第39話 リミット


次の日。俺はアッティに大黒へと連絡を入れてもらった。


一時的に海外ボランティアから帰って来る事、大黒の話を聞き約束の件で話をしたいからいつもの橋の下で会いたいと、メッセージをいれた。


大黒からの返事は「逃げんなよ」と一言来ていた。


「本当にいいんですか」


「いいよ。俺たちにとって必要な事だ。それに」


「それに?」


「これで大黒の人生が変わっちまったら嫌だしな。俺はあいつのこと嫌いじゃねえし」


「嫌いじゃない?......す、好きってこと?」


ジッとこちらを真剣にみつめるアッティ。こいつまたBLだとか変な想像してんじゃねえだろうな。一応ちゃんと言っとくか。


「いやまあ好きだよ。けど別に変な意味じゃなくてだな......律儀に約束を守り続ける誠実さだったり、心根が優しいところだったり、人間性がってことな。変な想像すんなよ」


アッティは眉を潜めた。


「好きな人間......それって変じゃないですか?」


「変?」


「だって好きなんですよね?なら約束っていう繋がりで縛っておいたほうが良いじゃないですか。人は忘れる生き物です......約束が無くなれば忘れられてしまいます」


「え、なに......なんか怖いこと言ってる」


「こ、怖いこと?」


首をかしげるアッティ。そうか、こいつ女神なんだよな。人間の感情がわからないのかもしれない。


「例え忘れられても良いと俺は思ってる」


「え、好きなのに?」


なんかこいつの好きは意味合いが違く聞こえて嫌だな。


「好き、まあ、大黒に限らず......大切な相手には幸せでいて欲しいだろ。俺のこの約束があいつの幸せになれる未来の邪魔していたら、悲しくないか?」


「幸せな未来の邪魔......」


「あいつ、もしかしたらもっとダンスの練習がしたいのかもしれない。俺との約束がなければその時間も多くとれるだろ......ネットに踊ってみた上げてるくらいなんだ。ダンスで食ってく事が夢かもしれない。でも俺との約束が邪魔していたら......」


「響くんは、優しいですね」


アッティが複雑そうな顔でそう呟いた。俺の言いたいことを理解したのかもしれない。


「でも、相手が大切だからこそだろ。俺が優しいわけじゃないよ」


「......わかりました。そろそろ時間ですね」


「ああ、頼む」


俺は姉貴に持ってきて貰った男子用の制服に着替えた。



◇◆◇◆



河川敷。川の向こうへとオレンジの陽が落ちかけている。


橋の下には一人の男の影が伸びていた。腕を組み、仁王立ちしている。流石はここいらを取り仕切る不良の王様。なかなかの風格だ。


「よお」


俺は大黒へ声をかけた。昨日とは視点が違ってそこまでの圧を感じない。女の時との身長差ヤバかったからな。


「本当に帰って来たんだな」


「ああ、まあな」


にやりと笑う大黒。これは殴り合いの合図。


――ケンカはご法度ですよ。神力が更に減りますから。


アッティの言葉が脳裏に過る。


(けど、俺は......俺と大黒にはこれしかねえ!)


大黒の凄まじい拳が飛んでくる。俺はスレスレでそれを躱し、腕を掴み一本背負を決めようとした。


「!」


しかし掴んだ腕とは逆の手で、腰に抱きつかれ阻止される。


俺は大黒の脇をひじで打った。


「〜〜ッ!!」


苦しむ大黒。その隙に打った脇腹の逆サイドに回り込み、蹴りを放とうとした.....が、振り回された剛腕にそれを阻止された。


「腕はなまってねえみてえだな、響ぃ!!」


「ははっ、お前もな!ふつーのやつなら最初の背負投で終わってるぜ」


幾度となく繰り出される拳と蹴り。五分くらいで終わると見立てていたケンカももう既に十分は経っていた。


(大黒、強くなってやがる......!)


タフさが前の比じゃねえ。俺のスピードへの対応力も上がっているし、攻撃が当たらねえ。つーか下手したらカウンターくらう。


この男の体なら耐えられるとは思うけど、下手に体勢でも崩して寝技かけられたら負ける。


「オマエ昔、三日でもケンカできるって言ってたよなァ、響ィ!!やろーぜ!!」


「!!」


少し見ねえ内に......こんなに差が縮まるもんかよ!


「待ってたぜ!お前をずっとなァ!!」


いや、そうか。こいつ......。


ケンカが楽しくて仕方ないというように笑う大黒。俺と同じだ。楽しいからケンカする。だから成長するんだ。

そして、大黒はこの有り余る力を全力でぶつけられる俺とケンカができて楽しい。


(なら、思い切りいくか......多分これが、お前との最後のケンカになるからな)


俺は全身の力を抜く。すぅっと前屈みの姿勢になる。


いきなり攻撃をやめ、ゆったりとした動きになった俺に対し、これが勝機だと思ったのか突進してくる大黒。


それに合わせ俺も前に出る。


身体に余計な力が入ってない状態。


大黒の攻撃をギリギリで躱し右へと体を振り、そこから左の死角へと倒れるように切り返した。


「――なっ!!?」


大黒の目には俺が急に消えたように見えただろう。


――ゴッッ!!!


「がはっ」


予想外にも大黒はそれにすら反応し、腕を出しガード。しかし、体重乗った俺の回し蹴りは、その大黒のガードごと吹き飛ばした。


ゴロゴロと転がり、仰向けになる大黒。


起き上がろうと身体を起こすが、攻撃を受けた腕がぶるぶると震えていることに気がつく。


「また俺の勝ちだな」



そろそろ二十分くらい経ったか?......まずいな。


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