血縁(下)
若い三下二人に両脇を挟み込まれる格好で引き摺り出された男は散々痛め付けられたのだろう、小さな蒼白い顔の左目の上は腫れ上がり、小さな
だが、腫れていない右の目はもうここで死ぬ覚悟を決めたのか、ゆったりと椅子に腰掛けた老大と傍らに立つ私を真っ直ぐ見据える気配があった。
「
老大はどこか憐れむ風な、穏やかな声で尋ねた。
跪かされた男は苦いものを含んだ声で返した。
「あの女の付けた呼び名です」
「だが、お前はその名でわしの甥に成り済まそうとしたのだぞ」
その言葉を聞くと、こちらを見詰める目に潤んだ光が溢れた。
「仰せの通りです」
跪かされた膝の上で握り締められた拳が震える。
「
沈黙が流れた。
「
老大は重々しく巨体の幹部に呼び掛けた。
「今後はお前が面倒を見てやれ」
「はい」
一瞬、虚をつかれた風に返した幹部の男は、しかし、今度は冷たい笑いを浮かべて跪かされた若い男に告げる。
「老大の御温情で命拾いしたな」
茫然とした表情の若い男に片方の腕を捉えていた三下の一人が声を掛けた。
「今日からお前もこの
私たちを背にする形で巨体の幹部は若い男を見下ろして尋ねた。
「老大に一生を命をかけて尽くすと誓うか」
若い男は表情の消えた面持ちで、しかし、重い声で応えた。
「はい」
*****
「今度もまた偽物だったか」
部屋で二人きりになってから老大はポツリと呟いた。
「
実際のところ、老大の妹なら――七人いた兄弟の内、十歳下の末の妹だそうだが――もうお婆さんだろうし、赤ちゃんの頃に売られてしまった身の上ならとっくに死んでいるのではないかと思うけれど、本人にとっては万に一つの望みを捨てられないのだろう。
「川辺の石ころの中から玉を探し出すようなものだ」
苦く笑うと、老大はこちらに手招きする。
私はそっと歩み寄って長袍の膝に腰掛けた――といっても、七十近い膝にこちらの全体重は掛けないように中腰の尻を預ける感じだ。
「
パーマを掛けたばかりの私の後ろ髪を確かめるように撫でる。
「お前も自分の身内を探したいかい?」
「
「もう名前も顔も判りません」
そもそもまだ生きているのかすら。
「私には死んだ母さんより
今となっては思い出せるのは病床に伏せる母さんとアパートの窓から見送った背広の男の人と白いシャツと半ズボンの男の子の後ろ姿だけだ。
人工的に縮らせた後ろ髪を真っ直ぐに戻そうとするかのように暫く撫ぜていた手が止まって優しく耳元で告げる声がした。
「お昼にしようかね」
*****
「
車の後部座席で老大は隣の私の手を上から握りながら囁いた。
「それは楽しみですわ」
黒ガラス越しに先程の幹部と三下たちと、そして新たに組織に加わった、「強強」と仮初の名をつけられた若い男が頭を下げる姿が認められた。
腫れていない右の目は覚悟を決めたような、どこか恨みを秘めた光を宿している。
何だかこの男は誰も観ていない時に鏡に映る私と似たような眼差しをしていると思う。
二人が血のつながった実のきょうだいだと知るのは、もう少し先の話。(了)
血縁 吾妻栄子 @gaoqiao412
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