第7話

 のんびり自由気ままな生活を送っていたらかつての教え子が事件に巻き込まれてピンチらしい。いい加減暇をくれてもいいじゃないかと思う。とはいえ巻き込まれた事件の元凶はどうやら自分の不始末らしいので終焉の魔女は渋々ながらもかつて日本と呼ばれていた地へ降り立った。

「ねえ、本当にこの格好しなきゃダメなの?」

「似合ってるわ。……とっても」

 都内のファストフード店で久しぶりに落ち合った二人はいたっていつも通りの会話を繰り広げた。自身の服装について疑念を晴らすことの出来ない女とその装いを心にもなく賞賛する女。

 話題の中心にあるその衣装はいかにも魔女といった具合に何やら検討もつかない模様の入ったローブに、これまた普段使いには到底適さない立派な帽子。着ているというより着せられている感の強い姿に当事者自身が疑念を抱くのも無理はない。

「そういう事じゃなくてさ」

 しかし、どうやら女が問いたかったのは似合っているかどうかではなかったようだ。どちらかと言えばTPOに適しているかどうかといったところだろうか。

「着なきゃ駄目に決まってるでしょ。元はと言えばあんたが手ぬるい終わらせ方したのが原因なんだから」

 これからの行動を考えれば確かにこの魔女然とした威圧感を感じる衣装は必要なのだろうけれど、それはそれとして当の本人はこの手の衣装にあまり良い印象を抱いていない。なにより単純に動きづらいのが彼女の機嫌を損ねている。俗に言うやる気がない訳じゃないけどテンションが上がらないというやつだ。

「……それはそうなんだけどさ」

 これから行動を始めるタイミングでそんな事を言っていれば相手の機嫌を損ねることぐらい分かっているのに良い歳になった今でもその悪癖が治ることはなかった。

「かつての教え子が巻き込まれてようやく重い腰を上げたのにまだぐちぐち言ってるの?」

 煽られるように諭される。

「だからってこの格好はやり過ぎでしょ」

 やらなきゃいけないと頭では分かっているのに感情がそれを否定する。その度に後悔してきたと知っているのに止められない。

「やり過ぎなくらいで丁度いいのよ。あんたが理不尽な存在だって少しは教えてやらないと抑止力にもならないでしょう?」

 だからこそ自分には彼女が必要なのだと目の前の相方を見て女は思う。遠い昔に自ら命を絶った妹にまた苦言を呈されるような情けない様であると自覚はしているが。

「……分かりました」

 結局、嫌々ながらもしばらくは魔女然とした衣装で活動することを受け入れた。

「分かればよろしい」

 本当にこの衣装が似合うのは目の前で満足げにほほ笑む彼女のほうだというのに。

「で、この大鎌は何?私、振り回すくらいしか出来ないよ?」

 話題の矛先はファストフード店の頼りないテーブルに立て掛けられている大鎌へと移った。今回の事件を終わらせるためにここへ来る前、親友である彼女に準備を頼んだのだが、ご丁寧に衣装に加えて武器まで用意してくれた。そんなもの必要ないと一度は突っぱねたのだが『ビジュアル的に必要なのよ』と押し切られて今に至る。

「杖とどっちが良いか聞いたでしょ?やっぱり杖の方が良かった?」

 確かにそんな質問に答えた覚えがある。あの時はまさか本当に用意してくるなんて思っていなかったのだが。

「そりゃまあ、杖よりはこっちの方が良いってだけの話であって、どっちもたいして使えない事に変わり無いというか」

 指し示した大鎌には申し訳程度に鞘と呼べなくもない皮のカバーがついているものの、明らかに銃刀法に中指を立てるような存在感を示す。だが周囲の人々が気に留める様子は見受けられない。認識阻害……ではなく単純に当たり前の光景として受け入れられているだけである。魔法という事象が広く普及するにあたって社会の在り方もまた変化していったのだ。

「それなら持って行きなさい。それなりの物には仕上げておいたから」

 大層立派に思える大鎌を雑に押し付けてくる女。

「……それなり、ねぇ?」

 それを見るに刃物本来の機能とは別になにやら魔術的な仕掛けも施されている様子が感じられる。ただ、その機能が何なのかは一見した所で分からないほどに複雑だった。

「信用ならない?」

「あんたの言う“それなり”がね」

 万能の魔女と名高い女の“それなり”がそうでないことを彼女は誰よりもよく知っている。だが、善意で用意してくれた物を突っぱねる訳にもいかず仕方なく受け取る他なかった。

「ところで、話は変わるんだけどさ。月見バーガーって月見えなくない?」

 衣装と武器を受け取った女は急に奇妙な事を言い出した。ファストフードと言えばバーガーと相場が決まっている。鶏肉も良いけれど主食にするには炭水化物が足りない。……パンにポテトの組み合わせもやり過ぎに思えない事もないけれど。

「は?」

「月見バーガーって月見えなくない?」

 急な話題転換に怪訝な反応を返した彼女に対してもう一度丁寧に問いかける。

「聞き返した訳じゃないわ。いきなり話題が飛ぶものだから……確かに言われてみれば名前に反して月は見えないわね」

 問われた彼女は『こいつが奇妙な事を言い出すのは別に今に始まった事じゃないし』と諦めて、その内容を吟味し始めた。確かにかつて日本と呼ばれていたこの地域では卵を月に見立ててて食す習慣がある。蕎麦にしろ、うどんにしろ、今食べているバーガーにだって月見と名を冠するものがある。だが、パンで挟んでしまえば当然ながら月は見えない。月見とは名ばかりだと言われてしまうば反論は難しい。

「でしょう?」

 半ば納得すると女は得意げに胸を張り言葉を続けた。

「そこで私は考えたの、月見バーガーの正しい食べ方を」

 おもむろにバーガーを解体して月に見立てた目玉焼きをトレイに載せる女、もしもこの場にマナー講師がいたならば怒りのあまり第二形態に返信しかねない暴挙だ。

 そして目玉焼きを抜いたバーガーを組み直して一口、しばらく咀嚼して飲み込むと感想を口にする。

「……あんまり美味しく無い」

「そりゃ当然でしょ」

 卵ありきの料理から卵を抜けばどうなるか考えずとも答えは出よう。月見という概念を優先した結果、迷走していては元も子もない。

 そのうえ、肝心の月はソースに覆われていた。


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この二人をこちらに登場させるつもりはなかったのですが……事件の規模を考えていくうちに動き出してしまいました。主役では無いので大人しく裏方に徹してくれると嬉しいなぁって作者は思います。というかこの二人はいい加減年相応に大人しくするとか考えないんでしょうか?

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超絶美少女の私、厄介ファン相手に無双する。 ~目当ては私じゃなくてアクセサリーって本当ですか!?~ 【道の続き、空の果て】 白銀スーニャ @sunya_ag2s

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