The last track ミタマクジラのうた
そして今、俺はこうしてボイスレコーダーに声を吹き込んでいる。
航行速度、深度ともに変化無し。
水温は少しだけ下がった。
あと六時間ほどで、海底山脈にたどり着けるだろう。
海の中では光は遠くまで届かない。
ソナーの拾う音だけが頼りだ。
サラが生きている世界は、こんな感じなのかもしれない。
ホオリ叔父さんの最後の通信を、トマロックはしっかり録音していた。
その音声を分析して分かったことが一つある。
子供たちが童謡を歌い始めるのと同時に、ソナーはミタマクジラの唄を拾い始めたのだ。
あの通信のなかで、カネンスさんは「ドーム全体に歌を届けましょう」と言っていた。そのために、高層ビルのてっぺんにある大型スピーカーを使う、と。
これは仮説だけど――。
スピーカーで拡声された歌声が、ドームの天井を振動させたのだろう。
その振動が水中に伝わって、あの独特の柔らかい音が発生したのだと思う。
だとすればミタマクジラの唄は、そこに都市がある証拠だ。
俺は幼いころから、海底山脈の向こうに思いを馳せてきた。
死者の魂が集まった架空の生き物なんて信じてなかった。
山脈の向こうには、きっと俺たちの都市と同じようなドームがあるのだ。
もしかしたら、これは偏執的妄想ってやつなのかもしれない。
ドームではない何かがあの音を奏でているのかもしれないし、仮にドームがあったとしても、そこで暮らしている人に歓迎されるとは限らない。
それでも俺たちは、そこに向かうしかない。
他に生き延びる道を知らないからだ。
おっと……。うわさをすれば何とやら、だ。
ちょうどいい。ボイスレコーダーのマイクを、ソナーと繋いでしまおう。
聴いてほしい。これがミタマクジラの唄だ──。
『ミタマクジラのうた』〈了〉
※本作は2014年に同人誌『幻想銀座』に掲載・公開したものです。
ミタマクジラのうた Rootport @Rootport
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