第4話 正体

 私が唖然としていると、お父さんは涙を堪えながら言う。


「美琴。お前は小さい頃、心臓の病気だったんだ。移植手術をしなければ治る見込みがなくて、お父さんもお母さんも色々な所から移植できる心臓を探したが……見つからなかったんだ」


 う、嘘だ。じゃあ、私のこの心臓は……お母さんは……


「だから、これは仕方なかったんだ。刻一刻と残されたお前の時間が減っていく中、美晴は……」


 それ以上は泣いてしまって、お父さんは語れなかった。


 けど、私はそれ以上聞かなくても理解できた。


 お母さんが私に会えなくなったのは、私を捨てたからじゃない。私にその心臓を渡すためで――


 そこまで考えて、目からまた涙が溢れる。



 なにが捨てられただ。なにが嫌われただ。


 お母さんは最後まで、私のことを愛してくれていたのに………



 で、でも、あの化け物は? あの化け物はなんなの?


 あの化け物がお母さんじゃないのかって思ったけど、お母さんが人を傷つけるわけないし、私を苦しめるわけもない。あの化け物はなんなんだろう?


 そこまで考えると、スマホがブー、ブーと鳴る。


 取り出して見てみると、そこには紗絵と書かれてあった。


 私はビックリとして、すぐにその電話に出る。


「紗絵、紗絵なの!? 大丈夫なの!?」


 すると、出てきたのは少しだけ息苦しそうな紗絵の声だった。


『あ、はは……。心…配かけちゃったかな……?』


「……ッ、当たり前だよ、このバカッ!」


 そう言うと、紗絵は ははは、と笑う。


『あのね、美琴。おちついて…聞いて欲しいんだけど……』


 そう言うと紗絵は苦しそうにしながらも、全てを説明してくれた。


 事故の原因は相手の飲酒運転らしく、相当酔っ払っていて信号を無視してしまったのだとか。


 そして紗絵が轢かれる直前、黒い化け物が紗絵のことを庇ったらしい。


 まるで飛び出すかのように紗絵を抱きしめた化け物は、女性の顔をしていたそうだ。


『あの幽霊はね……美琴のことを呪っていたんじゃない……守っていたんだよ…』


 ……ッ!


『きっと、全力で守り過ぎちゃって、美琴に誤解されちゃったんだよね……もしかしてだけど、美琴と顔がそっくりだったから、あれは美琴のお母さんなんじゃ――』


 そこまで聞いて、私は思わずスマホを落とす。


 そして、気付いた時には走り出していた。


「み、美琴!?」


 お父さんが驚いたように声を掛けてくるけど、私は足を止めずに走り続ける。


 

 そしてしばらくの間無我夢中で走って、家の前まで来た。


「はあ、はあ、はあ」


 息切れながらも、急いで私の部屋へと行く。


 部屋のドアを開けると、そこには黒い化け物がいた。机の引き出しを開けて、なにかを持っている。


 私がズカズカと歩み寄ると、黒い化け物は驚いたような仕草をする。


「お母さんなの……?」


 私は黒い化け物の顔を見てそう言った。


 すると化け物は動揺して、一歩後ずさる。


「やっぱり、お母さんなんだよね……?」


 私は平然とそう聞くつもりだったけど、なぜか涙が流れてきた。


 その化け物の手には、笑顔のお母さんと私が写った写真があったからだ。


 私は化け物の顔を手で触って、そのモヤを払うように撫でる。


 

 すると、モヤの中からお母さんの顔が出てきた。



「お、お母さんッ!」


 

 私は思わず抱きつく。


 すると、お母さんも私の背中に手を回してくれた。


 お母さんも泣いているようで、その体が小刻みに震えている。


「ごめんね、ありがとう。私を守ってくれていたんだよね?」


 そう聞くと、お母さんはコクコクと頷く。


 震えながら、嬉しいように。


「ありがとね。今まで私のことを育ててくれて、守ってくれて」


 でも、と私は言葉を続ける。


「もう、私は大丈夫。お母さんがいなくても、やっていける。やっていく。だからね――」


 私は涙を拭って、精一杯の笑顔でこう言った。


「もう大丈夫だよ、お母さん」


 そう言うと、お母さんは私を強く抱きしめた。


 その目から涙を流して、震えながら笑顔で抱きしめてくれる。


 すると、その体が崩れだした。


 まるで成仏するかのように、スッキリとした顔で。


 私は最後までその体を抱きしめながら、お母さんを見送る。





 もう、涙は乾いていた。




 ◇◇◇




 あれから数日。


 小泉先輩は私の他に4股をしていたらしく、ふしだらな行為として停学処分になった。


 すると私は同情的な目で見られ、いろんな人から謝られたり、声をかけられた。


 酷いこと言ってごめんとか、疑っていてごめんとか。


 先輩が4股もしていたことは最悪だとは思うけど、幽霊のことは本当だったので、別に謝らなくてもいいのにと思った。


 紗絵は無事回復し、飲酒運転していた人も逮捕されて一件落着した。


 今では私と登下校している。



「いってらっしゃい」


 お父さんにそう言われ、私は元気に返事を返す。


「行ってきます!」


 すると、外から紗絵の声が聞こえた。


「美琴早く早くッ! 遅刻しちゃう!」



 はいはい、と私は言いながら、胸に手を当てる。




 今日も、トクン、トクンと、私とお母さんの音が鳴っていた。


 

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私の音、お母さんの音 @gandolle

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