第5話

瞬きする程もかからずに彼の姿は視界から消えた。空間ごと叩きつけるような爆音と共に現れた瓦礫の嵐はこのビル全体を容赦なくそのコンクリート片で砲撃し、地震のように大きく揺らしている。あるいは、爆発の衝撃がそのまま伝って来ているのかもしれない。

 幸い地下階段への入り口はイーザンと垂直を成す方向を向いており、その破壊の波が通路になだれ込んでくることはなかった。しかしそれでもなお暴力的なまでの空気の乱れは回転を伴って狭い階段を駆け巡り、踊り場で倒れるユティアの頭を酷く壁にぶつけさせた。幸い、バックパックが重しになって体がごろごろ転がって行ってしまう事はなかった。


 手袋越しのイズリの力強い手の感触がまだ残っている。しかしそれ以上の鮮明さをもって、木の葉のように吹き飛ばされる彼の体も目に焼き付いていた。

 嗚咽が漏れる。


 一瞬空気が凪ぎ、砂塵が晴れる。


 出口の向こうにイズリの姿は無かった。


 一心不乱に広がっていた爆風の波は爆心地が真空になってしまったことを思い出し、急速に逆流し始めた。止まっていた空気が一気に動き出して風となる。泥水をかき混ぜるような滅茶苦茶な気流と砂埃が長方形の出口の外で吹き荒れていた。

 階段でくるくる回る砂をピントの合わない目で捉えながら、轟音が空間に満ち溢れる中ユティアは飽和しかけた思考を回していた。


―イズリが死ぬわけ無い。銃で撃たれてもビルから飛び降りても生きてるんだから。…きっと今もいつもみたいに平気な顔でどっかで仏頂面してるんだ。


 半ば祈りのように、妄想かもしれない希望を頭の中で唱える。そうしていないとどんな悪い想像でも現実になってしまいそうだった。


 頭の中でいくら安心しようと、体は正直だった。風が幾分か和らいだとみると、もつれそうになりながら階段を駆け上った。


 路地裏のはずなのに。


 ―視界が一気に広がる。イズリを探して回した視線は、この爆発の想像以上の威力によって破壊され尽くした都市を捉えた。


 周囲に建物と呼べる物はなく、路地裏だった道と繋がる直線道路の脇には元の区別のつかない大小様々な残骸が積もっている。ひしゃげた剥き出しの鉄骨もあった。

 遠くに畝があった。それは倒れた高層ビルのに吹き溜まった瓦礫の山脈だった。


 形を残して立っていたのは、今さっきまで自分を護っていたそのビルだけだった。それも上階のほとんどは崩れ落ちており、側面には巨大な亀裂がいくつも走っている。崩落直前といった様子だろうか。


 爆風の名残が瓦礫の間を通り抜けて音を立てる。


 楽観的な思考はもはやただの慰めにもならなかった。現実と乖離しすぎた妄想は、最早逃避の手段にはならなかった。


「………そんな……」


 全身の力が抜けそうになる。視界がぼやける。


 違う、何で諦める。今も助けを待っているかもしれないのに。


 つっかえる喉で無理やり唾を飲み込み、いつの間にか滲んだ涙を拭った。―こんなんじゃまるで…もうだめだったみたいじゃないか。


―初めの爆風の方向、イーザンと反対方向へ…


 何の気なしに向けた視線、その先の光景にユティアは戦慄した。


 歪な形のかなとこ雲が地面を巻き上げるように巨立している。ゆっくりとその内部を蠢かせて上昇するその姿はさながら、成長する巨大なきのこのようであった。


 それは飛行機の飛んでいたあたりの高さだろうか。……その付近の真っ黒い城壁はまるで見えないガラスの玉がはまっているかのように、滑らかな球状に綺麗にくり抜かれていた。遠すぎるためにその動きはひどく遅く見える、莫大な量の黒鉛がその真円の口から吐かれている。その中心は綺麗にイーザンの中線を通っており、その直径はイーザンの幅を超えていた。円の横側の再端部は空に放り出されていた。


 この城はそれは頑丈だった。建設されてから半世紀余りのうちに、かすり傷でもついたという記録は一つも立てぬほど、人智を超えて頑丈だったのだ。

 そんなイーザンも、全体から見て根本に当たる位置を大きく円形にくり抜かれても耐えられるようには設計されていなかった。通常の三分の一以下に減少したその接続部にかけられた静止軌道まで伸びるその超越的な質量は、容易くその接続部を破壊した……。


 ユティアの目に映るのは、他でも無いその破壊によって引き起こされた、イーザンの倒壊、というスペクタクルであった。そして飛行機は、



「倒れてくる――!!」

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砂色デュオ/終末世界行記 @Ichizaki

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