「バベルの塔・未来」
@Ichiroe
「ギルド・ガヴリール」前半
「まだ彼のことを、気にやんでいるのか?」
憂いげに眉を顰め、須川 誠司はそう問い掛ける。
——違う、そうじゃない。
口を開けたままでいる、艶のある長い金色の髪を蓄えた小柄の少女はそう答えようとしたが、言葉は喉から出かかって呑み込み返されてしまった。
それは俄然と彼の顔を思い浮かんだからだ。
あの憎たらしく、何時もニヤーっとした顔で突如と現れる奇妙な青年が未だこの世界で生きていたのは、ほんの数個月前の出来事だった……
そのことで黙り込んで沈思していた少女は、脳の裏に纏り付く暗雲を払い消すかのように、頭を横に振り続けた後、顔を強張らせて誠司の方を向いて落ち着いた声で言い出す。
「大丈夫です。依頼の件について話を進めてください」
生暖かな目をしながら、誠司は彼女に微笑みかけて肯首し、相槌をした。
「まずはこの資料を見てくれ」
合間もなく両のソファの間に挟んで置かれた長方形の栗色の机の上に差し出された書類を両手で受け取り、そのまま持ち上げて確りと一行一句に目を通していくと、少女は俯きながらも驚異な口調で誠司に訊いた。
「これは……あの第三層に住み着くシャドウの資料ですか?!」
「そうだ」
誠司は空かさず答えた。
「何故うちのようなギルドに、そんな大きな仕事を……?」
顔を上げたを少女は不可解な表情をしてそう尋ねる。
「過小評価だな」
と対面のソファに座った誠司は重ねた高級材質の黒いスーツのズボンを履いた脚の太ももの上で手を輪のような形に組み、彼女の疑惑を吹っ飛ばすような自信に溢れた眼差しを放り出して、茫然としている少女に一先ずそう短く答えてから、一つ喉払いをし、厳粛に話を続けようとしている。
「規模は小さくでも、君のギルドはほとんど軍隊や兵団出身の精鋭揃えである。リーダーの君を除いて、他のメンバー達には多少性格的な問題があるようだのが、この依頼をこなすには十分相応しい逸材なのだと、僕はそう思っているよ。セレナちゃん」
初めてそんなに真面目な評価の言葉を受けて戸惑ったからか、少女はぽかんと誠司を見る目を大きくしながら、口を噤んだ。
ほんの僅かな時間が過ぎて、対応するのに反応が間に合わなかったセレナは慌てた様相で、幼い外見と相応に聞こえる稚い声でたった一言を吐き出した。
「……わ、わかりました!」
✲✲✲
新暦に生きる人々が住み着くこの世界をバベルの塔と名付けたのは——シャウエン・ダリウス。二百年前の移民運動を組織した、かの英雄だった。
その時代で、高度に発展し過ぎた文明の産物として生み出された終末のウイルスが、地上で薄い紙に燃えついた火のような速さで蔓延し、多くな命を奪っていた。
空気伝染するそのウイルスから逃れるために、世界一部の権威者は自分の身だけを案じて宇宙に飛び込んだ。残された人々のために築き上げられたのが、このバベルの塔という二百前の黄金時代の超科学技術の結晶、地下エリアを含めて総計11層の超大規模な建筑物である。
だがその全貌を知る人は創始者達以外、未だ誰もいない。
長い年月の間、地下と頂上の浄化槽からこのバベルの塔に侵入しようとする終末のウイルスに感染した生物の成れの果てである、影のような真っ黒な攻撃性の高い生物——シャドウが多くいたが、大抵は塔の自動防衛システムに払われた。だが特に凶暴な異変種が存在している。それらの侵入によって、人類は塔の高層と低層から離れ、繋がるゲートを閉じ、生活エリアは徐々に中層に限られていた。
失なわれたを取り返すために、塔の管理中枢機関である長老会の下に集められたのが、各エリアからの適正者達である。
技術者達が研発した、終末のウイルスから抽出した特殊材質を他の物质と融合して作られた対シャドウ用武器——ライト。
人がそれを使う前に、終末のウイルスに抵抗を持つ体質を持たせるためにはワクチン注射の必要がある。それによって、適正者であるか否か、注射してからの二週間後の血液検査で判断される。
適性を持っていれば持っている程、その血はより濃い青色に染める。
適性を一定以上超えた者は、長老会直属の軍隊に入るか、塔内の治安を維持する兵団に入る。
一定以下の者もライトの所有を認められるが、入れるのは権限が一番低い民間適正者組織——ギルドになる。
人員不足の問題を防ぐために、軍隊、あるいは兵団は手が回らない事件をギルドに依頼し、それと相応した報酬を払う。そんなシステムが存在している。
「バベルの塔・未来」 @Ichiroe
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