増悪が強くなっていくのを感じる。
もうどうなってもいいか……。
悪魔でも死神だろうとなんでも縋ってやるよ!。
「…契約する❣」
あたしが宣言すると猫は嬉しそうに笑った。
『了解❣これからよろしくねA美』
なんであたしの名前を知ってんの?この疑問を言う前に頭に衝撃が走った。
暗くなる視界の中で地面に飲み込まれていくのを感じる。
ああ、やっぱりあたし騙されたんだ。
やっぱり救われないな…。
最後に見えた光景は雨の中、興味を亡くしたように真顔になった猫だった。
くそったれ……。
あたしは完全に意識を手放した。
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