小さな姉と大きな弟

惟風

実家のような安心感

「家出人を探しているんです」


 髪の長い女はそう言った。探偵だとも。

 若い男の画像をスマホで見せてきて、誘拐の間違いじゃなくて? と思わず聞き返してしまった。

「依頼人からは家出と聞かされて捜索しているのですが……えっと……誘拐、ですか?」

 女探偵は、何故そう思うのかとでも言いたげに首を傾げた。心底不思議そうな顔をしている。

 不思議な心持ちを抱えているのはこっちの方だ。


「だってここ、テロリストの兵器製造所だから」


 政府転覆を狙う者達によって某県の山奥、地下深くにひっそりと建てられた、どこに出しても恥ずかしくない悪の拠点である。一介の探偵が人探しで迷い込める場所じゃない。

 政府の差し向けた諜報員にしては勝手知ったる様子で入ってきたし、偽っているとしたら身分も言い訳もお粗末過ぎる。何だ家出って。

 確かに生物兵器の開発過程で人体実験のために拐われてくる者も多い、人探し自体は不思議ではないけど。

「よくセキュリティ突破できたね」

「仕事の手は抜かない、がうちのモットーですので」

「精神論一点突破でココまで来ちゃったのかあ」

 本当に家出人を探しているだけらしい。研究所の最奥なんだけどココ。

 強い信念を持つ人間は嫌いじゃなかった。僕は彼女という人間に好感を持ち始めていた。

「画像の人に見覚えないからここを探すのは見当違いじゃないかな。研究員達に見つかる前に出てった方が良いよ」

「そうですか……。わかりました、他を当たりますね」

 女は明らかにガッカリと肩を落とした。背中でも撫でてあげたかったけど、残念なことに僕には手が無いのでできない。

「今度は仕事じゃなく、遊びにきなよ。僕はお茶も出せないけど」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、またお伺いしますね」

 ペコリと頭を下げると、探偵は細身の身体を翻して去っていった。

 僕は、手の代わりに尾鰭を振って彼女を見送った。アクリル越しに、長い髪が揺れるのが見えた。

 ここの生活にも飽きてきたから脱走しようかと思ってたけど、彼女に再会するまで待ってみても良いかもしれない。


 筋金入りのマイペースな探偵と、テロ組織に生み出された殺戮兵器アサシン・シャークの僕。

 二人が血のつながった実のきょうだいだと知るのは、もう少し先の話。

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小さな姉と大きな弟 惟風 @ifuw

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