花のカーテン

 墓地が見えるマンションに引っ越してから、おれの恋人は花を盗むようになった。

 どの花でもいいというわけではない。隣の墓地に出かけては、あちこちの墓石の前から花を抜き取ってくるのだ。ほとんど誰も訪ねてこない、半分朽ちたような墓場のどこにあるのだろうと不思議になるくらいたくさんの花を、彼女は腕いっぱいに抱えて帰ってくる。

 恋人はベランダの掃き出し窓の上からネットを垂らし、盗んできた花をそのネットに飾る。半分枯れてドライフラワーになりかけたような花を、一本一本念入りに取り付けていく。

 色褪せた花のカーテンは、常に墓地の方を向いている。

「見せてあげてるの」

 当然でしょ? とでも言いたげな顔で、恋人はおれにそう教えてくれた。

「見せてあげてるって、誰に?」

「みんな」

 そう言うと、恋人は霊園に向かって手を振った。すると、あちこちの墓石の裏から腕がするすると出てきて、こちらに手を振り返してきた。

 どれも腕ばかりで、体がない。

 ぞっとして立ち竦んでいると、恋人がおれの方を振り返った。

「あたしが死んだら、あなたが続けてくれない?」

 そう言いながら、一歩こちらに近づいてくる。彼女の吐息は枯れた花の匂いがする。おれは思わず華奢な肩を押し返した。

「厭だよ」

 答えると、恋人は残念そうに「そう」と呟いて、じろりとおれを睨んだ。


 それでどうしたって、実はまだその女と切れていない。

 最近はおれも彼女と一緒に墓地へ行く。今となっては、何があんなに厭だったのかよくわからない。

 今日も花を集めなければ。

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掌編四題 尾八原ジュージ @zi-yon

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