だって精霊達の推しなんですもの

アソビのココロ

第1話

 小柄で整った顔立ちでアホ毛があって控えめな笑顔が魅力的。

 それがキキ・テンプル子爵令嬢だ。

 ハッキリ言ってストライクど真ん中だ。


 キキ嬢は学院のアイドルと言っても差し支えないくらいの美少女なのに、俺ブランドン・スウィフト以外は注目していないようだ。

 どうしてだろうな?

 さりげなく友人何人かに聞いたけど……。


『キキ・テンプル? 印象がないな』

『アホ毛の令嬢だろう? あんまり……』


 評価が低過ぎる。

 まあいい、ライバルが少ないということだからな。

 しかし安心はできない。

 キキ嬢はテンプル子爵家の一人娘だから婿を探しているはずだ。


 うちスウィフト子爵家とは、身分としては釣り合っている。

 ただ俺も長男だからなあ。

 弟が家を継いで俺がテンプル子爵家に婿入りするのがベストだが、どうやって親父を説得すりゃいいんだ?

 いや、先走り過ぎだ。

 まずキキ嬢と仲良くならねば。


          ◇


 ――――――――――キキ視点。


『キキ、夜半から少し東風が強くなるよ』

『キキ、騎士団長の息子と王女がいい感じだよ』

『キキ、バーブの里のリコリスの花がそろそろ見頃だよ』

『キキ、東の山の炭鉱の入り口近くの地盤が脆くなってきてるよ』

「皆、今日もありがとう。面白かったわ」


 光の粒が嬉しそうにくるくる回って消えていきます。

 楽しいお話を聞かせてくれた精霊達です。

 今日の精霊との会話が終わったことを察し、執事が問いかけてきます。


「お嬢様。特筆すべきことはありましたか?」

「東の山の炭鉱の入り口近くの地盤が脆くなってきてるんですって」

「ほう、落盤の危険がありますね。速やかに報告しておきましょう」

「お願いね」


 執事が去ると、侍女のベラがお茶を淹れてくれます。

 ホッとしますね。


「ありがとう。嬉しいわ」

「お嬢様は精霊とお話ができるではないですか」

「そうね」


 テンプル子爵家に生まれた娘には時々あることですが、私は精霊とお話しできます。

 精霊のお話は気まぐれです。

 とりとめもなくお喋りしていきます。

 ただたまに大事なことを話すのですね。

 今日だと炭鉱の話がそうです。

 

 わたくしが精霊と話をできるということは、他家にはほとんど知られていません。

 ただ王家には伝えてあります。

 今日のように有用な情報を得た時には報告することになっているのです。

 ですから私はそれなりに大事にされていると思います。


「恋の噂もあるではないですか」

「ありますね」

「お嬢様自身の話はないのですか?」

「……」

「あっ、怪しいですよ?」

「も、もう、ベラったら」


 実はあります。

 ブランドン・スウィフト子爵令息がわたくしを気にしているという話を、数度聞きました。

 注意していると、ブランドン様に見られていることが多いと気付きました。

 恥ずかしいですね。


 わたくしには精霊達によるガードがあるのです。

 精霊達の許しを得ていない殿方がわたくしを見る時、ある種の認識阻害がかかるそうで。 

 にも拘らずブランドン様がわたくしに注目しているということは、精霊達が認めているということに他なりません。

 じゃあいい方なのだろうなあと思います。

 今まであんまり関わりはないのですけれども。


「お嬢様と精霊の意見の一致する方がいらっしゃるのでしたら、旦那様に伝えておくべきなのではありませんか?」

「……ちょっと難しいのですよね。互いの立場が」

「ああ、残念ですね」


 わたくしはテンプル子爵家の跡取りですし、ブランドン様もまたスウィフト子爵家の嫡男です。

 ブランドン様を婿にくださいというのは、少々ムリ筋だと思います。

 ベラも酌みとってくれたようですね。


「ガッカリせずに。いい方はたくさんいますよ」

「そうですね」


 精霊達が認めた人は、今のところブランドン様だけなのですけれども。


          ◇


 ――――――――――ブランドン視点。


 まるでキキ嬢と接点がない。

 これでは親しくなろうったって不可能じゃないか。

 焦るなあ。

 何かきっかけが欲しいんだが。


 学院の朝の集会の時間だ。

 キキ嬢が友人の令嬢と話をしている。

 相変わらず可愛いなあ。

 あっ、キキ嬢と目が合った。

 軽く会釈しておく。

 今日はいい日だ。


 ん? 何だかゾワゾワした気分になる。

 どうしたんだろう?

 キキ嬢もキョロキョロしているな。

 あっ?


「危ない!」


 天井の一部が剥がれて落ちてきた!

 キキ嬢が倒れている!


「き、キキ様が落下物に気付いて、私を押して助けてくださったのですけれど……」


 友人の令嬢がオロオロしている。

 キキ嬢は頭にケガをしているようだが、深手ではないように思える。

 が、意識はない。

 動かさない方がいいか?

 あ、アホ毛がちぎれてしまっているな。


 俺の目はアホ毛から離せなくなった。

 な、何だ?

 アホ毛が光っている?

 と、突然頭の中に声が響いた。


『ブランドン、急いでキキを学院長のところへ連れていって!』

『ブランドン、忘れずにアホ毛も持っていって!』


 誰の声だ?

 医務室じゃなくて学院長のところ?

 一〇分もすれば学院長は講堂に来ると思うが、急いで連れていけ?

 忘れずにアホ毛も持っていけ?


 色々疑問はあるが、何故か逆らってはいけないような気がした。

 アホ毛を引っ掴み、キキ嬢を横抱きにして学院長室へ!


「学院長!」


 ちょうど部屋から学院長が出てきたところに行き合った。


「ふむ、ブランドン君じゃの? 抱えているのはキキ・テンプル嬢?」

「はい」


 学院長は生徒の名前を全部記憶しているというすごい人だ。


「どうしたかの?」

「講堂の天井の一部が剝がれ落ちてきて、キキ嬢がケガをしてしまったんです。意識がなくて……」

「何と……むっ、足りてないの。これはいかぬ!」


 キキ嬢を見た学院長の表情が厳しくなる。

 まずい事態らしい。


「ブランドン君、現場にキキ嬢の精霊毛が落ちているはずじゃ。急いで持ってきてくれんかの?」

「精霊毛とは何でしょうか?」

「ぴょこんと伸びた、太い髪の毛じゃ」

「それならここに!」


 目を見張る学院長。


「ブランドン君、冴えとるの!」


 学院長の手が光る。

 魔法か?

 そういえば学院長は優れた魔法の使い手と聞いたことがある。


『ブランドン、今のキキには魔力が足りてないんだよ』

『ブランドン、アホ毛にはキキの魔力が詰まっているんだよ』


 先ほども聞こえた、直接頭に響く声だ。

 えっ? キキ嬢のアホ毛って、魔力の塊なの?

 ちぎれたことで魔力が足りなくなった?

 そんなことある?


「ホッホッホッ、ブランドン君は精霊に愛されてるようじゃの」

「精霊……ですか?」

「精霊の声が聞こえているのじゃろう?」


 これは精霊の声なのか。

 何故急に精霊の声が聞こえるようになったんだろう?

 学院長がアホ毛から魔力を抜き取り、キキ嬢に戻しているようだ。


「ん……」

「気付いたようじゃの」

「あ……学院長先生」

「覚えておるかの? 天井が壊れてキキ嬢は頭をケガしたのじゃ」

「はい、急に気が遠くなって……」

「精霊毛がちぎれてしまったからじゃ。これに懲りて、精霊毛に過量の魔力を回すでないぞ」

「はい、反省いたします」

「ホッホッホッ、キキ嬢を救ってくれたのは、そこなるブランドン君なのじゃ」

「ブランドン様?」


 ああ、潤んだ瞳が美しい。

 こんなん惚れてまうやろ。


「ブランドン君は精霊に愛されてるようじゃぞ?」

「……気付いておりました」

「ほう?」

「俺にはその精霊というのがよくわからないんですが……」

「ゆっくり話してやろうぞ。どうせ今日の朝会は中止であるしの」


          ◇


 ――――――――――キキ視点。


 学院講堂の天井剥落事件以来、ブランドン様と話す機会が急に増え、わたくしの婚約者になっていただくことになりました。


「俺もキキの婚約者になれて嬉しいんだ。前から可愛いなあと思ってたから」

「わたくしも嬉しいです」

「いや、王家や学院長から強力な推薦があってビックリ」


 そうなのです。

 精霊に気に入られる素質を持った者は貴重ということで、陛下や学院長先生からブランドン様をわたくしの婿にと、強力なプッシュがあったのです。

 ブランドン様はめでたくわたくしの婚約者に。

 ブランドン様の実家スウィフト子爵家は弟さんが継ぐことになりました。


 ブランドン様には精霊のことを全て話しました。

 精霊とは意思を持った魔力の塊であること。

 テンプル子爵家の娘は精霊と話せる者が多いこと。

 精霊はお喋りで、人間の知り得ないことまで教えてくれること。

 精霊と話せる者には、精霊毛と呼ばれるアホ毛があること。


「精霊とお話する時は、アホ毛に精神を集中するものなんですよ。ですから自然に魔力を集めるクセがついてしまって」

「だからアホ毛が切れて、体内の必要魔力量が足りなくなってしまったのか」

「注意されてはいたんですけれどもね。事故以来、よく気をつけることにしています」


 わかっていたことですのにね。

 大いに反省です。


「でもおかげでブランドン様が婚約者になってくださいました」

「わからないものだなあ」

「ケガの功名です」


 お互いに笑い合います。


「俺もキキがよかったんだ。焦ってた。どうにかして話すことができないものかと」

「わたくしは、精霊にブランドン様がいいということは聞いていたんです。でもスウィフト子爵家の長男でいらしたでしょう? ムリかなあと思っていました」

「……俺に精霊の声が届いたのは、あの事故の日だけなんだ」

「ブランドン様は精霊に愛されてるんです」

「そうなのか?」

「ええ」


 今でも精霊が大喜びでブランドン様の周りを飛び交っていますよ。


「ただ受け手の方に精霊の声を聞くアンテナがないと、精霊は大声を出さないといけないんですよ」

「つまり聞く方はアホ毛を持っていないといけない?」

「本来は。でないと精霊が疲れてしまうんです」


 だから緊急の時でないと、精霊が話しかけることはないと思いますよ。


「そうだったか。でもキキを助けるために、精霊が俺を頼ってくれたのは誇らしいな」

「ブランドン様」

「ん?」


 ブランドン様をハグします。


「ハハッ、積極的だね」

「ブランドン様に精霊の声が聞こえていないからです」

「どういう意味だい?」


 だって精霊達が、『キキ、今だ行け』とか『キキ、抱きつけ』って言うんですよ?

 ブランドン様もまた優しい眼差しでぎゅっとしてくれます。

 精霊達がまるでお祭りのように、ダンスをしているかのように飛び回っています。

 祝福してくれているんでしょうね。

 わたくしもハグする手に力を込めます。

 ブランドン様との幸せが、精霊達とともにありますように。

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