第三話 「剛腕の勇者」②
男はこの近くで野営をしているとのことで一度帰ってもらい、いつも通り三人だけとなった事務所で熾烈な会話が繰り広げられる。
「むりむりむりむり、無理ですよーっ!!!!!!、私一人で勇者さんの力になれることなんてぜんっぜん見当もつかないですもん!!!」
「あはは、まぁまぁ...あの勇者の悩みは力の制御だったからね。僕の算段だとそこまで時を急ぐ案件でもないしさ、まぁどうしても駄目だったら僕がどうにかするから...一度力になってあげない?」
「ったく...あんたはいつも説明が足りないのよ...いきなり任されて、はいどうぞはそりゃこうなるわ。」
シアさんの正論を喰らったオッドさんは申し訳なさそうに私にこう付け加えた。
「ごめんごめん、結論を言うとね。もう僕の中では解決法を思いついてはいるんだ。しかも結構シンプルな方法でね。ただそれを伝えるだけだと彼の為にならないじゃない?それに思考を巡らせて閃いた力の方がより身につくと思うんだ。だからアズには彼と一緒にそれを考えてあげて欲しくて。」
「いろいろ言ったけど本音を言うとね、アズにも色々経験を積んでほしくてさ。今よりもっと働き甲斐を感じてくれたらなぁって...ダメ、かな...?」
わたしはオッドさんの優しくも真剣なまなざしからどうしても逃げることはできないんだと察した。助けを求めようと一瞬シアさんの方に目を向けるも欠伸をしながら毛づくろいに勤しんでおり我関せずであった。
「わ、わかり、ました...頑張ります...」
私の不安な心情を光が影を消し去るかのようにオッドさんの顔はパァッと明るくなる。
「そう言ってくれると思ったよ!」
きっとこの人はわたしがこう答えることもすべてお見通しだったのだろう。視界に映る彼の存在はわたしにとってそれだけ絶対的でもあり、かつ安心感のある人物となっていた。
「でも本当にわたしには解決法なんて皆目見当もつかないんですが...わたし人を殴ったことなんて一度もないんですよ?」
「あはははは!そこに期待はしてないから安心して!まぁとりあえず明朝にまた彼がやってくるからその時また説明するね。」
「な、なんか馬鹿にされてる気が...まぁ、わかりました...」
そこで話は一旦終わりを迎え私の心には一抹の不安を抱えたまま通常業務に戻るのであった。
しばらく書類整理や掃除をしていたが仕事が手につかないわたしを見かねてシアさんがてくてくと歩み寄ってきた。
「一緒に山まで行くわよ。」
急な提案に驚いたわたしはオウム返しのように返答することしかできなかった。
「や、山ですか?」
おそらくこの建物から近くに見える距離にあるあの山のことだろうとは理解した。というのも一度、その山に生えている「ペコの実」で作ったパンがどうしても今日食べたい、とシアさんがごねた時があり一緒に山まで例の実を採集しに行ったことがあるからだ。
「そ。あんたの作った‘ペコパン’がまぁまぁだったから今日も食べたくなってきたの。ほら、準備して。」
そう言い放ちひょいっひょいっと軽快に家具を飛び越えながら離れていく彼女はもう玄関でわたしの合流をじっと待っている。
「で、でもわたしまだ業務がありますし...」
「僕がやっとくから行ってきなぁ~」
奥で新聞を読んでいたオッドさんは手をひらひらと振りながらわたしに同行を促してきた。彼の嫌なくらいにやにやした表情が気になったが、そういうことなら、と急いで準備をし玄関へと急いだ。
玄関を出てからしばらく沈黙が続いたがとうとう聞きたかったことが口から溢れ出てしまった。
「あ、あの~、もしかして気を使って息抜きに私を連れ出してくれたりとか~...」
「はっ、はぁ~~~???、そ、そんなわけないじゃないっ、わわわわたしはただペコパンが食べたいだけ!!!それ以上軽口叩いたらひっかくわよっ!?」
慌てふためき全力で否定してくるその姿に思わず笑みがこぼれる。それと同時に肩の荷も軽くなったような気がした。
(この人は本当にやさしいんだなぁ...)
「ですよねっ、じゃあ美味しいパン作るんで機嫌直してくださいね。」
「ふんっ」
わたしはさっきより軽快になった歩みで山へと足を運びたくさんの実を採集した。十分な量が手に入ったので帰ろうとシアさんを探すが近くに見当たらない。
「シアさーんっ、帰りますよー!」
ありったけの声で叫ぶと視界の隅で黒い影がちらついたかと思うと急に目の前の木から彼女が素知らぬ顔で飛び降りてきた。
「何してたんですか?」
「内緒。」
「?」
質問をはぐらかされたが彼女はそそくさと山を下っていったため私もこれ以上は聞かず足元に気を付けながら後を追っていった。
帰路についたわたしは早速ペコの実の下ごしらえに取り掛かった。この実は異常なほど硬い殻に覆われており仕込みに少しコツがいるのだが、初めてこの実を取りに行った日に悪戦苦闘しているとシアさんは様々なアドバイスをくれた。そのお陰もあり今ではペコパンも立派な献立のレパートリーになった。
・・・
急な料理の要望もあり晩御飯の準備が完了したころにはすっかり日が暮れていた。三人で囲む食卓も端から勇者からの依頼などないと思えるほどいつも通りだった。やがて一日の業務を終わらせ離れに帰り床に就きながら一日を振り返る。
(私がここに来て初めての依頼...ここで働く以上いろんな仕事はやるつもりだったけどまさかこんなにいきなりなんて。やっぱり不安だ、わたしにできること...)
わたしはようやく整理できていたいろいろな出来事をまたばらばらに崩すかのように様々な思いを張り巡らせながら眠りに落ちた。
朝目覚めて着替えを済ませすぐに事務所に向かうと、そこには昨日と同じくソファーに腰かける勇者の姿がそこにはあった。
「あ、すいませんすぐにお茶入れますね!」
「もう入れてるよ~」
奥からオッドさんがカップを持ってこちらに足を運んできた。
「す、すいませんやらせちゃって!!」
頭を深々と下げ非礼を詫びようとすると食い気味に勇者が諭してきた。
「いや、俺が早く来すぎてしまったんだ、気持ちが急いでしまってな...すまない。」
テーブルにお茶が並ぶと奥の方からシアさんも眠たそうにソファーに飛び乗った。四人でテーブルを囲み早速オッドさんから説明を受ける。
「じゃあ約束通りこの娘があなたの依頼を担当してくれます。新人ですがきっとあなたの役に立ってくれるはずです。」
この言葉に昨日のことは夢ではなかったと再認識させられる。ニコッと笑いながら一瞬こちらを見るオッドさんの顔を私は直視できなかった。
「さて、できることなら悠長にあなたの依頼を彼女に任せたいのですが、こちらとしましてもこの娘がいないことで事務作業が滞ると何かと不便ですので...彼女に任せる期限を明朝までとします。もし万が一、何も解決できなければ僕がすぐに担当させてもらいますが...僕のやり方は少々手荒な方法になりますのでどうかご理解を...」
「ちょちょちょっと待ってください!!!???、みょ、明朝まで????聞いてないです!そんな短時間でどうやっt...
私の言葉を遮りながら顔を覗いてくる彼の眼力に思わずすべての感情が吸い込まれる。
「アズ?やってくれるね?」
「!!!!...は...はい...」
わたしは口から魂が抜けたかのようにソファーにへたり込んだ。
(ス、スパルタすぎる...)
絶望する私をよそ目にオッドさんは話を続けた。
「僕からのヒントは一つだけ。『山に向かえ』です。あ、明朝まではここに帰ってきてはだめですからね。あ、そうそう。アズ、寝袋を持って行ってね。」
「ハイ、ワカリマシタ。」
もはや反論する気力は残っておらず空返事で返答することしかできなかった。黙って聞いていた勇者も思うところがあるのか不安そうに問いかける。
「り、理解はした。だが本当にこの娘がわたしの悩みを解決してくれるのか...?」
オッドさんはこれ以上ないまっすぐな瞳で即答する。
「えぇ。この僕が彼女に任せるんですから。」
勇者もオッドさんの眼に何かを感じ取ったのか、これ以上何も言うこともなくただ、わかったとだけ言ってこの話は終わった。
わたしは山で野宿をする用の荷物を準備した。色々考えすぎてしまって逆に何も考えが浮かばず無心になってしまった私の肩に急に重みがのしかかる。
「シャキッとしなさいシャキッと。」
シアさんが肩に乗ったまま叱責してきた。
「いやほんと、次から次へと、もう何が何だかで...」
彼女はうだうだ言う私の首元にポンッと柔らかい肉球で触れ肩から飛び降りる。
「心が落ち着く魔法かけといたわ。ま、まぁ?わたしもあんたにはちょ、ちょっとだけ期待してるんだから...頑張ってきなさい。」
魔法が効いたのかわたしは薄れていた平穏な心を少しずつ取り戻すと同時に、彼女が普段なかなか見せない真っすぐな激励に元気ももらえた。
・・・
準備を終え出発の時間になりわたしは玄関で呼吸を整えながら靴を履き終える。ふと後ろを振り向くとオッドさんが勇者に何かこそこそと話しているのが見えた。
(耳打ち...?、まぁ後で聞いてみればいっか。)
わたしの目線に気づいた勇者は急いでこちらに近づき、よろしく頼む、とお辞儀をしてきたのでわたしも申し訳なさそうな顔で会釈をした。
息を大きく吐き捨て後ろを振り向き決意を固める。
「行ってきます。」
事務所に残る二人に大きくお辞儀をし扉に手をかけた。
・・・
二人の出ていった事務所にしばしの沈黙が流れたがそれを切り裂いたのはオッドであった。
「シアさん、ほんっとアズに優しいねぇ」
にやにやとしながら棚の上にいるシアに話しかける。
「なっ...なんのことよっ!」
「またまた~、さっきのもそうだし、昨日だってあぁやってヒントあげてさ、それn
「それ以上言ったら殺すわよ...」
「あはは、ごめんって、まぁでもあの娘なら大丈夫さ。気長に明日を待とう。」
二人の空間に再び静寂が訪れた。
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