兎耳人外無感情ロリ、頭わしゃわしゃ編



 ……すう……すう……。

 


 ソファで丸まりながら眠るサナを見やる。

 異形の兎耳はどこか安心したように丸まっている。 

 『優しく』するまで、この耳が垂れ落ちている姿を見たことがなかった。


 初めて外に連れ出そうとした、あの日からだ。



 ――出かけるぞ、それで耳隠せ。



 岸谷は灰色のキャスケットを、サナの頭の上に置いた。

 使い古したぼろぼろの年代もので、ちょうど捨てようか悩んでた所だ。

 だからサナにくれてやった。


 ――、……。


 ただそれだけで、異形の両耳が大きく跳ねた。

 耳が張り詰め、帽子は宙に浮く。

 ゆっくりと、小さな口を開いた。



 ――……、…………?



 

 まるでそこだけが復元出来ないかのように。

 だからこれは人の言葉ですらない掠れた音、しろうさぎの鳴き声だった。


 ――ぇ……、ぃ……ぃ……?


 ――サイズが足りねえな。他にあったか?


 伸びきった兎耳からキャスケットを取り上げると、そのままゴミ箱に投げ入れた。

 岸谷にとってその程度の価値しかない。

 なのに――


 ――ぃ、……!


 サナの姿がストロボのように掠れる。

 そして映画の一コマが抜け落ちたように、次の瞬間には……干からびたボロボロの帽子を、胸元に抱えていた。

 まるで、宝物を手放さないように。


 ――おい。ふざけんなよ、オマエ。


 ――……、ぅ……。


 命令に無い行動、更には加速能力の無断使用。

 これは本来、あってはならない事態だ。

 もし、最強の〈首輪付きペット〉に自発的意志が――感情があると知られたら?

 〈しろうさぎ〉の叛逆は〈管理局〉が最も恐れる最悪のシナリオ。

 発覚次第、即時処分もあり得るだろう。

 ……それは岸谷にとって、都合が悪かった。


 ――チッ……俺は何も見ていない。いいな?


 ――ぅ……、ぅ……!


 サナは首がもげそうなぐらい縦に振っていた。

 能力も乗っているのか、ミチミチと嫌な音がした。


 ――やめろ、寿命を無駄遣いするな。


 ――……、……。


 サナは深く頷いた。

 岸谷の目的に、サナは必要不可欠の道具だ。

 こんな所で処分されては困る。


 ――オマエが死んでいいのはになってからだ。


 ――……、


 二度目の頷き。


 ――それまでは勝手に死ぬな。分かったか?


 三度目の頷き。

 四度目、五度目、六度目――


 ――もしかして、謝罪のつもりか?


 ――……。


 七度目は肯定で止まった。

 ずっと、小さな胸に灰色のキャスケットを抱えたまま。


 ――はぁ……好きにしろ。でもその耳じゃ収まんねえだろ。


 ――……?


 何気なく岸谷がサナの耳に触れる。

 赤黒いナニカに白髪が絡まった異形の両耳。

 嫌悪感は無かった。

 使い潰す前提の道具に興味が無いだけだ。


 ――……ぇ……、……ぁ……。


 ただ、見た目に反して意外と触り心地は悪くなかった。

 サナは抵抗する事なく、ゴツゴツとした男の手に頭を預けた。

 まるで信頼されているようで。


 憎悪の炎が、薄らいでゆく気がして。


 ……絆されるな。

 

 岸谷は異形の両耳を、委ねられたサナの頭ごと乱暴にこねくり回した。

 それこそもげてもおかしくないぐらいの力を込めて。


 ――……ぇ……、……ぃ……。

 

 なのに、何故か抵抗しない。

 それどころか、ねだるように頭を擦り付けてくる。


 ――……ぃ……、ぃ……、


 サナは少女である前にキメラなのだ。

 殺意を込めた手付きですらも、じゃれているようにしか感じないらしい。

 思わず苛立ちを感じて手を離す。


 ――ぁ……、ぅ……。


 サナは無表情のままだが、その視線は明確に、先ほどまで頭を撫で回していたとリンクしている。

 手を動かすと、追いかけるようにくりくりと赤い眼も動く。


 確定だ。

 〈管理局〉が誇る最強の〈首輪付きペット〉には、サナには心がある。

 そしてどうやら、


 ――俺の命令に従えるか?


 首を縦に振った。


 ――命令以外の行動はしないと誓うか?


 首を縦に振った。


 ――えっと、……その耳、折りたためるか?


 言葉と同時に、サナの張り詰めていた異形の両耳が丸まった。

 一言で済む話だったらしい。

 少し前までの岸谷なら、試そうともしなかった事だ。


 ――本当にコレで良いのか?


 ――ぁ……、ぃ……。


 首を縦に、何度も振った。


 岸谷はサナの両手からキャスケットを取り上げる。

 今度は抵抗しようとしなかった。


 ――感情を表に出すな。オマエは〈管理局〉にとって都合の良い〈首輪付きペット〉でいろ……そうすれば


 深く頷いたサナの頭に、灰色のキャスケットを被せた。

 元々男性モノだ、折りたたまれた兎の両耳ごとスッポリと収まった。


 ――……ぁ、……ぁ、……ぅ。


 幽かな鳴き声が何を意味してるのか、なんとなく分かってしまった。


 ……クソッ。


 ――俺が許可するまで鳴くのも禁止だ。


 サナは、こくんと頷いた。

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No.37 Rapid Rabbit 電磁幽体 @dg404

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