気づいたらブサイクな猫になっていた俺、悲運。

竹神チエ

今、おれは猫だ。

 猫だ。おれは猫になっていた。

 原因は知らん。

 いつものように起床して大学に行こうと家を出た……ってところまでは記憶している。が、なにがどうしてこうなってしまったのか、さっぱりニャンだ。


 新たな人生(猫生)を送ることになってすぐだった。

 おれは不運に見舞われた。


 雨だ。

 大雨の中、おれは自分が猫であると気づいたのである。


 子猫ではない。

 そこそこ大きい猫、立派なオスだ。去勢前の。ここ重要。


 おれは野良ネコとして生きていかねばならなくなった。

 できることなら、美人の飼い猫になりたかったぜ……って声は天に届いた。


 なんと、にゃーんとっ。

 人間(大学生)だった頃、片思いして焦がれていた相手ヒナちゃんが、


「猫ちゃん、ずぶ濡れじゃない、かわいそう」


 と、おれを抱き上げ、自宅に連れ帰ってくれたのだ。


 もう一度言う。

 おれは子猫ではない。

 かーわーいーいー!! の時代は終えていた。

 立派なオス。股間にタマはある。


 が、見た目通り、その御心も美しいヒナちゃんは、おれをふんわり柔らかなタオルで包み拭いてくれたあと、人肌に温めた牛乳を飲ませてくれた。


 言っておく。

 猫に牛乳はご法度だ。腹を下す。ゴロゴロにゃ。


 でもな、この親切心が嬉しかったんだぜ☆


 おれは感謝していた。

 新たな人生(猫生)は人間だった頃より、何十倍も素晴らしい。


 おれは自分でいうのも悲しいが、ぱっとしない、ちっとも冴えない男だった。


 頭も悪けりゃ要領も悪く、顔も悪けりゃ髪質も悪い。将来薄毛になるだろう覚悟は中学生時代に済ませていた。運動神経もない、愛想もない、才能もない、不器用でダサい、嘘もつく、惚れっぽい、好き嫌いが激しい……やめよう。自分下げは。


 今は猫だし。人生(猫生)、今回は勝ち組だぜ☆

 

 まあともかくだ。


 人間男子だった頃はヒナちゃんに片思いするだけ。そこから何か始まろうって気配は微塵もなかった。学内で見かけるだけでラッキー。声をかけるなんてもってのほか。じっくり見るのも頂けないので、ちらちら見るだけ。けっしてストーカーではない、変質者でもない、清い片恋男子だったのだ、そう思いたいっ。


 って、また人間時代の悲しい記憶を掘り起こしてしまった。

 やめよう。今は猫だ。


 そう、猫である今。


 おれはヒナちゃんの膝の上にも乗れるし、頭もなでてもらえるし、「かわいいねー」とかわいい声で優しく言ってもらえるし、「わたしの家で暮らす?」との誘いまで受ける身になったのであーる。


 ビバ★キャットライフ!!

 始まる、好きな子との同棲ライフ!!!


 ヒナちゃんが望むなら風呂だって入る。

 洗ってくれ、おれを。ワシャワシャと洗うがいいさ。


 爪だって切って良いぜ。ブラッシングだって好きなだけしろ。

 添い寝だってしてやる。キスもハグもし放題だ。

 

 ビバ★キャットライフ!!


 ……なんて少々、調子に乗っていたら、衝撃的な事実に気づいた。


 おれ、ブスやん。

 ブサ猫やん。


 鏡に映るおれ、超ブス。

 ブスっていうか馬面。何、どゆこと??

 人間時代だってここまで馬面じゃなかったけど?


 鼻が長いし輪郭が四角い。

 あとなんか頬がこけてて、まぶたが腫れぼったくて目が小さい。

 痩せてるからかな。太ったらぽちゃっとして可愛くなるかもしれん。

 そうあってくれ。


 しかし毛づやも悪すぎる。パサパサしとる。たわしか、亀の子たわしか。


 でも、これだってヒナちゃん溺愛ペットになることで改善するはずだ。

 良質な餌をくれ。すぐに艶々になってやる。


 プレミアムフードと海外ブランドのパウチをくれたらひと月もすりゃ、プリプリの艶々の丸っとしたプリチーな猫が誕生する。おやつは個包装で毎回カリカリのものを与えてくれたら、なお良し。味は毎回チェンジで。


 ……なんてまた調子に乗っていたら、衝撃的な事実が発覚してしまった。


 ヒナちゃん、彼氏おるやん。

 しかも同棲しとるやん。

 この家はヒナちゃんの家ってだけじゃなく。彼氏殿の家でもあったのだ。


 オーマイ・ガーにゃーあああ!!!

 さらに。このヒナちゃんカップル。


 ラブラブだ。

 すーぐイチャイチャしよる。発情真っ盛りの由。


 何、ヒナちゃんってそういうタイプだったの!?

 清純系だと勘違いしてたよ、ごめんねっ。猫の目も気にせずに、すーぐおっぱじめるとは知りませんでした!!


 ニャンニャンいっていいのは、おれだけだろうがよ!!

 やめろやめろっ、ばーかばーか!!!


 ってなわけで、おれは家出した。

 見たくねー聞きたくねー居たくねーってんだ、にゃんちくしょーめっ。


 ……それでも、だ。


 いきなり飛び出したおれを心配するかも、と早々に帰宅することにした。


 やっぱりな。野良生活は厳しいじゃん。

 腹もすくし水も飲みたい。温かい部屋で腹出して寝たいじゃん。


 いいんだ、いいんだ。

 お前らの前で排泄して憂さを晴らすからにゃ。

 ケッ。


 ……って思ってたら、衝撃的な言葉を耳にした。こっそり戻り、「入れてくれー」と窓に張り付こうとしたら聞こえたんだ、猫って耳良いからよ。


「あの猫いなくなったな」

「いいんじゃない? 超ブスだったし」

「だよなあ。なんか猫のくせに馬面だったしキモかったわ」

「そうそう。猫なのに亀の子たわしみたいな毛してたしね、可愛くなかったー」



 😨😨😨ニャニャーン……、ショック。


 それでも気にせず、食のため、住まいのため、おれは窓に張り付こうとした。いいんだ、図々しく生きてやる。だっておれ猫だものっ、挫けたりしないんだからね。


 ……って、ジャンピングキャット、窓にバイーンと張り付く、をする寸前だ。


「やあっと見つけたよぅ」


 え。何?

 不気味なねっとりした声におれは振り返る。


 するとおれを見下げてニンマリしている女と目が合った。


 黒髪に黒のワンピース、黒い靴の黒一色の女。そいつは、おれを許可なく抱き上げると、「さあ行くよ」と言い、宙に向かって投げキッスした。


 ウエッ、と思ったのも束の間だ。

 気づけばおれは異世界に飛ばされていた。


 魔法とか魔獣とか。そんなんいる、異世界に。

 マジか。まーじーかーにゃー。


 まあ元々猫になってた時点でファンタジーだ。

 現代が異世界に変わっただけのファンタジーだ。


 おれは猫だ。

 そして、この黒服女は自分を魔女だと言った。


「あんたはあたしの使い魔になるんだよ。さあ言うことをお聞き!」


 この魔女。

 ヒナちゃんより年増っぽいが、そこそこ美人だ。


 ふくよかなバストにほっそりしたウエスト。やや目力強め、化粧ケバめで話し方が意地悪おばはん臭いが、もう一度言う。そこそこの美人だ。悪くない。こういうお姉さんもおれはイケる口である。


 だからまた淡い夢を見ちまったぜ☆

 異世界で魔女の使い魔猫生活も悪くないかもって、夢見ちまったぜ☆★


 でも実際は地獄の日々で、おれは何度も脱走を試みるが、そのたびに捕まりニャンダフルには程遠い奴隷生活が始まるのだが。それはまた別の物語だ。



 🐈おしまい🐈


 


 

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気づいたらブサイクな猫になっていた俺、悲運。 竹神チエ @chokorabonbon

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