圧倒的な疾走感で描かれる無軌道な青春。夜の都会で、自分が最も速いことを証明するため、違法ドラッグをキメて走る若者たち。走りながら、ライバルとの才能の差を感じ、自問自答する。競っているようでいて、その実自分とのたたかい、心の問題に回帰していく。そのさまが実にみずみずしい。カクヨムの青春小説の中でも白眉といえます。
この作品は作者の電磁幽体先生が高校生のときに執筆した作品だそうです。それだけでも驚嘆の域に達しますが、月日が経ち、世情が大きく変わってしまったことにより、このような一瞬を生きる無軌道さは貴重となりました。近年は、かつては想像もつかなかった悪意と愚かさ、そしてその反動なのか、しめつけるような秩序によって、早いうちから将来を考えることを強制され、考えないことは怠惰であると嫌悪される傾向にあります。しかし、いまの我々を省みると、将来のため、明日のためといいつつも、結局は目の前のことに忙殺されているではありませんか。この小説には今の我々が失い、そして最も必要とするものがあるように思います。
某所で短編で高名なとある作家を評して「情報の圧縮力と語彙や表現力が同居する技量は比類なきレベル」と絶賛している一文があったのですが、電磁幽体先生の短編小説にも、これがすべて当てはまります。電磁幽体先生は「妖精の物理学」で電撃大賞を受賞し、デビューを控えていますが、デビュー後も機会があれば短編を書いていただきたいと、切に願います。