第40話 お前は

大黒がぽつりと言う。


「......お前、なんで突然海外ボランティアなんて行ったんだよ」


「あ?」


「行くんならせめて何か言ってから行けよ」


「ああ......まあ、そうだよな。悪い」


目を丸くする大黒。え、どうした?


「お前が素直に謝るとか気持ち悪いな」


「ああっ?何だてめえ」


じゃあどーすれってんだよ!


「ははは、わりい驚いてよ。てかなんでまたケンカに来たんだ?せっかくボランティアなんてやって不良から卒業できたのによ」


「いや俺は不良じゃねえから!」


「不良みてえなもんだろ、がははは」


爆笑する大黒。


「......いや。今日来たのは、まあそれが理由だ」


「?」


「お前、もう俺との約束なんて守んなくていいぞ」


「は?」


「俺はお前とのケンカの約束を守れなかった。それにこれからまたボランティア行くからな。今後守れそうにもない。だからその自警団の約束は忘れて良い」


「......大宮茜から聞いたのか。いや、お前の親戚からかな」


「ああ」


「まあ、確かにお前との約束ってのはある。けど今となってはそれは理由の半分だ」


「?、どういう事だ」


震えのおさまった腕。拳を握りしめ、大黒は言った。


「お前、この約束したとき言ったろ」


「......?」


「響、お前はあの時こういったんだ『......せっかく強えんだから、弱いものを守ることに力つかえよ。みんな喜ぶぜ』ってな」


「......!」


確かに言った。こいつの力はケンカだけに使うには勿体無いと思って。だから自警団を作れって俺は大黒に言ったんだ。


「お前の言う通りだったよ。自警団みてえな事して、不良から誰かを守るたび周囲の目が変わり、感謝されるようになった。......まあ、喜ぶってのとは違うかもしんねえけど、ケンカして「ありがとう」って言葉を貰えるのも悪くねえ」


大黒がニヤリと笑う。


「この力で誰かの役に立って感謝されるってのは、良い気分だった。だから、半分は約束だったが、残りの半分は俺の意思で、やりたくてやってるだけだ......だから気にすんな」


「そうなのか」


「ああ、そうだ」


こいつはわかりやすい。だからこの笑顔が偽りのない本心を表している事ってこともわかる。


だからこそ、気に掛かる。


あれだけ楽しそうにしていたダンスの邪魔になっているんじゃないか、と、


俺はお前らの未来を歪めてしまっているんじゃないのかと。


「......けど、お前らダンスの方は良いのかよ?」


「!!」


顔を真っ赤にして驚いた顔の大黒。


「な、なんでそれを」


「ああ、親戚から聞いたよ」


「いや、まあ......つーか、わ、笑わねえのかよ?俺らがダ、ダンスだぞ?」


ふいっと顔を背けた大黒。


「笑うわけねえだろ。あれだけ上手いんだ、めちゃくちゃ頑張ってきたんだろ?そんな本気で好きなことをやってる奴らを笑うわけねえだろ」


以前の俺ならともかく、今の俺は笑わない。いや、それがどれほど凄いことかを知った今では笑えない。


「お前らはすごいよ」


「お、おお、ありがとう」


頬を赤らめもじもじと体をくねらせる大黒。ええっ......乙女?


それはともかく、ちゃんと伝えないと。できるだけわかりやすくストレートに。


「せっかくイイ感じになってるんだ。そっちに集中した方が良いんじゃねえのか?」


首を横に振る大黒。


「確かにそう思う気持ちもわかる。けど、俺たちにとってはどちらも大切なんだ。この町の人間もダンスも等しく」


真っ直ぐな目。大黒のその目には僅かにも嘘がない。


(ああ......これも本心か)


「そうか、わかった。お前が好きでやってるなら、それでいい」


俺は大黒に背を向け歩き出す。


「おい、まて響!」


「あ?なに」


「帰ってきたらまた俺とケンカしろ」


「はあ?いつ帰ってこられるかわかんねーよ」


もう時間的に神力が尽きる.....。


「それでもいい。帰ってきたらまた此処に来い。疲れてんならケンカしなくてもいい」


......こいつ、もしかして。


「お前、俺のこと心配してくれてんのか?」


「ぐっ!?ち、ちげえよ......あ、いや、そうだよ!お前が居なくなったら思い切りケンカできる相手がいなくなるからな!だから約束しろ、帰ってきたらツラ見せにこい!」


早口でまくしたてる大黒。


「ぷっ、あっはっは!」


「んなっ、わ、笑うんじゃねえよ」


とんだツンデレ野郎だな。けどまあ、その気持ちは素直に嬉しい。


「わかった、いいよ。顔見せに来る」


「オウ」


「......あ」


「ん?」


「約束ってんなら、こっちも一つ」


「なんだ?」


「俺が帰って来るまで、茜たちのダンスみてやってくんねえか?」


「あいつらのダンスを?」


「ああ。お前らに時間ねえのはわかってる。けど、そこをなんとか......ほんの少しの時間で良いんだ。頼む」


「お前が頭さげるとはな......そんなに大宮茜が大切か」


茜は大切だ。だからこそずっと俺が守ってきた。だけど、今はそれだけじゃない。


「いや、あいつらは......」


「......?」


あいつらは、なんなんだ?


冷静に考えてみると、よく分からなくなる。


俺は茜もアッティも好きだ。


けど、ここまで......神力を使い果たしながらも助けようとする理由はいったいはんなんだ?


俺にも恋愛感情がないわけじゃない。


好きな人の為、それもある。


けど、それだけじゃない。


俺が、俺の高校生活を使っても良いと思えた理由。


.....それが見つからない。



「大宮茜、すげえ楽しそうだよな」


「え?」


大黒が沈む夕陽に目を細めた。


「俺もさ、不良に似つかわしくねえアイドルって趣味をもって、誰にも言えねえ時期がずっとあったんだよ。けど、ある日アイドルのライブにいったとき、英太と出くわして趣味がばれちまった......あいつそん時なんて言ったと思う?」


「......なんて?」


「大黒さんもアイドル好きなんすね、めっちゃ嬉しいっす!だってよ。そのあとあいつとファミレスで朝日を拝むまでアイドルトークしちまったよ、ははは」


大黒はその時の事を思い出しているのだろう、幸せそうなツラで笑い声をあげた。


「俺はそんときあいつと本当の仲間になれた気がした。それまではケンカでしか仲間を作れなかった俺だが......これが本当の仲間なんだって感じたよ。英太だけじゃねえ。尾雄、真司、出九、あいつらもな」


「......仲間」


「大宮茜も一緒に夢を追える仲間が見つかって嬉しそうだったぜ。あいつらはきっと名を残すアイドルになる。お前がそうやって目をかけてやりたがる気持ちはわかるかな。響、おめえも推しとくなら今のウチだぜ?はっはっは!」


(......そうか)


一緒に、夢を追う仲間。


茜とアッティの顔が思い浮かぶ。


俺は、あの二人と夢を追っているんだ。


理由は男に戻りたいから......いいや、違う。それだけじゃない。


皆と夢を叶えたいっていう俺自身の願いがあるんだ。


だから俺は神力を使った。


掴んだ大切なモノの為に。



薄く染まった夜空に、白い星が流れる。


俺はそれを掴み取ろうと、手を伸ばしてみた。


皆となら不思議と遥か向こうのそれにさえも、この手が届きそうな気になる。


(......俺と茜とアッティ、皆と......仲間となら)


――光ればやがて燃え尽きる、あの星のような未来であったとしても。一瞬で消えるとしても。


皆と頑張りたいんだ、俺。



俺は大黒にニヤリと笑って見せる。


「ばーか、大黒。おめえ勘違いしてるぜ」


「あ?」


「俺はとっくの昔から茜を推してんだよ。ファン一号だぜ」


「ふん、そうか」


ニカッと笑う大黒に俺も笑い返した。


ま、大切な事に気付かされたからな。神力つかって会った価値はあったかな。......てか、まだ神力もつんだな。ヤバくなったらアッティが合図してくれるはずなんだが。


俺はスマホを取り出してアッティから着信がきてないことを確認した。女に戻る十分前くらいに連絡くれるって言ってたよな......意外と消費してないのか?


まあ、なんにせよ、とりあえず帰るか。神力はできるだけ節約したいからな。


「それじゃ、茜たちのこと頼んだぜ」


「おめえが感動して失神しちまうくれーの出来にしてやるよ」


「ははっ、期待してるぜ」


――俺は大黒に背を向けた。



◇◆◇◆



「くっ、だめだぁ〜!」


ダンスにおいて、どうしても響くんを超えられない。


この女神のスペックを以ってしても、太刀打ちできない。


「......身体能力おばけめ」


いや、女神の体だからだ。


この体は基本的に人よりも高スペックに出来ている。


そうデザインされている。


だからこそ、成長という概念が無い。


(......)


ふつふつ、とあの時の感情が湧き出てくる。


あの日、体育館ではじめてポテンシャルをテストされた時の感情。


あの時、私は響くんの下手くそなステップをみて思ったんだ。


『緊張もあるんだろうけど、不器用で下手くそだなぁ......だけど、この人は私をいつか超えてしまうんだ』って。


響くんは様々な要因で力が発揮できないだけ。


運動神経は神がかっていて、勿論神力なんて使うまでもない。


彼の身体を動かす事に対するセンスは驚異的だ。


それに、響くんだけじゃない。


茜ちゃんは私よりも歌が上手い。


ダンスも良くなってきている。


二人とも、すごいスピードで伸びてきてる。


(.......遠くない内に、私がこのグループの足を引っ張りそうだ)


それが私の中に苛立ちと恐怖心を生んでいる。


私、女神なのに。


「ぷっ、ふふ......おっかしいですね。そうです、私は女神!だというのに何故、こうも人間のように悩んでるんですかねえ。あくまで暇つぶしの一環だというのに。おっかしい、あははは!」


そうだ。これは暇つぶしの一環。途方もない時間に存在する女神の余興なのだ。響くんの寿命が尽きるまでの、遊び。


悩むのは馬鹿らしいです。


意味のない事に時間を使うのも。


......だめだめ、だめです!もやもやしてちゃお肌に良くないですからね!


「さて、と......ん?」


時計をみて思い出す。


あれ、私なんか響くんに頼まれてたような。


「......あ」


ダンス練習に熱中していたアホな自分を呪い、私は絶叫した。



◆◇◆◇




忽然と漂い出した白い霧。


それが一瞬で消えうせ、視界がクリアになる。


あの日と同じ。


エオンのトイレで起こった現象。




「......えっ?」



「な、なんで、は!?お、おま.....!!」




ダボダボの制服。


背中に感じる大黒の視線。




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女神の勘違いでTSされた男子高校生は男へ戻るため人気スクールアイドルを目指す。 カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画 @kamito1

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