第28話 エルヴィーラの苦悩

 お兄ちゃんは凄い。そう思わせられたのは間違いなく魔石鉱山の攻略からだ。


 お兄ちゃんに錬金術の才能があるなんて知らなかったけど……お兄ちゃんは豊富な知識と知恵でそれを使いこなしている。


 お兄ちゃんの婚約者のテレシアさん……あの人が最後いいところを持っていったけど、多分あの様子じゃお兄ちゃんは一人でも勝てたかもしれない。


 兄妹なはずなのに、ずっとずっと離れて暮らしていたせいか、お兄ちゃんが得体の知れない物に変わっていってしまう雰囲気があるんだ。


「うん、取り敢えずはこれで大丈夫かな」


 お兄ちゃんに近づくため、お兄ちゃんのことを少しでも知るために、私はお兄ちゃんが始めようとしている事業の手伝いを始めた。


 魔石鉱山の攻略から数日。ローザと、後……道端で仲間になった元賊の人たち。いろんな人が協力して、目立った動きをすることなく魔石を別邸に運び込めている。


「賊の人も纏めちゃうお兄ちゃんってすごいんだな……。あんな風に上手く使うなんて」


 アスクレピオス領の端とはいえ、別邸まで魔石を運搬するにはかなりの時間や労力を必要とする。


 普通なら本邸の人たちが気付きそうな大きな動きになりそうなのに、お兄ちゃんは賊達を束ねることで裏ルートからバレないようにこっそりと運び込んでいる。


 お兄ちゃんは今、クリスタルドラゴンの死体から採取した魔石で新たな商売を立ち上げた。装飾品に見える魔道具の作成だ。


 私はパーティーやお茶会などの伝手を使い、興味ありそうな人達へ、お兄ちゃんが作ってくれた魔道具を勧めている。


「それにお兄ちゃん、こんないいものまでくれたし……うへへへえぇ〜〜」


 おっと、つい変な声が出てしまったいけないいけない。


 お兄ちゃんが試供品と言ってくれた魔道具。私をイメージしたって言ってて、赤色の魔石と細かな装飾が目を惹く綺麗な魔道具だ。


 効果としては魔力を込めて貯蔵するだけというもの。必要になれば魔力を取り出すことだって可能だ。簡単な物だけど、こういうのが万が一の助けになったりするんだよね。


「ここでお兄ちゃんの役に立てば……私だってテレシアさんに負けないくらい」


「よぉ、そんな楽しそうに何をしているんだ? 俺にも聞かせてくれよ」


 ギィ……という鈍い音を立てて、部屋の扉が開く。そこにいたのは……カスパル兄様。


「あんまり感心しねえな。父上にも、俺達にも内緒で出来損ないと出会っているなんてな」


「そっちこそ。淑女の部屋に無断で入ってくるなんて感心しないよ」


「おかしいな。俺がこれば大体の貴族令嬢は頬を赤らめて、身を小さくするんだがな?」


 それって……最低最悪だ。というか、既にやっているとか……この人にデリカシーというものはないのかと聞きたくなる。


 ヴィクトルお兄ちゃんのことは好き。今回出会って、いろいろやって、また好きが強くなった。


 けれど、この人達は嫌い。


 私じゃなくて、私の能力だけを見ているこの人達のことを、私は好きになれない。


「はん、父上の命令に逆らったのはそっちが先だ。ここでは力こそ全て、そして、兄より優れた妹などこの世に存在しない。俺の言葉の意味がわかるか?」


「へぇ……。じゃあ試してみる? この屋敷が燃えて粉々になっても知らないけど」


「やらねえ……というか。そんなことをすれば、使用人達がどうなるか分かっているからな」


 私は奥歯を噛み締める。


 ゾディアック家の使用人はある程度の品や格式を求められる。


 それは貴族令嬢や令息であることを指している。もし、そんな人たちが使用人を解雇されたなんてなったら……貴族社会で後指を指されて生きていくことになるだろう。


 私のせいでそんなことはできない。私が本気で魔法を使うには、この屋敷は狭過ぎるし、人が多すぎる……!


 みんなを巻き込んでしまう可能性の方が高い……!


「出来もしねえ強気なことを言うもんじゃないぜエルヴィーラ。まあ、俺はそんな女も好きだがな。プライドを持ち、俺を睨みつけてくる女を屈服させた時の快感はたまらねえからな」


「……最低だよカスパル兄様。私にはやらないんだ」


「家族だからな。だが、


 ギリっと、奥歯を強く噛み締める。


 カスパル兄様がいうあいつ。それは間違いなく……。


「おい、エルヴィーラ。出来損ないをここに呼べ。あいつには、自分が何をしていて、自分が間違っていると教育してやる必要があるからな」


「ちょ……ちょっと待ってよっ! お兄ちゃんのやってることはゾディアック家にも役立つこと! それに、人を傷つけるようなことじゃない! 正しいことをしているのに……」


「正しさとは出来損ないが決めることじゃない。俺達が決めることだ。俺達が目障りだと思ったら消すだけ。父上はそう言っておられる」


「どうしてここの人たちは……!」


 拳がわなわなと震える。


 そこまでしてお兄ちゃんのことが認められないのか!


 自分達の決定は絶対に覆さない。どんな認識も間違っていない。


 もし、それに抗おうとするなら力で封じ込める。それがこの人たちのやり方だ。


「お前が絆されるのは目に見えていたことだ。これは決定事項だ。もし逆らえば、お前が気にかけている使用人を一人ずつ傷つけてもいい。それとも、お前の大好きなお兄ちゃんに刺客を送りつけてもいいな。それとも、ローザという女に……」


「ローザに手を出すつもり!? そんなことをすれば……!」


「くくっ、どうするつもりだ? お前が従えば、ローザとかいう女が傷つくことはないんだぞ? 賢いお前ならどうすべきかわかるな?」


「……ず! 私に二人を選べって……!」


 お兄ちゃんとローザ……。


 私にとって二人とも大切な人だ。ローザは幼い頃から一緒にいた親友……。お兄ちゃんのお付きになっちゃったけど、それでも私たちはずっと友達だ。


 どっちかなんて選べない。この人達はやるといったらやる。どこまでもお兄ちゃん達を認めず、苦しめ続けるだろう。


 もし、打開できるとするなら……。うん、これしかない。


「……分かったよ。お兄ちゃんをこの屋敷に呼べばいいんだよね?」


「やはりお前も出来損ないを差し出すんじゃねえか。くくっ、どうせお前もなんだかんだ信頼していないんだろ? あの出来損ないのこと」


「随分とよく回る口だね。違うよ。お兄ちゃんなら貴方達程度の思惑を打破できる。そして、嫌でもその有用性を認めさせることができる。そう信じてるだけだよ」


 この人たちが今までお兄ちゃんのことを認めないのは、その力を直接見ていないから。


 だけど、私は知っている。お兄ちゃんはこんな人達のつまらない思惑で制御できるような人じゃないってこと。


 だから、ここは一つお兄ちゃんのことを信じてみる。お兄ちゃんならなんとかしてくれるっていうことを。他人任せで少し嫌になっちゃうけどね。


「くくっ。その期待通りの結果になるといいな。お前が従うなら俺はこれ以上脅すのはやめよう。しかし、逆らったその時は……」


「分かってるよ。だからささっと出ていってくれないかな。乙女の部屋が汗臭くなるから」


「くくっ、俺も随分と嫌われたものだ」


 カスパル兄様はそう言い残して部屋を出ていく。次の瞬間、私は大きなため息を吐く。


「はぁああああああ〜〜〜〜! なんでこんなことになるのかなほんと。さっさと認めた方が早いってのにさ」


 そんなことを言っても始まらない。


 カスパル兄様は変なところで真面目だ。私が言うことに従うなら、これ以上変なことはしないだろう。


「ごめんお兄ちゃん……。でも、多分、これなら気付いてくれるよね?」


 とにかく、私はお兄ちゃんを呼び出す手紙を書かなくちゃいけない。何かあったと悟ってくれるように、少しだけ細工しておこう。


「お兄ちゃんか……凄く認めたくないけどテレシアさん。ちゃんと気付いてよね」


 私はそう言って手紙に自分の魔力を込めるのであった。

 

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黒幕に操られる系の悪役錬金術師に転生した僕。錬金術を極めて破滅を回避しようとしたら闇堕ちヒロインに懐かれていました 路紬 @bakazuma

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