第38話 思惑



「成る程、お忙しいんですね」


ぱん、と両手をあわせるアッティ。


「では仕方ないですね」


学校のカバンからノートを取り出し端をちぎる。そしてそれに何かを書き、大黒に手渡した。


「それ、私の連絡先です」


「あ?」


「もしも気が変わったら連絡ください」


「え.......気が変わったらって」


「さあさあ、響くん茜ちゃんもう暗いので帰りましょう!」


「お、おい!」


大黒がアッティに言う。


「後で、簡単な練習法くらいは教える。この連絡先にかけるからな」


ほんとに、どこまでも真面目な奴だ。


「ありがとうございます!」


アッティは笑って手を振った。



◇◆◇◆



「と、言うわけで!大黒くんの連絡先を手に入れたわけですが!」


それからあれから練習を終えた我々は帰宅したわけで。俺は夕食のオムライスを作りながらアッティの話を聞いた。


「......うん」


「懸命な響くんならおわかりですね?このあと私が何をいうか」


「自警団の約束を取り消して、ダンス練習に来てもらう......か?」


「そーです!あの時、茜ちゃんにしたように一時的に姿を男に戻して、通話すれば」


「いや、無理だな」


「ええっ!?なんで!?」


ジュワッと卵をフライパンに落としながら俺は答えた。


「あいつは多分、その約束があるかぎり俺がまたケンカしにくるって思ってる。だから、通話で言ってもきかないし無理だと思うよ。頑固だし」


「よくおわかりなんですね、大黒くんのこと」


「まあ、ずっとケンカしてたからな。わかるよ、あいつ根が真面目なんだ。だから俺はあの約束をしたんだし」


「ふーん」


「アッティ、出来た。持って行って」


「あい」


ふんわりとろとろのオムライスがのった皿を手渡す。アッティは満面の笑みを浮かべとことことそれを運ぶ。


大黒のおかげで町の平穏が守られている。けど、それがあいつを縛り、自由を奪っているのも時事なんだよな。

アイドルが......ダンスが好きだなんて初めて知った。

もしかして、俺があんな約束をしなければ、あいつはまた別の道を歩めていたのかもしれない。


あれだけ上手いんだ。その可能性は十分にある。なら、俺がかけた約束って呪縛を消してやんなきゃいけないよな。


(......けど、それには直接会わないと難しいだろうな)


「なにぼーっとしてんですか!ほら響くん!食べましょうよ!!」


「あ、うん」


自分のオムライスをテーブルに置き、手を合わせる。


「「いただきます」」


ガツガツ食べ始めたアッティ。神力で少し成長したのか、以前のような子供味は感じなくなった。

まあ、まだ中学生に見えるが、それでも二人で稼いで分配した神力が着実に彼女を元の姿へと戻していっている。


「なあ、アッティ」


「むぐむぐ、なんですか?」


「今俺の神力ってどんくらい?」


「んーと、昨日確認した時点では......確か、男に戻れる値の十分の一弱くらいですかね。ちょっとスローペースですが、スクールアイドルの活躍しだいで響くんの宣言どおり一年で届きますよ」


「そっか」


アッティの頬についた米をとり俺は自分の口へといれる。


「あ、すみません。えへへ......えっと、神力つかいますか?」


「それ、使ったらどんくらい減る?」


「そーですねえ。まあ、姿を変えるとなればかなり減りますよ。それこそ三十分くらい変わっていれば全ロスくらいのレベルで」


「まじでか」


「はい。そう考えると結構厳しいですよね」


じーっと俺のオムライスをみつめるアッティ。


「けど、あれですよ。大黒くんの力は私は必須だと思います」


「え、めちゃくちゃあいつのこと買ってんじゃん」


俺はアッティの皿に自分のオムライスの半分を移してあげた。すると彼女は、うっひょー!と大喜びで食べ始めた。


「もぐもぐ、んぐっ......響くん知ってますか」


「なにを?」


「多分大黒くんたちYooTuberですよ」


「ええっ!?」


「ほら帰りに茜ちゃんが言ってたじゃないですか。ダンスが私の参考にしているYooTuberさんに似ているって。私、その動画みたんですけど、間違いなく大黒くん達でした」


「え、ほんとにぃ〜?」


「ほんとほんと。顔は被り物でわかりませんでしたが、体格が一緒で......というか、魂がそうでしたから。ほら、私魂みえるんで。ちなみにチャンネル登録者数5万人いましたよ」


「ま、まじでか......あいつら異様に上手いと思ってたら、そんなすげえ奴らだったんか」


「後でURL送るんでみてみたらいいですよ。あ、私洗い物するので食べ終わったら持ってきてください」


「え、いーの?悪いな」


「いえいえ、ぜーんぜん。今日も美味しかったです。ごちそうさま」


......姉貴、起きてるかな。



◆◇◆◇



......人間界に降りてきてから、私は変わった。


天界から人を眺めているのは楽しかった。神の手違いで死した人間を私の手で別世界へと生まれ変わらせる。それが私の仕事。


だから業務上、数え切れないほどの人に会ったし、彼らから話を聞いたり人間界の事を教えてもらったりした。本来それは禁じられた行為だったが、私は他の女神とは異質だったようで、モノに対する興味が湧きやすかった。


色々なものを学んだ。天界から観察しているだけでは知り得なかったものは数しれず。BLもそのひとつで、そこから漫画アニメ、ネトゲなど様々なものを知ることとなる。


だが、心が満たされることはなかった。


それらを知れば知るほど、私の中からよくわからない感情が湧いて出てきた。


それがなにかに気づいたのは、響くんと話した時だった。


いつも通り、短い時間での会話。


けれど他の人間とは違う。


テンポよく進む会話と、妙に合う波長。


その時は響くんの魂が人違うからかと思っていた。


彼の魂は、美しく情熱的な紅い宝石のよう。どちらかというと人より神に寄っている輝き。


だから欲しくなった。


女神が力を授けた人間は、死後その女神のもとに置くことができる。


私は、私の波長と合う響くんの魂が欲しかった。


ずっと側に置いておきたかった。


(......はずだった)


けど、今は違う。


こうして、学校に通い友達ができた。茜ちゃんやクラスの人達。姫子先輩、木村先生、遥ちゃん。


楽しくて仕方がない。監視役とはいえ、ここまで人間の世に浸かるのは本来あってはならない。


でも、こうなってみてわかった。


私は人との確かな繋がりが欲しかった。


友達、親友、家族。


そう、私は......響くんの魂ではなく、響くんとの繋がりが欲しい。


この人間界で、確かな彼との繋がりが。


だから、私は響くんを元に戻したくはない。


私とずっと一緒に居て欲しい。



(......だから、神力をつかわせる。元になんて戻させない)




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