第四話 「剛腕の勇者」 ③

事務所を旅立ってわたしと勇者さんの間にはしばらくの沈黙が流れた。このたった一日の外出を旅と言うにはいささかおこがましいが、思い出作りや何か新しい経験を得ることができる行為を旅と言うのであればあながち間違ってはいないだろう。




 頭の中に渦巻いている様々な思いを言葉につむごうと努力するが一向に第一声に見合う言葉が思いつかない。わたしが頭をフル回転させて言葉の整理をしていると沈黙に耐え切れなくなったか勇者さんの方から言葉を紡ぎだした。




 「信頼、されてるんだな...うらやましいよ...」




 思いもよらぬセリフが彼の口から発せられどぎまぎしたが何とか言葉を返す。




 「そそそんなことないですよ...むしろオッドさんに関しては面白がってる風に見えましたし...むしろわたしで、なんか、すいませんて感じです...はい。」




 半ば強引に押し付けられた無理難題に頭を支配されているせいか気の利いた言葉が全く思いつかない。そんな私の返答に一瞬気まずい空気が流れたと思ったが彼は構わず続けた。




 「いや、あの人の眼からは得も知れぬ凄みを感じたよ...猫の彼女からもとてつもない力を読み取れたし...そんな人たちに仕事を任せられるなんて。君も何かを特別な何かを持っているんだと思うよ。それに比べて俺は...ただ急に勇者の力に選ばれただけで、もとは周りとなんも変わらないただの一般人なのに...」




 憔悴していく彼を見て何か良いフォローをすぐに向けてあげることができればいいのだが、そんなことを思考する時間を埋めるようにまた訪れる沈黙を恐れてかわたしは思ったままに言葉を返した。




 「勇者さんって、私が思ってたのと全然違いました。あ、決して悪い意味でなく!わたしが教会で読んだ本には勇者を完全無敵の超人みたいにもてはやす内容しか書かれてなかったので、なんか、思ったより普通の人もいるんだなって。なので少し...安心しました。少なくともわたしにはあなたがとても優しい方なんだっていうのが伝わりますし...」




 「...彼らが君を選んだ理由がなんとなくわかった気がするな。」




 「?」




 そう言いながらもなぜかばつの悪そうな顔をしている彼をこの時のわたしはさして気にもしなかった。




 ある程度会話をするとわたしは土を踏みしめる音や風で服がすれる音を気にしなくなるくらいにはさっきより沈黙も嫌ではなくなっていた。




 しばらく歩いたわたし達はとうとう目的の山にたどり着いた。




 「オッドさんの言う通りだとこの山に何かがあるとは思うんですけど...」




 「とりあえず登ってみるか。」




 わたしは言われるがまま彼の後をついていく。ある程度登ったところで二人して立ち止まり顔を見合わせる。恐らく思う気持ちは一緒だろう。




 「特に...これと言って特別なものはないな...」




 「ですねぇ。」




 このままではらちが明かないと思いわたしは道中色々と画策していたことを彼にお願いした。




 「あ、あの!とりあえずと言ってはあれなんですけど...勇者さんの力を一度見せて下さることは可能ですか?そしたらわたしも、なにか、もしかしたらですけど力の制御方法を思いつくかもですし...確証はないんですけど、アハハ...」




 わたしの言葉に彼は曇った表情を見せ、息を一瞬吐いたかと思うときゅうにわたしの前に正座をし頭を地面に打ち付けた。




 「すまないっっっっっ!!!!!!」




 驚愕するわたしを一切見ることもせず彼は地面に向かって叫び続けた。




 「力が...使えないんだっっっ......!!!」




 「ど、どういうことですか?!」




 彼は顔をあげたかと思うと私と目も合わせずに苦しそうに語り始めた。




 「大切な仲間たちを傷つけてしまったトラウマ、なんだ...あの日から力を込めようと頑張っても全く使えないんだ...怖いんだよ...俺の力でまた関係のない人が傷つくのが...隠していて、本当にすまなかった...ただ、あの人たちは最初から気づいていたんだ...ここを出るときにこっそり言われたよ...彼女に隠してることちゃんと言ってくださいね、って。」




 (力の開放もできない...それから制御も...たった一日でこんなの。絶対m...)




 途中まで考えたところでわたしは首をブンブンと振り、後ろ向きな思考を無理やり吹き飛ばした。これまで貯めていたもやもやとした感情を貯めていたなにかがプツンとはじけ飛んだように感じた。息を思いきり吸い込み佇む木々に向かって叫んだ。




 「オッドさんのっ!!!!バカヤローーーーー!!!!!!!」




 突然の怒号に彼は座り込んだまま体をびくつかせわたしの方をまんまるな目で見つめている。




 「はぁっはぁっはぁっ...すいません...急に...はぁ...大声出して...」




 「い、いや俺は大丈夫だが...」




 昨日からのうっ憤を思いきり吐き出したことで頭の中はすっきりとし、それと同時にふいに笑いがこみ上げてきた。




 「あーーっ、すっきりした!!!、ほんっと無理難題が多すぎるんですよっ...でも、もう悩むのはやめます。それに...今はさっきの勇者さんの言葉を信じることにします。」




 「?」




 「あの人たちに信頼されてるって。わたし、もう迷いません!無茶ぶりばかりでちょっと疑心暗鬼になってたところはあるんですけど...今はもうただ、あの人たちの信頼を裏切りたくない!...なので...くよくよしてないで、一緒に頑張りませんか...?」




 彼は唇を小さく震わせながらうるんだ瞳を隠すかのように俯き、小さな声で何度も、ありがとうとつぶやいていた。




 「とりあえずわたし、勇者さんのことをもっと知りたいです!」




 わたしたちはどこかゆっくりと腰を落ち着ける場所を探し、やがてちょうどいい切り株を見つけその上に腰かけた。こんなに悠長に構えている時間があるのかと言われると決してそうではないのだが、わたしにはこの困っている彼のことをもっとよく知っておきたいと思った。根拠はないがそれがなにか解決に繋がるのだと心の隅では思っていたのかもしれない。




 彼はポツリポツリと自分の生い立ちを語ってくれた。両親は自分と弟妹を残し早くに亡くなってしまったこと、妹がちょうど私と同じくらいの歳だということ、そんな自分たちを村の人たちみんなで支えてくれたこと、勇者になってからは村に今までのお返しができると魔物退治に奮闘したこと。




 そして自分が起こしてしまった事故のこと。鉱石採掘で緩んでいた地盤に強すぎる力で衝撃を与えてしまったことにより洞窟の一部が崩れてしまったらしい。彼が言うには自分の打撃は広範囲に振動を与えてしまうため狙ったところ以外にもその衝撃が伝わってしまい起きてしまったのだと教えてくれた。




 わたしは事故の原因についてなにか少し引っかかる部分があったが今は話を続けるために深く考えないことにした。




 「妹がな...君ほど出来た子だとは言えないんだが、こんな俺をとにかく信頼してくれてるんだ...事故の後も、ここに来る前にも、ずっと励ましてくれて...」




 「わたしはそんなっ...でも、素敵な妹さんなんですね。妹さんもあなたが元気になって帰ってくることを待ってると思います、それにきっと村の皆さんもそう。他人のためにこんなに必死になれるあなたを嫌う人なんて、きっと...いないと思います。」




 彼は少しだけ寂しそうな表情を浮かべたがわたしの方を向くと同時に優しく微笑む。




 「そうだな、みんなの為にも俺はこのままじゃ帰れない。」




 彼との距離が縮まった気がしたが問題は彼のトラウマをどう克服すればいいかということ。ない脳みそをフル回転させ必死に考えるが突如として脳を刺激したのは自分の腹の音だった。




 ぐぅぅぅ~




 「すすすすすいません!...朝から何も食べてなかったせいで...あ、あの私もこのままじゃ現状を空腹のせいにしちゃいそうなのでっ!、よ、よかったら一緒にご飯食べませんか?勇者さんのも作ってきたんです。ただのサンドウィッチなんですけどね...えへへ..




 彼はわたしの腹の音など微塵も気にすることなくただ、いただくよ、とだけ言い私が差し出したサンドウィッチを箱から手に取り頬張った。




 「これ...」




 一口食べそれをよく噛み締めたのちに彼がぽつりとつぶやく。




 「水牛のチーズか...?」




 空っぽの腹を満たすために勢いよく口に入れたそれらはわたしの第一声を派手に邪魔した。




 「ふぁっふぁい、ふぉうですけど...?」




 急いで飲み込もうと必死になりながら返事をしたわたしを彼は軽く微笑みながら一瞥し、また手に持っているサンドウィッチへと視線を戻す。




 「俺の村でもこのチーズが名産でね...妹が似たようなものをよく作ってくれて、それを思い出したよ...美味しいな...元気が出たよありがとう。」




 ようやく口を空っぽにできたわたしは、どういたしましてとだけ言い空になった箱を片付けた。腹も満たし今一度解決法を思考錯誤しようと熟考しようとした瞬間わたしの腕に小さい何かが急にまとわりついてきた。その小さな一粒一粒が徐々にわたしの身体全体を刺激し同時に周囲の木の葉が揺れ始め、ザーッという音と共にあたりを濡らし始めた。




 「あ、雨っ?!、こんな時に次から次に...!」




 「相当強いな...とにかく雨宿りをできる場所を探すぞ!」




 彼はわたしの手を引っ張り自分もそれに応じてぬかるんできた地面を必死に踏みしめながら山を登った。




 「この辺に洞窟とかは?!」




 「もうちょっと上った場所に小さいですけどあったはずです!」




 雨は音も景色も周囲を飲み込むような強さで降り注ぐ。お互いにその音に消し去られないように必死になって叫び合った。




 わたしはまだ見えぬ洞窟を目指しながら濡れる身体が気にならないくらい、つい考えてしまった。




 (どうしよう、なんでこんなときに...とりあえず洞窟に行って、それから、それからっ...!)




 焦る気持ちがわたしの歩を早める。




 そしてやがてここを登り切れば目的地、というところでぬかるんだ地面に足を取られ派手に転んでしまった。掴んでいた手も離してしまい派手に数メートル滑り落ちてしまう。擦りむいた脚など気にせず立ち上がろうと上を向き再び登り始める。わたしに手を差し伸べる彼の手を掴もうとしたときに突然わたしたちの上から黒い大きな塊が現れた。




 わたしは一瞬でその黒い塊が高速で転がってくる大岩だということを理解した。必死に呼びかけ後ろを振り向いた彼もすぐにそれを把握し、そこから逃げようと掴む手にさらに力を込めた。




 だがこの泥だらけの地面は決してわたし達を離してはくれなかった。大岩はそんな必死になるわたしたちを気にも留めず転がり続け最早十数メートル先まで近づいてきている。




 抗えもしないその景色に絶望し、もう間に合わないと俯き目を閉じた瞬間彼がわたしを掴んでいた手を急に振り払いボソッとつぶやいた。




 「これ以上...これ以上俺のせいで誰かが傷つくのは...!」




 その刹那暗闇のなかでわたしの鼓膜にとてつもない轟音が鳴り響いた。

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