猫は見かけによらない
栗岡志百
猫は見かけによらない
オッドアイの白猫に、幻想を抱いていた頃がありました。
猫は何度か拾って飼っていました。
茶トラに牛柄、黒猫と、どこにでもいそうな猫ばかりです。
そんな私が、白猫を初めてナマで見たのは、友人Kのお宅にお邪魔したときでした。
K氏の部屋に入るといました。白猫が、ちんまりと座っておりました。
それもピアノの上です。驚かせないよう遠目に観察すると、オッドアイでありました。
マーベラス……
乏しい語彙力で感嘆の言葉がつむげません。ただただ、K氏に驚きの目を返しました。
SNSがまだなかった当時、よそ様の猫を見る機会が少なかったこともあり、実際に白猫を見たのは初めてだったのです。
オッドアイになると「そんなに現実にいたの?」のレベルです。
K氏に猫の名前を訊きますと、意外な答えが返ってきました。
「〝ちんみ〟だよ。ちなみにメス」
「……ん?」
あらためて訊きます。メスでもオスでも、その他でも、そちらはいいとして、
「もしかして珍味からの〝ちんみ〟?」
「そ」
自分の家の飼い猫を〝たま〟とか〝クロ〟で呼んでいた身から言えるものではありませんが、もうちょっと白猫らしい名前はなかったのかなと胸の中で思いました。
けれど、それがまさしく〝彼女〟らしい名でありました。
K氏の部屋には、しょっちゅうお邪魔するようになったのですが、ちんみの体が気になりました。
よく吐いているのです。
成猫だという、ちんみですが、その割には体が小さく
そのため、この子はきっと病弱なのだと思いました。いかにもオッドアイの白猫らしく思えましたし。
違いました。
ただの食い過ぎでした。
猫の食い過ぎ……。
猫は満腹以上のエサは食べないと聞いていましたし、飼ってきた猫もみな、お腹いっぱいになればエサを残していました。
しかし、ちんみを観察していると、実によく食うてます。
少量ずつ出てくる給餌機ではなく、食べた分だけ重力にそってエサがおりてくるタイプだったことも一因でした。
K氏の名誉のために言っておきますと、ペット用品が少なかった当時は、これが一般的だったのです。にしても、そないに食わんでも……。
ただ、この食い意地は、ちんみの幼少期に飢えた記憶があるせいではというのがK氏の推測です。
なんでもフリーマーケットで、段ボールに入れられた状態で、子猫のちんみが売られていたのだとか。値は、5000円也。
「そんな高い値段で、よく買ったね」
貧乏性のうえ、「ペットを買う」という感覚が理解できない私は訊きました。
K氏の答えは、
「まだちっこい体なのに、フリマの賑わいの中でも響きわたる、ものすごい声で鳴いてアピールしてきたから、つい」
売る方は〝オッドアイの白猫〟に値がつけられると思ったのかもしれませんが、K氏が惹かれたのは、その生命力でした。
ちんみの生命力と食い意地は並外れていたと思います。
腎臓を悪くし、処方にそったエサしか許されなくなったとき、獣医さんが心配されました。
「不味いから食べない猫も多いんですよ」
まったくの無問題でした。
未開封だから大丈夫だろうと、エサ袋を床に置いていたところ、爪で包装を裂いて食べておりました。
亡くなる一週間前は、人間のお粥に相当する液状のエサになりましたが、残さず食べます。
そこからさらに24時間、点滴につながれるようになったある日、フラフラと起き上がり、ヨタヨタ歩き出しました。その先にあったのは、いつものエサ皿。
点滴で食べる必要がなくなったため、何も入っていません。
カラの皿をじっと見つめるちんみの姿に、さっさと皿を片付けておくべきだったと後悔しました。
その後のクリスマスイブの朝、ちんみはお気に入りだったK氏の膝のうえで静かに息をひきとりました。21才でした。
オッドアイの白猫という外見に関係なく、ちんみはちんみでありました。
妙な格好でかたまって、こちらを見つめてくると思ったら、カーテンに爪が引っかかって動けなくなっていただけだったり。
トイレに頭だけいれて入った気になり、尻はトイレの外。で、そのまま放出しやがりましたり。
ちんみにはキケンな給餌機をやめましたら、1日6〜7回はエサをせがんできます。
鳴くのではありません。人間の視野のど真ん中に座り、じっと見つめてきます。「メシをよこせ」と。
気づかないふりをしていても、そのままじいっっっと見つめ続け、圧をかけてきます。根負けするのは、もちろん人間の方でした。
おバカエピソードは際限なく、最期のときはクリスマスイブ。
オッドアイの白猫という、めずらしい外見なんか関係ない。〝ちんみ〟は〝ちんみ〟でしかない存在感を示した猫でした。
K氏に訊きました。「もう猫は飼わないの?」と。
答えはNOでした。
「もう〝ちんみ〟に代わる猫には会えないと思うから」
猫は見かけによらない 栗岡志百 @kurioka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます