幕間 勇者たちはお休み
ある日の昼下がり。
「シアさんと一緒に街まで買い物に行ってきてくれない?」
オッドさんが書類整理をしながらこちらに尋ねてきた。
おつかいの依頼は初めてだったため一瞬たじろいだが、ただのおつかいだろう、と二つ返事で承諾をする。
「お駄賃あげるからアズも何か欲しいものあったら買ってきていいよ。」
(お駄賃っ?!)
いつもと違い変に優しすぎるオッドさんに不信感を募らせる。
「なんか...企んでないですよね...?」
わたしの質問に大げさに手を振りながら否定してくる彼を余計不審に感じる。
「いやいやいや!たまにはアズも羽を伸ばしてくればいいかなぁって思ってね!」
わたしが抱く彼への疑念は消えたわけではないがこの人を問い詰めても不毛だと感じたのでこれ以上聞くのを諦めた。
ただ正直に言えば少しワクワクしている自分もいた。ちょうど部屋を飾る雑貨や数着しかない服を買い足したいと思っていたからだ。
外出の準備をし事務所に向かうとシアさんがソファーの上で待っていた。
「ほら、行くわよ。」
わたしは買い物のメモとお金を忘れないように鞄に入れ、急かすシアさんのもとへ向かう。
「あれ?転送魔法で行くんじゃないんですか?」
私がそう聞くと彼女はこちらに背を向けたまま玄関への方へとテクテク歩いて行った。
「今回は近いから走っていくわよ。それにあれ...変に目立つしそんなに使いたくないの。」
確かにあんな風に急に人が現れたとなれば珍しがって人混みができてしまうのは簡単に想像がつく。
「でも走ってって...そんなに近いんですか?、わたし体力に自信ないんですけど...」
「いいから黙ってついてきなさい」
わたしは理解できぬままオッドさんに挨拶をし彼女の後をついていく。玄関を開ける前に聞こえた、落とされないようにね~という言葉が頭の中を渦巻く。
「あの...落とされないようにってどういうこt
言いかけたところで、シアさんがが魔法を使う前にいつも唱えている高速の詠唱を始めているのに気づきわたしは口をつむぐ。
彼女は詠唱を終わらせると、離れてなさい、とわたしに告げる。
後ろに下がった瞬間、彼女の毛並みは逆立ち体の中で何かが暴れているかのように膨らみだした。魔法の効果だとは理解したが何が起こるかは分からずその未知に対する恐怖にわたしは地面にへたり込んでしまう。
呆気に取られていると、彼女は普段の姿のまま何十倍もの大きさになりこちらに背を向けたまま佇んでいた。
「ほら、背中に乗りなさい。あ、靴は脱ぎなさいよ。」
「ま、魔法って便利ですねぇ~...あはは...」
巨大化したが彼女であったが中身はいつものままで安堵した。大きくなって何か得体のしれない化け物になってしまうのではないかと、ほんの少しだけ心配だったからだ。
言われるがまま靴を脱ぎ毛にしがみつきながら彼女の背中の上へと登った。
彼女の背の上から見る景色は勿論いつもより高く、動物の背の上に乗る経験など初めてだから単純に感動した。
何より彼女の毛がふわふわで心地よくとても良い匂いがする。
五体全てで感じる感動に浸っていると、ゆっくりそれらを味わえることも無く彼女は後ろ足に力を込め踏ん張りこちらに語りかける。
「ちゃんと掴まってなさいよ、落ちたら死ぬと思いなさい。」
彼女の口から急に放たれた死ぬ、という言葉とどこに掴まればいいか分からぬせいで慌てふためきながら取り敢えず目の前の毛をしっかりと掴む。
途端に感じたこともないような強風が身体の前から吹き荒れ、目を開ける余裕もなくなりしがみつくように彼女の身体に身をくっつける。
風を喰らわないように出来るだけ身をかがめて恐る恐る周りを見渡すと、自分の視界に入る景色が何かわからないくらい目まぐるしく移り変わっていくのを確認できたところで、初めてわたしを乗せる彼女がとてつもない速さで走っているということに気づいた。
落ちたら死ぬ、という言葉を嫌な時に思い出しわたしは思わず叫び散らかした。
「いやぁぁぁぁぁ!!!!!死ぬっ!死んじゃう!!一回止まって!!!止まってくださいーーー!!!!!」
私の言葉に気づいた彼女は急ブレーキをかけ私は勢いよく前に飛ばされそうになったのを必死に首元にしがみつき回避した。
「なによ。いちいちうるさいわねぇ」
わたしは呼吸を整え息を大きく吸い彼女の耳元に捲し立てた。
「出発する前のオッドさんの不穏な言葉はこういうことだったんですね?!ほんっっっと、二人ともいつも説明が無さすぎるんですよっ!!!落ちたら死ぬって、乗ってても死ぬかと思いましたよ!!?」
わたしの檄に彼女は態度も変えず凛としたまま返した。
「だってこれが一番速く着くのよ、少しの我慢だし。耐えなさいよ。」
「無理です。街に着く前にわたしだけ別の場所に到着しちゃいます。」
わたしは断固として譲らない。ここで折れると本気で命の危険を感じてしまう。
「ったく…じゃあスピード緩めるから早く掴まって。」
思ったより簡単に折れたのに少し驚いたが素直に彼女の優しさに甘えることにした。
また走り出した彼女はそれでもかなりの速さではあったがそれでも周りの景色を見る余裕が出来るくらいには速度を落としてくれていた。
「なんだぁ、やればできるんじゃないですかぁ...最初っからこのくらいでよかったのに。」
「あんた振り落とすわよ。」
ようやく見れた景色は一面に広がる荒野で遠くに微かに山のようなものが見える。周りに何もない大地は空をいつも以上に大きく見せてくれた。差す太陽の光はいつまでも追いかけてわたしを照らすがその暑さも、感じる風がすべてを帳消しにた。
「そろそろつくわよ。」
彼女の言葉に身を乗り出し前方をのぞき込むと小さく街が見えてきた。数百メートル先まで近づいたところで彼女はブレーキをかけ、わたしに、降りてと催促をする。
「えー、このまま街までいかないんですか?」
「目立ちたくないって言ったでしょ」
わたしはしぶしぶ彼女から降り靴を履きなおす。降りた瞬間彼女は徐々に収縮し始め気づけばいつも通りの大きさに戻っていた。彼女は何もなかったかのように街に向けて歩き始めておりわたしも急いで彼女の後を追う。
やがて街に到着し街中を探索すると思っていたよりたくさんの人で賑わっており、久しぶりの人の多さに少し酔いそうになった。
メモに書いてある品物をシアさんの案内で様々な店で買い物を済まし、わたしは足早に自分の買い物に勤しむ。
「このランタンおしゃれ~、あっ!このクッションモ綺麗な柄...!、あ~!このワンピースすごい可愛い~!!!これも、これm...あ~!決めれないっ!シアさんどう思います?!」
シアさんは呆れた表情でわたしの方を見ながらため息をついている。
「どれでもいいから早く決めなさいよ...」
彼女はわたしをみかねて外で待っていると言い残し去っていった。恐らくわたしが待たせることを気にしないようにと彼女なりの優しさで離れてくれたのだろうと思った。
ピックアップした商品を選び終え手に袋をたくさん抱えながら小走りで街の外へと向かう。
シアさんは街の近くの木の陰で丸まっておりこちらに気づくと伸びをしてトテトテと歩き出した。だが徐々に見えてきた彼女のは眉間にしわが寄っており明らかに苛立っていた。
「遅い!一時間以上経ってるわよ?!」
わたしは時計を確認し自分の想像より時間が経っていたことに驚き彼女に平謝りをした。
「え!こんな時間たってたの?!すいません...久しぶりのお買い物で夢中で時計見るの忘れてました...あと、これ選んでたら遅くなっちゃって...」
そうしてわたしは熟考して選んだリボンを目の前に差し出す。
「はぁ?これがなにがそんなn
「シアさんに似合うかなぁと思って...えへへ。普段のお礼になにか買いたかったんですけど...いいものが思いつかなくて。き、気に入らなかったらわたしが使うので大丈夫です!」
「...kなさいよ」
ぼそぼそと喋る彼女の言葉はうまく聞き取れずわたしは、え?という顔をする。
「つけなさいって言ってんの!」
彼女は背を向け尻尾を突き出してくる。フリフリと尻尾を揺らしながら装着を待っている彼女を見てわたしは喜んでくれているのだろうと感じた。
リボンを尻尾の先端付近に優しく結ぶと、彼女はすくっと立ち上がり自分の尻尾を見ようと身体をくねらせながら躍起になっている。
(気に入ってくれてよかった...)
彼女はにやけながらそれを見るわたしに気づき急に動きを止め咳ばらいをし少し赤面しながらもごもご言い出した。
「ま、まぁ悪くは、ないわね!せ、せっかくあんたがか、買ってくれたんだし...つけてあげるわ!.........ありがと。」
「どういたしまして!えへへ...」
すると彼女は突然ハッとし木陰に置いていた小さな箱を急いで持ってきてわたしに渡してきた。
「お、お返しよ!」
箱を開けると小さな宝石がちりばめられた金ぴかのヘアピンが丁重に包装されており一目で高価なものだと推察できる。
「こここここ、これをわたしにですか?!!!!」
焦りながら彼女は返答する。
「この前の勇者の依頼まぁまぁ頑張ってたし?せ、餞別というか。あ、あんたがどんなもの好きかわからなかったから...い、いらなかったら売りなさい?いいお金になるわ、それでまた好きなもの買えば...
彼女が言い終えそうになったところで思わずわたしは彼女を抱きしめた。
「一生...大事にします!ありがとうございます。嬉しい。すっごく嬉しいです...」
「く、苦しいって...!」
言葉を聞かずわたしはうるんだ瞳を隠す様に彼女の毛に顔をうずめしばらく抱き続けた。最初はうなっていた彼女もすぐに堪忍しおとなしく私に身を委ねた。
わたしはドキドキしながらもらったヘアピンを髪につけシアさんに問いかける。
「どう、ですかね?似合ってますか?」
「まぁこのわたしが選んだんだから当然ね!」
しばらく二人で甘美な時間の余韻に浸った。
気づくと日が落ちてきており急いで彼女は魔法を唱えだす。わたしは行きと同じように彼女の背の上に乗り帰路についた。
玄関の扉を開けるとオッドさんが、おかえりと出迎えこちらをまじまじと見ながら語り掛けてきた。
「なんか二人ともおしゃれになっちゃって」
わたし達は顔を見合わせお互いにに恥ずかしそうにはにかみ合った。その様子を見た彼は何かワクワクとしながらこちらを気にしている。
「あ、別にオッドさんにはなにもないですよ?」
恐らくわたしたちの雰囲気を見て何か自分にもプレゼントを期待していたであろう彼はそれを聞きシュンと俯き悲しそうな顔をする。
「わざとシアさんの魔法のこと言わなかったですよね?わたしが驚く姿想像して楽しむような人には何もありません。だいたい何か欲しかったなら一緒に来てくれればよかったのに...」
彼は肩をガックシと落としぼそぼそとつぶやく。
「だって、乗り物酔いがひどいんだもん僕...」
「はぁぁぁあ?そんな理由だけですかぁ?ってかシアさんを乗り物って思ってるのちょっとひくんですけど...」
「い、いやそれは言葉のあやというか...!」
どぎまぎする彼を傍目にわたしは自分の部屋へと戻った。
買ってきたものを整理しながら部屋に並べ、最後にもらったヘアピンを掌にのせしばらく眺めた。思わず笑みがこぼれ、十分に感傷に浸った後丁寧に箱にしまい棚の一番見えやすい場所に飾った。
...
アズが去った後の事務所内。
「嫌われちゃったかなぁ...」
「ふんっ、あんたは素直じゃなさすぎるのよ!」
「君がそれ言う?!!」
「うっさいわね...」
「明日もう一度謝るよ...」
「はぁぁ......ったく。これ、照れくさいからわたしに渡してって。」
「え!?これアズから...!?」
「ま、本気で嫌われてはないんじゃない?」
「な、なんだろうこれ......あっ!!!」
箱のなかには猫の装飾がされたネクタイピンが入っていた。
「明日言うのはお礼かな...」
オッドは優しくはにかみながら大事そうにそのプレゼントをいつまでも眺めていた。
勇者たちのかくかくしかじか 〜異世界お悩み相談所〜 @Kino929
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