第五話 「剛腕の勇者 」完

ドゴォォォォン!!!




突如鳴り響いた轟音がわたしの脳を揺らす。




突如、身体を丸め縮こまっているわたしになにか小さな物体が弾け飛んできた。




その様々はわたしに痛みをもたらしだが想像していたものより遥かに矮小なものであった。




それらが辺りを転がっていく音がしばらく続き辺りはただ雨音のみとなった。




(い、生きて、る…?)




震えながら頭を上げ霞む視界を目を凝らして見ると私の前で拳を突き出しハァハァと大きく身体を揺らす勇者の姿がそこにはあった。




転がり落ちていた大岩を彼が粉砕したと理解出来たのは数秒経ってからだった。ぬかるんだ地面に気をつけながらわたしは彼に駆け寄る。




「力…使えるようになったんですね…よかっ…」




途中まで言いかけたところで身体中の力が急に抜け彼にもたれ掛かるように倒れていき意識が徐々に飛んでいった。




...




私は見覚えのある洞窟で目を覚まし、身体を起こし外を見ると日が暮れ薄暗くなっていた。




「よかった…目覚ましたんだな。」




声のする方を見ると壁にもたれ掛かり座っている勇者がこちらを安心した表情で見ていた。




彼と目が合うと同時に寝ていた脳がフル回転し、わたしにとっては一瞬前の記憶が直ぐに蘇った。




「チカラっっっ!、使えるようになったんですね?!」




「あぁ…そうみたいだ…無我夢中で拳を振りかぶったんだ…とにかく、君が無事でよかった。」




その言葉に死を覚悟したあの時から続いていた緊張が急に解け、私の目からは涙が溢れ出す。




「うわぁぁぁぁんっ!!!じぬっ、じぬがどおもっでっ…!でもあなだがっ!おがげでっ…ヒグッ、ありがどうございます〜っ!!!!!」




涙と共に想いも溢れ気づけばわたしは彼の胸に飛び込んでいた。彼はそんなわたしを黙ったまま受けとめてくれていた。




やがて落ち着いた私は彼から離れ、さっき見せてしまった弱い自分を少し恥じた。わたしの上がった体温を冷やすかのように洞窟の天井から水滴が滴り落ちてきた。




「結局助けられたのはわたしの方でしたね…」




私がそう言うと彼は一瞬こちらを見た後に自分の拳を見つめ優しく微笑んだ。




「君の姿が妹とかぶってな…何としてでもこの子だけは守らないとって思えたんだ…君が俺に対して本気で考えてくれてるって今日一日で思えたから。だから力が使えるようになったのは君のお陰だ。礼を言う、ありがとう。」




「そ、そんなっ!私はなんもしてないです!…でも…本当に、よかったです。それに…きっと、あなたのその力は誰かを守るためにあるんですよ。今わたしが生きてるのはあなたのお陰ですし…村の人達もそれを分かってるはず…」




彼は再度微笑み、ありがとう、とだけ伝えてくれた。




だが途端に彼の目は曇る。




「だが…」




わたしはそこでハッとし彼が言い出すのより先に語り掛けた。




「力の制御…ですよね…」




彼は小さく頷き俯いてしまう。




さっきはああ言ってくれたがわたしはまだ何も彼の力になれていないと自分でも思っていた。少し頭を冷やすため立ち上がり洞窟の出口へと向かった。




外は雨は止んでいたがさっきよりも更に暗くなっていた。その押し寄せる暗闇がわたしの心臓の鼓動を急かす。




(落ち着け…落ち着け…オッドさんがここに向かえって言ったってことはなにか見落としてるはず…)




色々と考えながら歩き回る私のつま先に何か丸いものが当たった。足元を見るとさっきの大雨で木から落ちてしまったであろうペコの実が転がっていた。よく辺りを見渡してみるとそこら辺にいくつもの実が散乱しておりその硬い殻は地面に落ちても傷一つつかず中の果実を守っていた。




(ペコの、実…そういえばシアさんが…)




わたしは初めてこの実を調理した時のことを思い出す。




「なにこれ硬っ!ハンマーでも割れないなんてどうすりゃいいの?!」




「それじゃダメよ。この実は殻が衝撃を吸収しちゃうの、これ使ってみなさい。」




(確かあの時アイスピックを……)




「あっ!!!?」




わたしはペコの実を抱え夢中で洞窟の中の彼のもとに全速力で駆けていった。




「勇者さんっっっ!」




叫び駆け寄るわたしを彼は驚きながら反応し、さっきとはまったく様子の違うさまに不思議そうに見つめてきた。




「ど、どうしたんだ…?」




「これですよ!これ!なんでこんな簡単なことが思いつかなかったんだろう!」




「この実…?がどうかしたのか…?」




わたしは持っている実を彼に渡し説明を始める。




「この実、試しに一回殴ってみてください!」




彼は困惑しつつも言われるがまま持っている実を地面に置き拳を振り下ろす。ドンッという音と共に砂埃が辺りに舞う。凄まじい衝撃を与えられたその実は予想通り割れておらず、それを支える地面が少しひび割れていた。




「な、なんだこれ?!硬っ!!!」




「これペコの実って言うんですけど、ご存知の通り殻がすっっっっごい硬いんですっ!ただこれを調理してる時にシアさんが教えてくれたんですよっ!この実の…ここです。てっぺんになるべく尖ったもので力を加えると簡単にしかも綺麗に真っ二つに割れるって!」




「えっと…つまり?」




「勇者さんも握ってる拳を開けばいいんですよ!」




彼はハッとした顔でわたしを見つめる。




「力の先端を出来るだけ細くしていくんです!開いた指の先に力を込めて殴れば、極々決まった場所だけに力を加えれるはずなんです!採掘もこの方法だと変なところまで力が分散せずに決まった場所だけ掘れるんじゃないですか?!」




「つまり、抜き手ってやつか……ははっ、なんでこんなことを今まで思いつかなかったんだ俺は…」




彼は広げた指に力を込め、置いてある実に向かって再度思い切り手を振り下ろす。




「ッッッ!駄目だっ!割れはするが殻が粉々に…もっと力を込める範囲を細くしないと…!」




「まだ外にいっぱい実が落ちてるんです!わたし拾ってきますね!」




彼はそう言いながら走り出すわたしのあとを追ってきた。




「二人で協力した方がいいだろ?」




そうしてやがてわたし達はたくさんの実を洞窟に持って帰り、彼はすぐさまそれを割り始めた。




わたしはそれを見守ることしか出来ないが、とにかく明け方までずっと付き合うつもりだった。




正直このやり方が百パーセント正解なのかはわからない。だけどわたしは信じることにした。二人が、いや三人が信じてくれたわたし自身を。




...




勇者相談所事務所にて。




「夜が明けるね。なんだかんだ言って心配なんでしょ、シアさんも。」




「た、たまたま早く目が覚めただけよっ!それに…」


「信じて待つって決めたでしょ?あんたも。」




「うん、アズならきっと大丈夫。」




...




やがて夜が明けわたし達は山を降りヘトヘトになりながら帰路へと着いた。




出発する時よりも重く感じる扉を勢いよく開ける。いの一番に視界に入ったオッドさんがこちらに気づきゆっくりと近づいてくる。




「おかえり。」




途端にわたしは急に力が抜けその場に倒れ込む。心配そうに駆け寄ってくる2人を制止し、今度はなんとか意識までは飛ばず玄関に倒れ込んだまま返事をした。




「取り敢えずっ…!!見てください…はぁっはぁっ…これで、正解ですか…?」




勇者は鞄からペコの実を取りだし思い切り手を振り下ろした。実は綺麗に真っ二つに割れ中から綺麗なオレンジ色の果実が姿を見せた。




しばらくの静寂の後、オッドさんは寝転がるわたしの頭を撫でながらいつもの笑顔で微笑んできた。




「お疲れ様…よく頑張ったね。大正解だ。」




わたしは息を大きく吐く。頭のなかは達成感のみが全てを支配していた。




「よかった……」




わたしの勇者さんは結局夜が明ける直前まで寝ずにずっと実と向き合っていた。最初は沢山あった実も徐々に徐々に減っていきその数が減っていくほど二人とも目に見えて焦りが出てきた。




結局上手くいったのは辺りの実をほとんど拾い尽くし、ここに持って帰るひとつを除いた最後の一個だった。




綺麗に割れた実をまじまじと見ながら彼は、その日何度目かのお礼をわたしに伝えゆっくりと後ろに倒れ込んだ。




顔を覗き込んだがわたしの心配とは裏腹に彼の目は見せたことがないくらい希望や達成感に溢れた顔をしていた。




彼もわたしもその時初めて二人して心から笑えた気がした。




...




後々シアさんに聞いたがわたしはそのまま玄関に倒れ込み泥だらけのまま眠ってしまっていたらしい。起きた頃には半日が経っており勇者の姿はそこにはもうなかった。




彼は置き手紙をしており、その内容は


「直接君に挨拶をせず去っていくことを許して欲しい。君のお陰で取り戻せた力を持って村の皆にいま直ぐに謝りたいと思ってな…本当にすまない。たった一日しか君とは過ごしていないが…君は本当に優しい人間なのだと思えた。それに人には無い特別な何かも感じ取れた、君は君自身が思うほど弱い人間では無いと思う。今回の俺の依頼が君にとって人生の糧に少しでもなってくれれば幸いだ。君の成長を願っている。」


との事だった。




最後にお別れができず少し寂しくはなったがわたし達はあのたった一日でお互いを分かり合えた、それだけで充分だった。




目覚めたわたしはゆっくりとお風呂に入り身体を洗い流した。流れるお湯は汚れを落としたが同時に身体のどこにも傷がついていないことを不思議に思った。




風呂をあがりサッパリとしたわたしはオッドさんに事務所のソファーへと促され差し出されたコーヒーを有難く受け取った。




「どうだった?初めての依頼は。」




わたしは飲みかけのコーヒーが入ったマグカップをゆっくりとテーブルに置きオッドさんの目をじっと見つめた。




「正直…」


「すっっっっっごいしんどかったですっ!!でも…」


「それ以上に物凄い達成感でした!」




わたしの言葉をオッドさんは黙ったまま相変わらずの笑顔で聞いていた。




「アズにはね、勇者がどういう人間なのか早く知って欲しかったんだ。彼らは超常的な力を持ってるけど元はただの人間だからね。」




「はい、一緒に過ごして充分わかりました。でもそのおかげで…より深く、あの人のことを知れた気がします。」




「うん。改めてアズにこの仕事を頼んで良かったよ。」




あんなにスパルタに仕事を頼んできたとは思えないほどの優しい態度にわたしは思わず笑みがこぼれた。




コーヒーを飲み終えふとこの一日を脳内で振り返る。




急にわたしはハッとなり忘れていた気になっていたことを尋ねた。




「そういえば、なんであの勇者さんが力を使えないことに気づいてたんですか?」




ずっと横のソファーで黙って話を聞いていたシアさんが急に口を開いた。




「ここに来るあいつらはね、勇者の悩みを聞いて貰えると思ってここに来るのよ。で、自分が勇者だって信じて貰えるようにほとんどの奴らは自分の力を見せてくる。頼んでもないのにね。でもあいつはそれをしなかった、それでもうほぼ黒ね〜。」




(なるほど。こんな僻地までわざわざ来て勇者の悩みしか聞いて貰えないってなるとまずいから、まずはみんな力を見せてくるのか…)




(…ん?!)




わたしはなにかもっと大切なことを忘れていたんだ。オッドさんの方をバッと向き問いただす。




「オッドさん達は彼が力を使えないのを知ってて…わたしはそれを知らずに山に行って…それでわたしを大岩から救ってくれる時に改めて力が使えるようになった……え?、おかしくないですか?だってわたしに仕事を託せる算段があって山に向かわせたってことは、わたしがあんな危険な目に合うってこと…知ってたってことになりません…?!」




オッドさんの方を恐る恐る見ると、一瞬狼狽したが途端にいつもの笑顔に戻り答えた。




「ごめん、全部知ってた、ってより予想ができた、って言った方が正しいかな?アズがいつもの実を取りに行く時のあの道を通るんだろうってこと、もうすぐ大雨が降るってこと、そしたらあの洞窟に向かうってこと、あの辺の地盤が緩んでて大雨が降ると落石してきそうだってこと、洞窟の近くにあの実が沢山生えてること。全部。」




ツラツラと並べられる驚愕の事実に全身の血の気が抜けていく感じがした。




「え…わたしがあんな危険な目にあう事、全部知っててわたしをあそこに向かわせたんですか…?タイミングがズレてたり、勇者さんが間に合わなかったらわたしどうなってたんですか?!」




徐々に恐怖は怒りに変わりオッドさんを質問責めにする。




「あ、それはさすがに危ないと思うからさ。ほら、出発する前に首元にシアさんが魔法かけてくれたでしょ。心を落ち着ける魔法っていうの嘘だから、あれ本当はアズの身体を絶対に守るシールド魔法。落石が当たっても無傷だから大丈夫大丈夫!」




「大丈夫大丈夫、ってわたし死ぬかと思うくらい怖かったんですが?、ってかシアさんも共犯なんですねっ!見損ないましたよっ、うぅ…」




「わ、私はあいつに魔法を頼まれただけよ!他は何も知らないから!ほ、ほら撫でさせてあげるから機嫌戻しなさいよっ」




「お腹。」




「え?」




「お腹撫でさせてくれたら許します。」




「え、ちょっ、それだけはっ!」




「問答無用です!」




わたしはシアさんを仰向けに寝かせ、満足いくまでお腹を撫で回しついでに全身に頬ずりもしておいた。んなぁ〜、と小さくうなりながら嫌がりながらも耐える彼女を充分に堪能し解放した。




その傍らでそろりそろりと事務所から出ようとするオッドさんの方に振り向き大声で制止する。




「オッドさんには話終わってないですけど…?」




「あはは〜、そうだよね〜」




彼はぎこちない笑顔でこちらに戻って来たかと思うとこれ以上なく綺麗な土下座を私の目の前でかましてきた。




「本当にすいませんでした。」




彼の声色と態度で、きっと本気で謝ってくれていると信じ、腰に手を当てわたしは大きく溜息をついた。




「はぁ〜っ、もういいですよ…わたしを想って色々根回ししてくれたんですよね?、今回色々成長出来ましたし、もうこれで終わりでいいです…」




わたしの言葉に彼は土下座から上体を上げパアッとした笑顔でこちらを見上げた。




「ただし!今度同じような感じで仕事をやらせるなら…頭のいいオッドさんなら分かりますよね?」




彼は再び表情を曇らせ申し訳なさそうに返事をした。




オッドさんのなかなか見れないオドオドとした姿にここ数日の鬱憤も晴らせた私はスッキリとし一度自分の離れに戻った。




残された事務所には抜け殻のようになった二人が残されたままだった。




「アズって怒ると、怖いね……」




「んなぁ〜……」




...




その日の夜わたしは今回の仕事で感じることが出来た色々な感情を整理しながら床に就いた。




いま思えば仕事の無茶振りも実は少し嬉しかった。中身を見れば飛んだハチャメチャだったが、たった一ヶ月しか一緒に働いていない自分をこんなにも信用して任せてくれていることが言いようもない喜びに感じた。




わたしはあの二人のことが大好きなんだ。もっと二人と色んな仕事をしたい。もっと二人のことを知りたい。




明日はどんな日になるだろうか。




ニヤケながら眠りについたわたしはその日、ある夢を見た。嫌にリアルな夢。




横たわるわたしの傍には人影のようなものが。


それを触ろうとするが、必死に手を伸ばせば伸ばすほど遠くなっていく。


気づけば白い光の塔が何本も私の周りを埋め尽くす。


わたしの意識はそこでプツンと切れそれと同時に夢も終わる。




この夢になにか意味はあるのだろうか。


消えゆく意識の中わたしは暗闇に身体を委ねる。

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