紐使いお嬢様

@hurrytom

第1話 紐使い

郊外から外れた山道。

街灯もまばらなその道を色気も何もない黒色の4WD車が走る。

フロントライトがなければ夜道に完全に溶け込みかねないそれは法定速度を神経質に守るように走っている。

余計なことに巻き込まれぬような神経質さが車から出ている。

その神経質さの源は助手席の男だろうか。

深い彫りのある顔とワックスでまとめた髪、黒スーツの上からでも分かる引き締まった体、そして色付きメガネの下からでも分かる猛禽を思わせる眼差し。

道端ですれ違うならほとんどの人間は道を譲るだろう。

運転席に座る猛禽の男に比べればスーツの着こなしがはるかにだらしない男もその緊張感に包まれ表情が引きつりながら運転している。


「…そろそろだな」

猛禽の男が窓に目をやり呟く。

「え、ええ。あと10分ってところですか」

緊張が喉に詰まった声で運転手が応える。

「急ぐ必要はない。確実にいけ」

その声はまるで木の上から見た者の目を抉る梟のようだ。

「勿論です。確実な仕事…ですよね」

「確認しなくてもいい」

「す…すいません」

社内にまた沈黙が支配する。

その冷え切った沈黙に耐えられなかったか運転手が口を開く。

「いや、最近はこの仕事が多いですね。この道にももう慣れちまいましたよ」

「……あまり多いのはよろしくないんだがな。ばらまいて埋めるのも手間がかかる」

「でもアニキがわざわざ”運び”を手伝わなくても」

「大きなシノギが動いてる。どこも人手不足だ。雑用ぐらいはこなすさ」

「さ、流石ですね」

「効率の問題だ。”運び”は最低でも二人いる。お前以外運転手がいなきゃ使い走りもするさ」

「ハハハ…下っ端もあっちこっち行ってますからね。こんだけ派手になると他の組から目をつけられかねませんけど上はなんかあっても受けて立つってことですかね」

「さてな…」

猛禽の男ははっきりと答えない。

彼にとって答えるべき相手でもないのだろう。

「アニキなら…大丈夫なんでしょうけど、俺はちょっと怖いんですよ。

よその鉄砲玉がうちのシノギの報復で動いてるとか…

伝説の”紐使い”まで出てきたとか…」

震え気味の声で運転手は言う。

その弱音に猛禽の男は鼻を鳴らす。

くだらないことを聞いたという息の音だ。

「紐使い…な。紐を繰り人間をバラバラにする伝説の報復屋か。

ピアノ線か鋼線かしらないがな。

そんなもん三文小説のおとぎ話だ。

そもそもそんな殺しに何の意味がある。

殺すならこれで十分だろ。」

と胸を叩く。

ゴンッと硬い金属音が鳴る。

「そ…そうですよね。縄跳び振り回すんじゃないんだ。

できっこないですよね」

「そういうハッタリが効いたころの時代の与太だ。

お前はお前の仕事をしろ。そろそろ付くぞ」

「は…はい」

車は山道を抜け巨大な工場の前に近づいていた。



4WDが着いたのはかすれた看板から判読できる部分からアスファルト工場と書かれている。

夜闇でも鈍く音を立て薄暗い電灯が点っている。

正門の前に4WDが横付けされると門が開かれる。

開くと同時に待機所から複数人の工員が駆け出てくる。

助手席の窓を開けると猛禽の男が工員に声を掛ける。

「今回は4だ。溜まってはいるだろうがきっちりバラして混ぜろ。

埋めるところは前回と違うところにしろよ」

「ハイ。ご苦労さまです」

指示を受け工員達がバックドアをあけ防水ビニールで包まれ厳重に縛られたものを運び出していく。

「埋めちまってもいいと思うんですがね。上も神経質だ」

無事運び終えた安心感からかやや軽い口調で運転手が言う。

「シノギのデカさいと思ってるなら想像つくだろ。大きなリスクを処理するなら当たり前の手間だ」

「すいません」

猛禽の男が不機嫌な解答をしたあとに工員が窓越しに声をかける。

「どうした?」

「ブツから液漏れがすこし…。 そいで車内に垂れてまして。

申し訳ありませんが戻りは別の車にしてもらえますか?」

猛禽の男は出かけた舌打ちをどうにか抑えた。

いい加減な仕事だ。

ただでさえリスクのある仕事なのに後始末がいい加減なのはまったく気に入らない。

こいつは車屋と包み屋の仕事も十分できないのか。

猛禽の睨みを受けて運転手の顔は血の気が完全に引いている。

「…移るぞ。説教は帰ってからだ」

使えないとはいえこいつは足だ。ヤキを入れて工員に運転させるわけにもいくまい。

車から出ると工場の駐車場に向かって足を向けることにした。

この工場で駐車場の近道は工場を通り抜けることだ。

慣れてるとはいえアスファルトを合成するための熱と匂いに不快感を覚えつつ猛禽の男は歩く。

…そこで大変場違いのものを見た。

通路の真ん中にまるでどこかの国の貴族かお姫様がまとうようなドレスを着た小柄な少女が立っていた。


「ご機嫌よう」

銀色の髪を下げ少女は花のようにほほえみながら挨拶をしてきた。

「な…なんだてめぇは?」

あまりの場違いさに動揺しながらも運転手が威嚇する。

「はじめまして。私”紐使い”と呼ばれているものです。願いの約定に従いまして貴方様方のお命を頂戴しに参りました」

優雅な一礼。

バレェでもみているような仕草だ。

そのガラスの鈴でも鳴らしてるような透き通る声に運転手は唖然としている。

あまりに悪い冗談だ。

こんな薄汚い工場にふさわしくない格好をしているくせにこの女は工場の汚れを一切浴びていない。

「冗談なら受ける気はない。今なら許してやる。頭下げてとっとと消えろ」

声から威圧を混ぜ猛禽の男は言い放つ。

「私も楽しい冗句なら良かったのですが…これも仕事ですので」

困ったように小首をかしげる少女。

「…冗談で済ましてやるといったのにな」

運転手に促すと懐に手を入れる。

その瞬間、何かが千切れる音が響いた。

そして昔聞いた水風船が破裂するような音が耳に叩きつけられた。

熱いものが顔に、体に叩きつけられる。

「?!!!」

自分の右後ろに赤いシミが広がっていた。

嗅ぎ慣れた匂いが鼻を満たす。

赤いシミはあちこちに飛び散りよく見れば手のようなものや足のようなものがあたりに飛び散っている

「約定によって紐使いの業にてあなた方を土に返します。

貴方様がその人生を止めた方、ここの工場で肉を土に返せぬほど粉々にされ轍の道に埋められたことへの報復、どうぞ受け入れてくださいませ」

少女の手に握られている太い紐…紐なのか?

それは工場に吊り下がっていた運搬用のワイヤーだ。

特殊な鋼線で編まれたそれが少女の手に握られている。

まさか…天井から下がっていたそれを…千切ったのか?

「ま…まて!」

あまりに脳が理解を拒む行為だ。ゴリラでもそのような真似はできない。

「紐使い…紐使いならそんな…そんな…もっとピアノ線とか」

言葉がまとまらない。

伝説の報復屋というものならもっと漫画にでるような切り裂く糸とかそのようなものであるはずだ。

ワイヤーをあの役立たずの肉体を衝撃でバラバラにするようなそんな業であってほしくない…!!!

「何を勘違いされてるか知りませんがこれも立派な紐ですわよ。現地調達…フフッいい言葉ですわ」

ふざけるな…! そんな華奢な体で男性数人が設置にかかるワイヤーを振り回すなんてふざけた真似が許されるか!!!

体は竦んでいても両手をはるかにこえる人数を仕留めてきた猛禽の男だ。

胸に仕込んだ拳銃を取り出す動きによどみは一切ない。

こいつが化け物でも銃で撃たれれば人間なのだから死ぬ。

死ぬに違いないのだ!

迷いなくそして最短の動きで狙いを定め引き金を引こうとした。


空気が 爆ぜた


鞭は使い手さえよければ先端は音の壁を超えるという。

それが猛禽の男が最後に思ったモノだった。

弾けた空気と同時に金属で編まれた紐は猛禽の男の脳天に食い込みそのまま骨を砕きその衝撃で内部の血を皮から弾き出していった。


「さて…第一の仕事は終わりましたわ。

あとはここに働いてる方も約定を果たしませんと」

銀髪の少女はまるで軽い縄跳びでも持っているようにワイヤーを引き戻すと微笑みながらまるで踊るような足取りで工場内を歩き始めた…


第一話「紐使い」 ー了ー

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