逃げ方の答え、
すべてどうでもよくなった……それが本音。
次の日の朝、まだ、誰も人がいない時間。俺は家から持ち出した、台所用の漂白剤と風呂場用の洗剤のキャップを外した。
空になるまで、風呂場用の洗剤を逆向きに振ったあと、漂白剤を床に置き……そのまま、蹴り飛ばす。
……いや、蹴り飛ばそうとして、空振った。
「っ何やってんだ、馬鹿!!」
担任だった。クラスの担任教師が、俺を羽交い絞めにして後ろへ引っ張った。
「……おい!お前、もう少しで死ぬところだったんだぞ!他の奴らも道連れにするつもりだったのか!?」
抵抗するとでも思ったみたいで、俺の身体をがっちりと固めてから、担任は床に置いた漂白剤のキャップを固く締めた。
……さすがに、気付くか。
塩素系と酸性を組み合わせたら、身体に有害な塩素ガスが発生する。ラベルに書かれる『混ぜるな危険』……その文字の意味を理解したのは、家庭科の授業だっただろうか。
外では、ことの重大さを俺に懇々と説くように、雷が低く唸っていた。色白で細身の担任の腕力は意外に強くて、俺は抵抗を辞めざるを得なくなった。
「……なあ、
俺を羽交い絞めにしたまま、担任が床に座った。だから、俺も一緒に、床に座り込む。担任の言葉に耳を貸す気は失せているのに、無駄に動かし続けてきた聴覚は言葉を拾ってしまう。
「どんな悩みがある?身近な大人に話せないほど、隠したいことなのか?」
「別に、何もないです」
「……嘘を吐け」
本当に。悩みと言えるものなんて、一つもない。ただ、生きづらい。それだけ。
世の中の、正解はないくせに不正解は咎めるこの空気が重苦しい。
「ただ、ただ……苦しいだけです」
暴れたらなにか変わるかと思ったけれど、何も変わらなかった。ただ、世間の思う『正解』とずれて、壊れていくだけだった。
俺は暫く家に置かれたけれど、家でも繰り返し暴れまわったため、精神病棟に入れられた。もうこの時には、自分の意思で暴れているのではなかった。
朝沼は、俺のことを『ずれてしまった奴』と蔑んだ。
祈は、俺のことを『生きるのが下手な奴』と泣いた。
真珠は、俺に『やっと人間らしくなった』と言った。
今でも、正解が分からない。不正解すらも、分かってない。
瀉下した簫索 水浦果林 @03karin
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