第6話 屋上と風
夏休みはそれはそれは退屈だった。
30年間毎年毎年、生徒たちには至福であろう長期休暇は私――怜奈にとって苦行以外の何物でもない。
普段は別にいい。
校舎は生徒でいっぱいだし、授業だって現役で通っていた時は面倒くさくてしょうがなかったけれど、真面目に聞いていたら段々面白くなってきた。
流石に何十年も学校にいたら高校の範囲はほぼ覚えてしまう。
授業にも飽きてきて、ここ何年かは特に好きな歴史か、調理実習か、校舎内から見る体育で暇を潰してブラブラ過ごしていたのだが、陽一と出会ってからは専ら彼のクラスに入り浸っているといった状況だ。
陽一の存在は、私の今までの幽霊人生をぱっと輝かせてくれた。
陽一だけじゃない。
私が勝手に友達だと思ってしまっている、悠介くん、斗真、篠田を合わせた4人が周りにいる日常はたまに鬱陶しくなるくらい騒がしい。
私が30年前、この校舎から中庭を跨いだあの女子棟で過ごしてた青春の続きがボリューム3倍で押し寄せてきた感覚だ。
私は階段を上りきり、扉をすり抜けて、屋上に足を踏み入れた。
風が強いのは分かる。
けれど、自分の身では何も感じない。
陽一の部活の練習場所、テニスコートの方に目をやった。
私は男子棟から離れるとたちまち気持ちが悪くなってしまうから、皆の部活の様子を知るにはこうやって屋上から遠目で見るしか方法がない。
今までそれで満足できていたのは、探す人がいなかったからだ。
ここからじゃ、誰が陽一かも分からない。
夏休みが終わって久しぶりに会った陽一は、今日一度だって以前のように笑っていない。
陽一は心配をかけまいとしているようだけど、霊体として、何十年も人を見ることしか出来なかった私はその曇りを見逃せなかった。
今日、部活に行く前の陽一の表情が頭に焼き付いて離れない。
夏休みの間に陽一に何かあったんだ。
きっと、部活で。
陽一には感謝してるし、力になりたい。
陽一を困らせているもの知って、一緒に悩みたい。
そのためには、私がこんなんじゃダメなんだ。
私は一つ決心をして、染まり出した空を見上げた。
――『あなたとわたし』編、開幕
『月刊 シンデレラ』は、男子棟屋上より望月怜奈がお送りしました! 寒川吉慶 @7945
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