第27話 悪役錬金術師、黒幕の手下と戦う②
テレシアが片手で剣を構える。
その姿はまるでゲームのムービーやイベントスチルで沢山見たものと同じで……つい、涙が溢れそうになった。
「そ……それはっ! やめなさいっ! そ、それを使うのは!」
「へぇ……。随分な焦りようですね。剣というのは振ったことありませんが……」
テレシアは細身の剣を振る。風を切る鋭い音がした後、斬撃がクリスタルドラゴンの身体を深々と裂いていた。
『グ……グオオオオオオオッッ!!?』
「物理耐性が高いクリスタルドラゴンにあれだけのダメージ……!! あれが……!」
アステリズムクロスのオタクである僕には興奮を隠しきれない。
あれがアステリズムクロス、最強と言われた武器の一つ。エーテルの月光。
防御力、耐性、魔法効果、その全てを無効化する最強武器……!
「力みすぎましたか。いけませんね。初めての経験というのは慣れないものです」
「お、お前ッ!! 私の前でふ、不敬だぞ!!!」
「静かになさいな。さて、これはどう扱えば……」
「紋様だ! 紋様を剣にこめるんだテレシアっ!」
物珍しそうに剣を眺めるテレシアに向かって、僕はそう叫ぶ。
テレシアは何か閃いたような表情をすると、全身の紋様を発現させる。
「なるほど。伝説の武器は紋様とセットで使うものなのですね。ふふっ、これの使い方は理解しましたよ」
聖剣や魔剣など、アステリズムクロスに登場する伝説の武器。
一部のキャラクターに装備させると特殊効果が追加で発動する場合がある。それが紋様の効果。
エーテルの月光はテレシアが使用することで、特殊な技を使うことができる。ゲームだと殆ど敵限定技で、味方として使えるのは一部ステージのみ。
故にその効果は他の武器と比べて強く設定されている。
その技の名前は……。
「させるか! その技だけは絶対に……!」
「邪魔はさせないよっ!」
黒いモヤがテレシアとクリスタルドラゴンの間に割り込んで魔法を使おうとする。
それを炎雷の短剣で斬り払う。黒いモヤは一瞬形が崩れて、すぐに元に戻ってしまうが時間は一瞬稼げたっ!
テレシアもそれを察して、一呼吸置いた後静かにその剣を引き抜く。
「次元斬」
テレシアが技の名前と共に剣を振るう。
エーテルの魔剣の真骨頂、その名は次元斬。
その効果は射程無限、ありとあらゆる耐性やステータスを無視して、相手に致命打を与えるというもの。
簡単に言えば一部特殊なギミックを持つキャラクター、もしくは回避されなければ必ず相手を殺せる一撃である。
テレシアの前方。剣の軌跡をなぞるように、空間に亀裂が走る。次の瞬間、黒いモヤとその背後にいたクリスタルドラゴンが両断された。
『……ォ』
正しく一瞬の出来事。クリスタルドラゴンは何が起きたのか理解できぬまま、体を真っ二つにされて倒れる。
クリスタルドラゴンの身体から大量の紫の血液が溢れ出し、クリスタルドラゴンは二度と動くことはなかった。
それに……。
「こ、この幻体をき、斬り裂くとは……! ククク……こ、これは直接私が」
「二度と僕らの前に顔を出すな……パズズ」
僕はその名前を言い放ち、炎雷の短剣で追撃を与える。黒いモヤの向こう側、本体が何かいう前に幻体は魔力を保つことができず消滅してしまった。
「大丈夫だったかい……? テレシア、君には無理を」
「ええ、大丈夫ですよ。ふふっ、頼もしい一面が見れて私としては嬉しく……あ、れ?」
テレシアが僕に近寄ろうとして、バランスを崩し前に倒れようとする。僕は咄嗟に駆け出してテレシアを支える。
これは……やはり。
「長時間の戦闘と、魔力消費による免疫力の低下」
「ふふ……。ど、どうやらそうみたいですね。情けないことです。たった一振り。それだけで体の力殆どを消耗してしまうとは……」
苦しそうに息を吐きながらそう口にするテレシアに魔法薬を飲ませる。
そうか……本編だと死に体。エーテル病が末期まで進んでもう長くなかったから、捨て身でエーテルの月光をガシガシ使ってたけど、今は違う。
中途半端に治療が進んでいるせいで、エーテルの月光を使うこと自体が大きなリスクになっている……!
「……君にこれは使わせられない。少なくとも治療が完了するまでは」
「ふふっ、大袈裟ですね。せっかく得られた力。ヴィクトル君も見たはずですよ。あれがあれば、ヴィクトル君が抱えている問題はだいたい解決できます」
テレシアの武力は凄まじい。転生前で言うと戦略兵器並みの力と価値がある。
大型の魔物ですら一撃で屠る魔剣。初見ならばこの一撃はほぼ必ず通用するといっても過言ではない。
故にテレシアの力に頼れば、僕が抱えているような問題はほとんど解決する。父上だって黙らせることは可能だろう。
しかし、そんな風に彼女を頼り続ければ……。
「ダメだ。君は力とかそう言うのじゃなくて、僕の婚約者だ。君の命を引き換えにするような真似はできない」
「ふふっ。優しいですね……では、ヴィクトル君の言う通り、この剣はしばらく封印しましょう」
テレシアがそう言うとエーテルの月光はガラスのように砕けて、テレシアの全身の紋様に吸収されていく。
伝説の武器と紋様はセットになっている。それら武器達は一度でも紋様の持ち主に使われると、その人に吸収されるようになっているのだ。
そして使用者が死ねば、それらの武器は元あった場所へと戻っていく。
「テレシア」
「ふふっ、なんでしょうか?」
「……ありがとう。これで君を治すのが現実的になった」
「それは良かったです。まあ、ヴィクトル君なら私の力に頼らずとも、クリスタルドラゴンくらい倒していたでしょうけど」
テレシアは薄く笑いながらそう口にする。
僕は何か言おうとして、言葉をそのまま引っ込める。
「おーいっ! 大丈夫? 何かすごいことが色々起きてたけど……!」
「テレシア様っ! お身体に異常が……? と、とにかくすぐに帰って休息を!」
「「「うおおおお!! テレシア様!! 我々、貴女さまがいなくなればこ、これからどうすれば!!」」」
「随分と賑やかになったよね。こういうのを見ると」
「そうですね。ですが不思議と……」
テレシアは一拍おいた後、僕の方を見つめてこう口にする。
「悪くない気分ですよ」
満面とはいかないけど力を抜くような穏やかな笑みを浮かべたテレシアに対して、僕はこの笑顔を守っていこうとそう決意するのであった。
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