謎の少女

先日、いつも通り依頼人の元に行き、依頼の内容を聞いていた。

依頼人は男性で大手企業の副部長とのこと。

内容は自身の会社の売り上げがライバル企業に負けてしまったため、感情を操り、スパイを作ってライバル企業に忍ばせこみたいとのことだった。

まあ、予想通りとても嫌気がさすような内容だったため、お断りしてその場を去ろうとしたが、何を思ったのかその男は迷い込んだ少女に八つ当たりをしようとしていた。怒りで周りが見えてなかったので、仕方なく感情をいじってその場は収束した。

そして少女の安全のため、一度自身の事務所に連れて行ったのだが、事務所に着いた瞬間、少女は疲れ切ってしまったのかその場で寝てしまった。

そして現在、少女をソファーで寝かせて、とある疑問を考えていた。ガタッ

その時、ソファーからきしむ音が聞こえた。


「お?よく眠れたか?」


ソファーの方に声をかけると、顔がむくりと上がってきた。そこには少女が目を細めてボーっとしていた。

まあ、寝起きだし少しの間はゆっくりさせてあげるか。


「昨日は大変だったからな。もう少し寝ててもいいけど…」

「…大丈夫」

「そう、じゃあご飯を食べてから依頼を聞こう。準備するからちょっと待ってな」


そう言うと少女はコクっと頷き、ソファーに座った。

身長を見るに年齢は10歳ほど。外見はボロボロの服に靴、手ぶらで歩く時も少しよろよろしていた。だが、しなやかで一本ずつが輝いて見える白銀の髪を見る限り、最近洗ったかのようなものに見えた。


それからご飯を食べてもらい、少し落ち着いてから話を切り出した。


「さてと、まあ聞きたいことがいっぱいあるんだけど、まずは依頼内容を聞こう。ゆっくりでいいから話してみな」

「私…は」


その一言話して少女は口を詰まらせてしまった。

もしかして緊張してるのか?


「話しにくいか…なら俺から質問していいか?多分そっちの方が話しやすいだろ?」


すると少女はコクッと小さくうなずいた。


「わかった。なら聞くのが遅くなったが先に名前を教えてくれ」


聞くタイミングが中々なかったので今更になってしまったが、依頼人の名前ぐらいは把握しないとな。

そう考えながら少女の返答を待っていたが、ずっと俯いて何も返ってこなかった。


「どうした?名前ぐらいは言えるだろ?それとも他に話したいことでもあるのか?」


それでも少女は表情すら変えずに一言も話そうとしなかった。

このままじゃ埒が明かないな。


「なんか訳があるなら話して欲しい。じゃないと依頼も引き受けられない」


すると少女は小さな声で話し始めた。


「私…知らない」

「知らない?何を?」

「名前も…他のことも」


その時、感情屋は驚きは無く、手を顎につけ、何かを考えていた。

正直少女が訳ありで路地裏に迷い込んでいたのは予想していた。その訳自体が分からないとなると、どうしたもんか。


「君はどこから記憶があるんだい?」

「…路地裏気づいたら倒れていた。その後、男の人に声、かけられた」

「男の人?見た目は覚えてるか?」

「覚えてない。背が高かった」


なるほど。背が高い男性…何か知ってる可能性がある。うん?待てよ?

すると、感情屋は少し考え込み、口を開いた。


「もしかして、俺の正体を知ったのもその人か?」

「…うん」


ずっと疑問に思っていた。なぜ少女は俺の正体を知っていたのか。少女の少ない記憶の中に感情屋というワードが残っていたのは多分その男性が教えたのだろう。


「つまり君はどこから来たか、自分が何者か覚えてなく、路地裏で倒れていた所、知らない男性が俺の正体を教えてくれたってことか?」


少女は頷き、感情屋に目を合わせた。


「大体の状況はわかった。すると君の依頼は記憶を取り戻すことでいいのか?」


感情屋が依頼内容の確認をすると、少女は首を振った。


「あと一個ある。それが…」

「感情のこと」


それをわかったかのように感情屋は少女が言おうとしたことを感情屋はさえぎって、話し始めた。


「なぜ俺が感情屋って呼ばれているかわかるか?」

「感情に詳しい」

「確かに他より詳しい自信があるが、少し違うな」

「どういうこと」

「端的に言うなら対象に手で触れるとその対象の感情がわかるんだ」


少女は不思議そうにこちらをも見つめている。多分わかっていないか、信じられていないんだろう。


「見せて」

「見せる…か」


少女から一つの提案をされたが、見せるために必要な対象者がいないため、見せることはできないし、言葉にするのも難しい。


「すまんが、今は見せることはできない。使える対象がいないしな」

「ん…」


すると少女は自身のことを指を指した。

多分、私に使えと言いたんだろうがそれができない理由がある。


「それは出来ない」

「…」

「多分気づいてるだろうが、お前は感情がほぼないんだ」


少女は黙ったまま、頷いた。

感情屋は予想通りと思ったのか、少し微笑んだ。


「感情は色で見分けられる。喜びなら黄色、怒りなら赤、悲しみなら青などって感じでな。ただ、お前はどれにも当てはまらないんだ」

「何もない…」

「ああ、真っ白なんだ。お前の色は」


さっきから少女の回答が端的だったり、黙ったりしているのはそれが原因だと思う。感情は表情や言葉などうまく表すために必要不可欠なもの。それが欠けてしまって、現在の状態になってしまっているのだろう。生まれつきなのか?それともなんらかの出来事があり、欠けてしまったのか…

すると少女が口を開いた。


「私の…感情は…戻らないんだ」

「ん…」


その言葉を聞いた感情屋は少女の目をみた。

その言葉は悲しいセリフなのに少女の表情も話し方も変わらないが、なぜか悲しい気持ちが伝わってくる。

少し間をおき、感情屋が話し始めた。


「確かに戻すのは難しいことだけど、絶対に無理ではない」

「…え」


少女は顔を上げ、声を漏らした。

正直、感情が欠けている人は見たことあるが、ほとんどが欠けている人物は初めてみた。そんな彼女が一つの言葉でここまでの感情があるように見せられるのはそういうことだろう。


「時間はかかるだろうが、一つずつ取り戻していけるだろう。あまり気に止むことはないさ」

「…うん」


少女は顔を上げて頷いた。

うん。というその一言もとても明るく聞こえた気がした。

…よし、こういうことにしよう。


「それで一つ提案なんだが…ここで助手をやってくれないか?」

「助手…」

「俺も感情についてはまだまだ研究していてな。俺が見てきた中でお前は異質なんだよ。

だから依頼人兼助手ってことはどうだろうか」


俺が感情屋になってからの依頼人でここまでの人材はいないため、検証などで今後に役に立ちそうだし、こうすればお手伝いってことで誘拐犯とかロリコンとか言われないで済む。


「助手って何すればいいの」

「助手は…依頼人とかの記録をしてもらおうかな」

「記録」

「依頼人の依頼内容とか様子とか、まあわかる範囲で記録してもらおう」

「…今決めた」

「えっ?」

「今決めたでしょ」


ぐっ…感がいいな。助手なんて何させたらいいか分からないからな。


「よくわかったな」

「一瞬迷ってた」


こいつ、人をよく見てるな。感情がないから人をよく見て、感情を探してるように見える。


「まあ、そこまでよく見てるなら助手としてピッタリだろう」

「…雑用」

「ではないから安心しろ」


少女の記録と感情。それがどんなものだったのか。少しずつわかっていけるだろう。


「よし、まあしばらく住むだろし、事務所の中の案内でもするか。どこから見たいとかあるか?」

「…トイレ」

「トイレはあの扉の所だ」

「行きたい」

「ああ、我慢させしまったな。行ってこい」


すると少女は走ってトイレに向かって行った。


「まずは、あいつが見つかった場所など調べてみるか」


感情屋はそのまま自身の机に戻って作業の続き始めた。

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感情屋 テルル @Zuiha

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