不良少女と猫
羽間慧
不良少女と猫
桜とともに君はあたしの前に現れた。不良少女にお似合いの猫だって、生徒指導の山田は笑った。
いつまで経っても塞がらないピアスと、片耳がいびつな君。黒染めしても茶色になるあたしと、まだら模様の君。山田にからかわれる前に、あたしは別のことを考えていた。見た目だけが似た者同士じゃない。道を歩いていただけでカラスにつつかれる君と、授業中に頭が下がっただけで寝ていると怒られるあたし。ほかの子どもと明らかに差をつけられて、かわいそうだ。
「山田、うち猫飼えない」
「知るか。そんな報告されても俺は飼えんぞ。離婚したてだし、家のローンが残ったままなんだから。あと、俺の名前に先生をつけろ。友達か」
敬える訳ないでしょ。うるさい拡声器に。
名前を覚えているだけでも、ありがたく思って。
「山田、結婚してたの? ウケる」
家でもふんぞり返っていたんだろうな。シャツのアイロンがなっとらん、米が悪い、味噌汁が薄いって。
「どこがおかしい。俺は最悪な結婚生活だったんだぞ。傷は絶えないわ、アイドルグッズは捨てられるわで」
やけに絆創膏が多い時期があったのは、元奥さんにやられた傷なの? 山田がした側じゃなくて? 全然イメージできないんだけど。でも、これだけは言える。
「奥さんいるのに、別の子に夢中になっちゃ駄目じゃん」
「三次元でもか? それは無理だ。空気や水と同じぐらい大切だからな。田中に教えてもらわないと出会えなかったし」
「それは布教しがいがあったかも」
山田は猫を抱き上げた。猫の爪がジャージに引っかき傷をつける。
「お前の毛並みは、結構よさげだな。捨てられた訳じゃないのかもしれない。田中はSNSのアカウントあったよな。こいつの飼い主が探していないか、見つけてみろ」
「やだ。充電減らしたくない」
「クラスメイトに借りたらいいだろう。新しいクラスメイトに。あー。そーか、そーかぁ。みんなが行った石段を登らずに、俺と悲しく待っているんだもんな。自分から壁を作っているのに、借りに行く勇気なんてないか」
「親睦を深めるために、学校から神社まで三十分も歩かされるのしんどいの! 帰宅部に体力を求めないで」
「だってさ。文句言いながら、お前のこと調べてくれているぞ。田中は派手な格好だけど、中身は案外可愛いよな」
「にゃ!」
「ちょっと! 勝手なこと言わないで。君も返事しない!」
「……にゃーお」
「ごめんって。君にはきつく言いすぎた」
元気なさそうに鳴かれると、あたしまで落ち込んでしまう。
山田は空気を読まずに「やっぱり田中はいい奴だろう?」と得意げになっている。あんたに育ててもらった覚えはないから、保護者ヅラしないでくれる?
「ん? この子って」
スクロールしていたスマホの画面を止め、写真と実物を見比べる。
「首輪を付け直すときに脱走したん? 飼い主めっちゃ心配してるじゃん」
「ちょうどこの上の神主みたいだな。送り届けてやろうな。花見ついでに」
デートついでになんて言われた日には、うっかり手が出ていたかもしれない。
「よかったな、田中。善行で少しは職員室の評価が上向きになるぞ。俺がフォロー入れなくてもいいくらいになってくれれば、ようやく安心だ」
また耳が光ったぞ。
人でも食った顔してんな。きっついメイクより証明写真の方が可愛いぞ。
スカートを短くして、ジャージを履くな。クソだせぇ。
両親やほかの先生が言わないことを、山田はずっと注意してきたんだよね。今までウザいとしか思えなかったけど、脱不良しちゃう……? 山田、今フリーだし。
「そんなん聞いても、全然嬉しくない」
「にゃ?」
「いーじゃねーか。そういうことにしておこうぜ」
ほんとだってば!
不良少女と猫 羽間慧 @hazamakei
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